番外1381 温かな思い出と共に
慰霊の神殿で準備を整え、祭司役を担う。ウィンベルグの時と同じく単身の解呪だ。魔法陣の内側にはオルディアが一人立ち、祭壇側に俺やシャルロッテ、フォルセト、母さんと並ぶ。
その後ろにイグナード王、レギーナ、イングウェイが並んで、少し心配そうな表情でオルディアを見やる。
オルディアはそんなイグナード王達に安心して欲しいというように、にっこりと笑う。
テスディロス達や、ラムベリア達も並び……モニターを持ったティアーズ達も待機して各所に中継映像を繋げている。
モニターの向こうでも中継映像で見ている面々は祈りを捧げてくれる、との事だ。
グレイス達。オーレリア女王を始めとした月の民、ハルバロニスの面々にシルヴァトリアの人達……。各地や同盟の面々。みんながオルディアの解呪儀式の始まりを待ち、見守ってくれている。
「それじゃあ、始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
オルディアが真剣な表情になって言った。振り返ってみんなを見やれば、一同準備はできているというように頷き返してくる。
では――。盟主の剣を目の前で構え、詠唱を始める。
「我らここに願わん――」
詠唱と共に場の魔力が高まっていく。みんなの祈りに込めた想いと、ヴァルロス、ベリスティオの力。
オルディアもまた魔法陣の内側で祈るように膝をつき、手を組んで目を閉じる。
オルディアは……はぐれ魔人の一人という事になるのだろう。氏族は不明だが自らの封印能力を以って両親と共に魔人達から遠ざかり、静かに暮らす事を望んだ、そんな類例を見ない高位魔人。
大切な人達と静かに暮らしたかった。そんな……オルディアの気持ちは分かる気がする。今もそうだ。大切な人達と共に、静かに暮らしていきたい。そんな想いを抱いている。
想いを向けられるイグナード王やレギーナもまた、祈りの中にオルディアの無事と未来の平穏を込めている。
ヴァルロスや、ベリスティオが望む平穏な未来。テスディロスやウィンベルグの約束を守りたいという願い。みんなのオルディアへの心配や信頼、共感。これからの魔人達との共存と平穏への願い。
それらのみんなの想いを、願い、祈りを……現実の物としてやりたいと、そう思う。集まる力を束ねて、詠唱と共に解呪の力として注いでいく。
高まっていく温かな魔力。光の粒が渦のように巻いてオルディアの身体を包んだかと思うと、砕けるような音と共にその身の内から瘴気が空中に散って舞い上がる。
その時……誰だろうか。優しげな眼差しの男女が小さな手を取って、愛おしげに見つめている……。そんな光景を幻視した。
ああ……。これは、オルディアの思い出、だろうか?
恐らくそうだ。女性の方はオルディアに面影があったから。そっと頭を撫でてくるイグナード王や、明るい笑顔を向けてくれるレギーナ。それから……笑みを向ける俺達の姿。
それを見たと思った、次の瞬間に。オルディアの煌めくような瘴気の輝きがその背中から渦の中に散って、虚空に消えて行った。
祭壇に向かい合うような形で祈りを捧げていたオルディアは……驚いたような表情で顔を上げた。その頬に、涙が伝う。
「ああ……。こんなに……沢山の人の、想いが……」
……ああ。祭司役をしていた俺にもみんなの想いや、オルディアの想いや記憶が伝わってきたから。向けられた沢山の人達の願いや想いも、きっと儀式を受ける当事者であるオルディアにもまた届いたのだろう。
儀式の本質的な部分は変わっていないが……ヴァルロスとベリスティオから送られてくる神格の力が、強くなっているのも感じた。今までの儀式との違いは、それだろうか? 或いは、オルディアが覚醒しているからか、その能力や想いが関係しているのか。
原因は幾つか考えられるが……オルディアの優しげな思い出や、高まっていた温かな魔力に、みんなが驚いていると言うのは事実だ。列席した氏族達の中には感じ入るように目を閉じて天を仰いだり、涙を浮かべたりしている者もいて。
俺も、温かなものが胸に宿ったような感覚があって、気分は悪くない。……が、儀式を預かる責任者として何時までも感慨に浸っているわけにもいくまい。きちんと状況を確認しなければならない。
「オルディア、体調は大丈夫かな?」
尋ねると、オルディアは俺に視線を向けてきて、諸々確認するように手を握ったり開いたり、その手の中に魔力を集中させたりしていた。
他にあまり例を見ない……不思議な波長の魔力だ。清浄で温かな印象があるが……オルディアの特性はそのままに、負の魔力――瘴気ではなくなったというような。少なくとも、きちんと解呪されている、というのは間違いないだろう。
「大丈夫みたいだね」
「はい。この力も……きっと私の一つなのだと思います」
「おお……! 上手くいったか……!」
俺とオルディアのやり取りに、イグナード王が声を上げる。
「おめでとう……! 良かった……!」
「ふふっ。ありがとう、レギーナ」
抱きついてくるレギーナにオルディアも嬉しそうに応じて、笑顔で抱擁し合う。そんな光景にイグナード王を始め、列席したみんな、中継映像を見ているみんなが笑顔になっていた。
そうして、少しの間レギーナと抱擁しあった後でオルディアとイグナード王が向かい合う。
「……念願が叶ったというべきか。望んでいた暮らしができそうだな」
「はい。まだ色々としなければならない事はありますが」
「うむ。テオドール共々、道行を応援している。今後の協力も惜しむつもりはない」
そう言葉を交わし、力強い意志を感じる目で頷き合うイグナード王とオルディアである。
「無事に解呪されたようで何よりだ」
「おめでとうございます……!」
テスディロスやウィンベルグも無事や成功を喜ぶ言葉や祝福の言葉を口にして、氏族長達も祝福の言葉を口にする。
「ありがとうございます……!」
みんなの反応に、オルディアも目に涙を浮かべつつ、嬉しそうに応じていた。
少し落ち着いたところで、イグナード王が俺を見てくる。
「この後は……少し体調や能力の確認をする、と言っていたな」
「そうですね。お祝いの席としたいのは山々ですが、体調の確認や解呪後の状態確認を兼ねて、少し造船所で測定をしておきたいな、と」
そう言うとイグナード王とレギーナは首を縦に振る。体調については――生命反応の輝きでは問題無さそうに見える。本人の自己申告でも体調は良いとの事だ。解呪直後と落ち着いてからで能力的な違いが出るのかは、少し検証してみないと分からないからな。
というわけで、祭具や触媒の後片付けをしたら造船所へ向かうとしよう。
そうしてみんなを連れて造船所へ移動する。人数が多くなると毎回馬車を手配するのも大変なので、シリウス号に広場まで来て貰い、そこから乗り込んで移動する形を取らせてもらった。
アルファが甲板から顔を出して迎えに来て、みんなもそれに乗り込む。子供達もアルファにお礼を言ってそっと撫でていき……それを見たシャルロッテが満足そうに頷いていたりする。
造船所へ移動するまでの間に体調を確認していく。
「体調はすこぶる良いですね。軽く感じます」
オルディア当人の感覚としては絶好調との事で、ウィンベルグも自分の時もそうだったと同意していた。確かに、生命反応、魔力感知、循環錬気と共に問題は無さそうに見える。今の状態と後で落ち着いた時とで、やはり比較検討する必要がありそうだな。
ともあれ、解呪も上手くいって体調も良い、という情報にイグナード王やレギーナも安心しているようで、イングウェイやテスディロス達もそれを見て満足そうに頷くのであった。