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206 狩猟の町

「では行ってきます」

「うむ……」


 父さんは割合心配そうにしていたが、魔術師の面々が多いので納得はしてくれたらしい。特にイグニスとデュラハンが効いている。事前に俺が戦う場面を見せていたのもあるのだろう。


 ガートナー伯爵邸にはそれなりに人員がいるし警戒度も高まっているので襲撃はされにくくなってはいるが、防衛役としてカドケウスとラヴィーネを残しておく。


「気をつけて、テオドール」

「うん。行ってくる」


 クラウディアに頷く。彼女は拠点防衛というよりタームウィルズへの転移による緊急避難役となる。

 アンブラムも戦闘要員ではないので屋敷に残ってもらう。使い魔3体でこちらの様子を把握可能ならば、かなり違ってくるだろう。

 皆と共に伯爵邸を出て伯爵領を行く。夜半であるため、人々の往来は既にまばらだ。

 ……まあ、日中は歩き回る気がしないな。領民とあまり顔を合わせたいとは思わないし。

 グレイスがやや心配そうな面持ちをして俺を見ていたが、大丈夫と言って笑みを返すと彼女も静かに微笑んで頷いた。


「お待たせ」

「ん」


 待ち合わせの約束をした町の広場へ向かうと、シーラとイルムヒルトが待っていた。


「門の近くの宿を拠点にしているみたい。ゴドウィンもそこに泊まってるようね」

「何かあった時、逃げるのには都合が良さそう。厩舎も近いから馬を強奪するのも視野に入れているのかも」


 町の外れか。宿というのが少々厄介だ。他の客を人質に取る可能性もあるから、ランドルフの時のように完全に閉じ込めてしまうのは問題がある。


「どうなさいますか?」

「要所要所を封鎖、炙り出して追い込む」


 理に適った場所に拠点を構えたというのなら、襲撃を受ければ想定した通りに逃げ出そうとするということだ。最適解は自ずと絞られてくる。伯爵領のことはこちらのほうが分かっているのだ。逃すものか。

 土魔法で区画のモデルを作って、皆に説明する。


「こことここ。それからこの路地の入口を土壁や氷で封鎖」

「では、手分けをして封鎖を」


 アシュレイの言葉に頷く。


「空を飛んで逃げようとする相手は?」

「機動力に差がある。魔術師の選り分けになるし、相手にまともな状況判断ができるなら数人叩き落としてやれば空からは諦めると見てる。それでも止めないなら俺が竜巻で纏めて吹き飛ばすよ。後は襲撃の仕掛け方だけど――」




 アシュレイやローズマリーと手分けして、手早く逃走経路になりえる路地に壁を作り封鎖。封鎖が終われば後は拠点襲撃だ。潜伏している宿の前まで来て、皆が持ち場に移動したことを確認して、作戦開始である。


「それじゃ、セラフィナ。よろしく頼む」

「うん。任せて」


 宿の入口に立ち、ゴーレムを量産する。それからセラフィナに声の音量を拡大してもらい、叫んだ。


「ゴドウィンとその一味に告ぐ! ガートナー伯爵誘拐を企てた嫌疑によりお前達を捕縛する! 大人しく投降するならばよし! さもなければ一切容赦はしない!」


 そう叫んで、ゴーレム達を宿の中に突撃させる。客室1つにつき1体の割り当てで乱暴に扉をノックしてやると、宿から窓をぶち破って一味が通りに飛び出していった。まずは炙り出し完了といったところだ。

 連中の対応には一切迷いがない。事態の発覚も想定していたという動きである。俺自身も飛び出した連中を追って通りに飛び出し、宿を振り返る。


「テ、テオドール……?」


 ゴドウィンは宿の中に――いた。仲間達の動きと事態の動きについていけず、窓からこちらを見て呆然とした表情を浮かべていた。


「行け」

「う、うおおおっ!?」


 部屋の中へゴーレムを踏み込ませる。悲鳴を上げるゴドウィンを捕え、土ゴーレムの中に埋め込むようにして身動きを取れなくしてしまう。ゴドウィンからの話は後で聞かせてもらう。それよりその仲間達だ。

 ゴーレムで槍衾を作り、追い込むように進軍させる。ゴーレムの先頭に立つのはイグニスとデュラハン。その進軍の様子に領民は何事かと首を出した途端、慌てて戸締りをし、ゴドウィンの仲間達は戦慄の表情を浮かべながら逃げていく。


「何だこれは! み、道がない!?」

「か、壁が――土魔法かッ!?」


 連中は、路地を曲がり、厩舎へ向かおうとして踏み止まる。逃走経路は残念ながら予想済みだ。逃げやすい道は用意してあるが、それは全てこちらの掌の上である。それは向こうも分かっている。詰みになる前に逃げようと足掻くわけだが……まあ、それも無駄な話。


「この魔法を破れ! 早く!」

「さっきからやってる! 向こうの干渉力のほうが強くて……! この壁の向こうから抑え込んでやがる! 畜生ッ!」

「乗り越えて魔術師を叩けば良いだろうがッ!」


 やはり魔術師が紛れているらしく、1人が空から壁を乗り越えようとレビテーションを用いたが……マルレーンのソーサーに弾き飛ばされた挙句、イルムヒルトの光の矢の的になった。叩き落とされた魔術師はイグニスの文字通りの鉄拳を食らい、有無を言わさず意識を刈り取られていく。


 仮にマルレーンやイルムヒルトの初撃を避けられたとしても……シーラとリンドブルムが空中で待機しているのだ。更にマルレーンの幻覚の魔道具で、空を舞う飛竜の数を水増しさせている。上からは無理だと、諦めさせるには十分な光景だろう。

 きっちりと制空権は支配している。1人たりとも逃がさない。


「空を飛ぶな! 狙い撃ちにされるぞ!」

「駄目だ! あっちに逃げろ!」

「土壁が作られてる! そっちの路地だ!」

「水路だ! 水路があっただろう!? あれに飛び込んで泳いで逃げれば――!」

「畜生! 凍ってる! 何なんだこれは!」


 こうなればもう犬に追われる羊と同じ。封鎖されていない道へと一塊になって誘導されていくしかない。ルートが決まっているし制空権も握っているのだから先回りし放題である。

 民家への突入を試みた奴もいたが、それも想定内。上空で待機しているマルレーンの遠隔シールドで行動を阻まれた挙句、両手足をイルムヒルトの矢で貫かれてしまう。こちらも別に手が余っているわけではないが……用意したコースから外れた者だけ叩き潰すという対応をさせてもらっている。


 そのうち、マルレーンの幻影で偽の窓や扉まで作られるようになる。幻の扉を開こうとして壁を擦ったり、無駄な行動をしているところをイグニスに追い付かれて叩き潰されてしまった。

 そう。用意された道を逃げるか、踏みとどまって戦うかしか選択肢は用意していないんだ。だから余計な真似をしていないで、さっさと進め。さもなくば、覚悟を決めるんだな。


 連中の動きは悪くない。悪くないが、撤退戦は難しい。

 逃げるのと戦うのを両立させることはできないし、殿を残そうにもゴーレムのせいで多勢に無勢。しかもこちらは捕獲して情報を搾るのが目的なのだから、そもそも殿の意味がない。


 最終的に追い込まれた場所は、町の外れの少し開けた場所だ。町の外壁を補うように聳える土と氷の壁で囲まれて、どこにも逃げ場のない袋小路である。

 アシュレイが唯一の出口にディフェンスフィールドを構築。氷壁が天井を作る。さあ。これで――完全に囲い込んだ。


「ここで終点。抵抗は好きにしろ。たとえ無抵抗で投降しても、魔術師が紛れていることを考慮して全員きっちりと意識を刈り取らせてもらう」


 振り返った連中に、ウロボロスを構えて宣言する。


「こ、こいつ……! 狐狩りか何かのつもりか!? どこまでも我らを愚弄してくれる!」


 連中の中の1人が、こちらを睨みつけながら苦々しげにそんな言葉を口にした。

 ……愚弄と来た。誘拐なんて手口に出るような連中相手に、誇りも何もあるものか。

 これ以上こんな連中と言葉を交わしてやる必要もない。魔力のスパーク光を迸らせながら、目を見開き歯を剥き出しにして、笑う。


 余剰魔力の放射量に男の顔が驚愕に歪む。真っ直ぐ突っ込んでいき、ウロボロスを振りかぶる。だが、その動き自体誘いだ。受けようとした瞬間にカペラの頭突きをまともに食らって吹っ飛ばされていた。

 俺が踏み込むと同時に、グレイス達も動いている。


「下手に受けないほうが、良いと思いますが」


 グレイスは無造作に蹴りを放つ。何気ない小さな動きからは想像もつかない加速度と破壊力。見誤って受け損ねた男が、腕をへし折られて絶叫していた。

 地面すれすれを這うようにアシュレイのスリープクラウドが広がり、転がった男の意識を奪っていく。


「こ、この女!」


 別の男がグレイスに向かってナイフを投げつけようとするが――手から放とうとしたその寸前、身体があらぬ方向を向いて、仲間の背中に向かって放ってしまう。背中に投げナイフを受けて倒れれば、足元に立ち込める眠りの雲でもう立ち上がってこられない。

 呆然とする男の手足に絡みつくのは虹色に輝く、魔力の糸。上空に浮かぶのはローズマリー。羽扇で口元を隠したまま、肩を震わせて楽しそうに笑う。


「ベイル!?」

「お、俺じゃない! 俺じゃない!」


 ベイルと呼ばれた男は、事態を飲み込めないまま操られて仲間に切りかかる。短剣を受け止めたところを諸共にデュラハンが突っ込んで撥ね飛ばしていく。

 魔術師を相手取るのはイグニスだ。ケタ外れの防御能力で雑多な魔法を弾き散らし、真っ向から突っ込んで、腹に拳を打ち込む。魔術師はくの字に折れて胃液を撒き散らしながら地面をのたうち回る。


 マルレーンの召喚したシェイドが敵団を闇に閉ざし、そこにイルムヒルトが矢を放つ。シーラにとっては飛び道具も暗闇も、全く問題にならない。暗闇の中から聞こえてくる苦悶、悲鳴、絶叫の合唱。


「おのれええっ! せめて、貴様だけでもっ!」


 1人の男が激昂しながらこちらに向かってくる。逃げる時も指示を出していた奴だな。どうやらリーダー格。そして魔法剣士のようだ。歯を食いしばり、決然とした表情を見せると、水の刃を鞭のように操りながらこちらに迫ってきた。


 手の中の動きが水の刃に伝わり、あらぬ方向から俺の首目掛けて迫ってくる。問題ない。全方位に展開した薄いシールドの結界。それに触れた瞬間に方向と角度を把握。突撃する速度を緩めず、内側に展開したもう一枚のシールドで弾き飛ばす。


「な、に!?」


 男はギリギリのところでウロボロスを剣で受け止める。次の瞬間、リーダー格の表情が激痛に歪んだ。ネメアが飛び出して脛に咬み付いたのだ。


「ぎっ!?」


 悲鳴を上げようとしたが、下から楽しげに唸り声を上げるウロボロスが顎をかち上げる。


「寝てろ」


 足を咬まれているので吹き飛ぶこともできない。一挙動に頭部を打ち下ろして意識を刈り取る。


「エ、エルマー様がッ!?」

「次ッ!」


 カペラの後ろ足で大跳躍し、こちらに注意を向けていなかった男の脇腹を薙ぎ払う。肋骨の砕ける感触と共にもんどりうって転げて悶絶させた。


「次だッ!」


 ピンボールの球のように。自身の足とネメア、カペラの足を使ってシールドからシールドを蹴って飛び回る。反射するような高速移動を繰り返しながら、触れた相手をウロボロスで、魔法で、ネメアでカペラで、手あたり次第に吹き飛ばして回る。


「がはっ!」

「ぐっ!」

「ば、ばけも――ひッ!!」


 目につく奴を粗方吹っ飛ばしたところで、レビテーションをかけて急制動。空中に弧を描いて着地。遅れて、地面に人間の落ちる音がいくつも重なった。


 苦悶の声を上げていた連中も、スリープクラウドに巻かれてすぐに静かになる。風魔法で眠りの雲を散らせば、後に残るのは意識を失って転がる連中の姿。死屍累々といった有様である。


 はぁ……。色々頭に来ていたが……多少は溜飲が下がったか。

 後はいつも通りに。土魔法で固めて魔法封じである。このへんはさっさとやってしまおう。

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