番外1374 聖女達の思い出は
「ほうほう。仮面や兜とな」
「どんなものが良いかしらね」
お祖父さん達やアウリア、ロゼッタといった面々が集まって、母さんと共に話をする。場所はフォレスタニア城の船着き場だ。椅子やテーブルを並べて、湖面を見ながらのんびりと旧交を温めようという事である。
シャルロッテも父親であるエミールや母親とのんびり過ごす予定で、船着き場にやってきている。
母さんとも、先代封印の巫女と現封印の巫女という事で、色々指導してもらうことになっているからな。
「よろしくお願いします」
と、シャルロッテは母さんに丁寧にお辞儀をして、母さんも「勿論喜んで」と応じていた。そんな様子に表情を緩めるエミール達である。
とは言え、今日はそうした指導をするわけではなく……母さんが外を出歩くために顔を隠す手段について考えているようだ。タームウィルズやフォレスタニアの街中へ出たりシルヴァトリアへ帰郷する、となるとやはり必要な事だろう。
特にシルヴァトリアへの帰郷については母さん自身もお祖父さん達も望んでいる事だろうし……ガートナー伯爵領にも足を運ぶかも知れない。
そうなった時に、母さんが暮らしていた場所だけに当然顔を知る者がいるからな。俺も……母さんの面影があるという事もあって、そこから気付いてしまう者も出てくる、かも知れない。
「パトリシアが故郷に戻るのに顔を隠さなければならないというのは……少し考えてしまうけれど」
「ふふ。大丈夫よ、ヴァレンティナ。こうして顕現できて、またみんなと話ができたというだけでも私は幸運だし……テオやグレイス達、オリヴィアやこれから産まれてくる子供達に会えるのは、とても嬉しいの」
ヴァレンティナの言葉に母さんは笑って応じる。ヴァレンティナは「パトリシアがそう言うなら……」と頷いていた。二人は……学連の塔で暮らしている時は仲の良い姉妹のようだったと聞いている。
関係性は今でも通じる物があるようで、心配しているヴァレンティナを母さんが心配いらないと宥めつつもお互い思いやっている感じがあって……仲が良さそうだ。
お祖父さん達やロゼッタはそんな母さん達の様子に目を細めていた。
「というわけで仮面でも兜でも良いのだけれど、みんなと一緒にどんなのが良いか考えられたら、付けたままでも楽しく過ごせそうだなって思って」
「そういう事ならしっかりと考えなければのう」
と、アウリアもうんうんと頷く。
「衣服と同じと考えたら、みんなで考えたものを色々作っても良いんじゃないかしら」
「ああ。それは素敵ね」
ロゼッタが言うと母さんが同意して「おお。それは良い」と、七家の長老達も盛り上がりを見せていた。みんなで話し合った上で色んなデザインができる余地があるからな。
水晶板で中継映像を見ていたグレイスとアシュレイのところにマルレーンがにこにこしながらランタンを持っていったりして。
『ふふ、ありがとうございます』
『これでみんなで意匠を考えられますね』
と、グレイスとアシュレイはランタンを受け取りつつ微笑んでいた。グレイス達はグレイス達で、みんなで案を出し合ってみようと話をしているようだ。
七家の長老達はと言えば、自力で幻術や土魔法を用いて仮面や兜の意匠をああでもないこうでもないと考えたりしているな。この辺は流石というか。
「俺も……少し考えてみるかな」
「ふふ。ありがとう、テオ」
と、微笑む母さんである。
「パトリシア自身に希望はあるのかの?」
「うーん。私の好みだと子供が怖がりそうだから……。その……オリヴィアちゃん達やルクレインちゃん達に怖がられたくないし……」
お祖父さんに尋ねられて曖昧に笑う母さんである。
「ふむ。リサの好みは嫌いではないのう」
アウリアは母さんの作ったドクロ型モーニングスターを気に入っているようだからな……。
うん。まあ……母さんの趣味嗜好は変わらずといったところではあるようだが。ピンポイントでデフォルメしたドクロの意匠をあしらうぐらいなら……別に良いかも知れないな。
仮面にするにしろ兜にするにしろ、子供を怖がらせないという観点で言うなら表情が全く見えないよりは多少分かる方がいいだろうと、所謂ベネチアンマスクのように顔の上半分、目元を覆うようなものがいいのではないか、という話になっているな。
『ん。エリオットがつけていたような仮面?』
『そうね。あれなら感情面も分かるけれど、個人の特定は割と難しいものね』
シーラが言うとクラウディアもそう言って応じる。兜の方はフルフェイス型ではなく目元までバイザーで覆う感じのもの、という事になるか。
後は日常生活や非常に合わせてデザイン等を使い分ける、といった具合だ。
というわけで俺も仮面を少しデザインしてみた。
「あら。これは可愛いわね」
母さんも土魔法で作ってみた模型を見て表情を緩める。留め具に相当する部分にデフォルメされたドクロをあしらったりしたのだが、割と気に入ってくれたらしい。全体的には銀の地に刺繍のような細やかな意匠を施した物で……全体的には落ち着いた色合いだが、天使型の冥精には似合いそう、という方向でデザインしている。
「これなら子供が怖がったりしないかなって思ってね」
そう答えると母さんは嬉しそうに笑って頷く。そうやってグレイス達、お祖父さん達やロゼッタ、アウリア、シャルロッテと、みんなで楽しそうに色々なデザイン案を出していく。
『出来上がった意匠は工房で作るのがいいかな』
『ふむ。冥府でも手伝う用意があるぞ。現世に持ち込んでも問題のないように作る事ができる』
と、アルバートや冥府のベル女王が水晶板モニターに顔を出してそう言っていた。ん。そうだな。母さんの持っている杖等は冥精達が作ったものだが現世に持ち込める作りだし。
デュラハンに渡した魔道具等もそのまま現世と冥府間を行き来した上で問題はないというのは実証済みだ。
工房はこれからオルディアから始まり、テスディロス達の装備を作る予定になっているし、他にも色々と仕事もあるからな。一部を受け持って冥府側でも作るという事で話も纏まるのであった。
そうして仮面や兜の意匠の話で盛り上がった後は、昔話に花が咲く。
シルヴァトリアから旅立ち、タームウィルズに落ち着いて、冒険者になってからの話だ。
「そんなわけで……タームウィルズで冒険者になってからは、ギルド長に大分良くして貰ったわ」
「ふっふ。それを言うのはこちらのセリフよな。リサやロゼッタ、それにヘンリーはギルドの指名した仕事に良く応えてくれたからの」
と、母さんの言葉にアウリアが笑みを見せる。
満月の迷宮に迷い込んだ冒険者達を救助した事から母さん達の実力等が認められて、アウリアとも親しくなったとは聞いている。その縁で例のモーニングスター型の杖等を譲ってもらったりしたのだとは思うが。
その後も色々とギルドから母さん達のパーティーに指名依頼を出したりしていたようだな。アウリアや副ギルド長のオズワルド、それに母さん達で組んで大型の魔物に対処に赴いたりといった出来事があったらしい。
そういった冒険譚は中々に面白いな。
「あの時は……仕方なく七家門外不出の術を使ってしまって、正体を怪しまれたりしないか冷や冷やしていたわ」
と、母さん当人しか知らない裏話も語って聞かせてくれた。うん。母さんの視点で封印の巫女であった事を隠していたという話は諸々解決した今になってようやく聞ける話という感じがして新鮮だな。
「おお。あの時の術か。見事な術とは思っておったが道理でのう」
「ふっふ。確かに強い術はあまり人前で見せるべきではないが、人の役に立たせてこそであるからな。その判断は誇らしく思うのう」
アウリアとお祖父さんも笑って頷く。そんな風にして母さんとお祖父さん達の再会の時間も平穏に過ぎていくのであった。