番外1380 皆の先陣を
イグナード王、レギーナ、イングウェイ。それに冥府のヴァルロス、ベリスティオと連絡を取り、オルディアの解呪についての予定を立てていく。
解呪儀式自体はこれまでと手順は変わらずではあるが……いずれにせよ気合いを入れて臨みたいところだ。
『オルディアが解呪されれば……獣王継承戦に招くのが楽しみになるな』
と通信室のモニター越しにイグナード王が笑みを見せる。
獣王継承についてはイグナード王の年齢が高齢になってきたため引退を考えているという事で……勝ち抜いてきた次期獣王候補との直接対決の勝敗如何に関わらず代替わりが成される事になるのだろう。
イングウェイは実力、人格共に最有力候補と目されているし、平行世界での記憶もイングウェイが獣王であったが……だからと言って必ず獣王になるとは限らない。並行世界の歴史とは大分違っているのだし。
獣王継承についてはエインフェウスの今後に大きく関わる事なので、推移を見守っておかないとな。
いずれにせよオルディアが解呪されれば獣王継承戦に訪問して共に鑑賞しやすい状況を作れる。
封印状態の高位魔人と解呪された後では……事情を知らない者からの受ける印象が変わってくるからな。オルディアの安全確保の面でも良い方向に影響があるだろう。
『オルディアか。仲間に引き込む事はしなかっただろうし、集まった者達に周知も出来なかっただろうが……俺が生きている内に知己を得て、話をしてみたかったものだな』
『確かにな。自らの能力で自らを縛り、共存を平和裏に実現していたというのは驚くべき事だ』
そう言って目を閉じるヴァルロスと、頷くベリスティオである。仲間に引き込む事はしない、というのはオルディアの立場や考え方、境遇や能力を考えて、それを尊重してのものであるのだろうが。
「お話なら、何時でも」
オルディアが胸のあたりに手をやって、ヴァルロスの言葉に真剣な表情で応じる。そんなオルディアの言葉に、ヴァルロスは少し眩しいものを見るかのように目を細めた。
『くく……。まあ、有り得ない仮定だ。話自体は……そうだな。吝かではないが悪い影響を与えないよう留意しなければな』
そんな風に、少しだけ冗談めかして答えるヴァルロスである。
ヴァルロス自身が自己の行動を一番評価していないというか、批判的な目を向けている気がするが……。それでも犠牲を無駄にしないために前に進んでいたのがヴァルロスだからな。
オルディアの事をもっと早くに知っていればというのはそうした後悔でもあるのだろう。実際のところそうなっていたら……考え方や方針に多少の影響はあった、かも知れない。
出会うタイミングによっては……もっと何か変わっていたのだろうか。オルディアは魔人としては実年齢と肉体年齢が一致するかなり若い魔人で……世代がヴァルロスとはまた違うからナハルビアで犠牲が出る前には戻れないけれど。
それにその場合のオルディア側やイグナード王はどうなっていたのかだとか……俺自身が並行世界を知っているからこそ、色々と考えてしまうところはあるな。
そんなオルディアとヴァルロスの会話に、イグナード王やベリスティオも頷いていた。
『ふうむ。まあ、今のヴァルロス殿やベリスティオ殿と話をしても、オルディアは変わらぬだろうよ』
と、イグナード王は笑う。
『それと……獣王継承戦後の事も考えておかねばな。引退後はのんびりとしたいところではあるが、あまり刺激がなくて退屈するのも困ると、自分の性格を自認している』
イグナード王は引退後の生活も考えているようで。もしかしたらタームウィルズやフォレスタニアに別荘を持ったりするかも知れないと、そんな風に言った。
「それは――良いですね。歓迎しますよ」
オルディアがこっちにいるからというのが理由としてあるだろう。イグナード王にとっては娘のようなものだし、俺としてもそういった話は歓迎である。オルディアもそうなればイグナード王と顔を合わせる事が増えるからか、笑顔を見せているが。
まだ少し先の事である獣王継承戦やその後の事はともかくとして、オルディアの解呪儀式の予定は明日に控えているから、しっかりと進めていきたいところだな。
そうして、予定通りオルディアの解呪儀式が進められる事となった。グレイス達は安静にしているが、儀式とタイミングを合わせて一緒に祈る、との事だ。
シャルロッテ、フォルセトは勿論、母さんも儀式に立ち会う。先代の封印の巫女として、シャルロッテの役割がこういう形で引き継がれていくのなら立ち会う理由がある、とそう母さんは言っていた。
冥精となり、神格を得たから……母さんの場合は冥府の住民の枠組みを少し超えて、現世にも多少干渉できる立場となった。封印の巫女としての修業や指導、封印術の伝達。そういったものもシャルロッテに伝えることができるわけだな。
儀式には他の高位魔人達や解呪の済んでいる面々も立ち会う。まずはイグナード王を転移港へ迎えに行って、それからフォレスタニア城でみんなと合流、慰霊の神殿へ向かうという手筈になっている。
というわけでオルディアとレギーナ、イングウェイ、テスディロス達と共に転移港へと迎えに移動する。
これから解呪という事で少しオルディアは緊張しているようにも見えるな。自分を落ち着かせるように、深呼吸をしている。
「大丈夫か?」
と、テスディロスがオルディアに声を掛ける。オルディアはテスディロスを見やって笑みを浮かべた。
「少し緊張していますが……大丈夫です。どちらかというと、その……嬉しくもあるんですよ。先に解呪してしまう事はやはり申し訳なく思いますが……」
オルディアのその言葉は……レギーナも同じように嬉しいという気持ちがあるのか、テスディロス達を見やってから少し目を閉じていた。
そんな二人をみて、テスディロスはふっと笑う。
「俺は約束があるからな。皆、それぞれにとって大切な物のために考えて動いているのだから気にする必要はない」
「そうですな。こういうのは後や先というものでもありますまい」
テスディロスの言葉にイングウェイが同意する。
「どちらかと言うとウィンベルグ殿同様、先陣を切ってくれるという面で感謝しておりますな」
と、オズグリーヴが返答して……それらの言葉にオルディアは真剣な面持ちで頷く。
「ありがとうございます」
そんな話をしていると、転移の光と共にイグナード王がやってくる。
「おお。待たせてしまったかな」
「そんな事はありませんよ。到着したばかりですし、少し話をしていたところです」
イグナード王を迎えて笑って応じる。
では――まずフォレスタニア城で、儀式に参加する面々と合流するとしよう。馬車で月神殿まで移動する事になるが……イグナード王とオルディア、レギーナは同じ馬車に嬉しそうに同乗していた。
「やはり、イグナード陛下も嬉しそうにしておりますな」
と、それを見て相好を崩しているイングウェイである。イングウェイ自身は家族の邪魔にならないようにしているので……俺と同じ馬車に乗ってもらう。
イングウェイとしては「イグナード王が相変わらず強そうで良かった」、とのことだ。知り合いだからというのもあるが、エインフェウスの歴代屈指の実力を持つ獣王と言われているだけに、全力で挑める相手でいてくれる事が嬉しいとの事で……。まあ何というか、そう言った反応はイングウェイらしい。
俺達を乗せた馬車はタームウィルズの街中を進み、月神殿からフォレスタニア、それから居城へと移動する。さてさて。触媒や祭具等の準備もできている。ではみんなで慰霊の神殿へ向かい、オルディアの解呪を行っていくとしよう。




