番外1370 顕現と新生
それから暫くして。ロゼッタとルシールが交代しながらグレイスの診察を行い、休憩を挟んだりしていた。
「半日以上かかることも珍しくないですからね。本当に大変なのです」
待合室に顔を出したルシールも雑談に応じて、男性陣に話をしても当たり障りのない程度に話題を振ってくれる。実際長丁場なので俺達としても祈りに休憩や交代を挟んだりといった事はしている。ロゼッタとルシールも含め、合間合間に食事をとったり休憩したり、魔道具で浄化や体力回復したりするわけだ。……まあ、祈りに関しては待機している間も気持ちはグレイス達に向いていたりするが。
ともあれ兆候からすると間違いはないようなので、各所にも連絡も入れる。無事を祈ると、あちこちから声を掛けて貰えた。
そうしている内にロゼッタがルシールを呼んで共に診察室に入って行き……手伝ってくれている迷宮村の女性陣やティアーズ、働き蜂達も動き出し、やや雰囲気が慌ただしくなった。
後は俺にできる事と言えば……無事を祈って待つぐらいのものだ。祈りや想いだって無意味ではないと分かっているし、みんなも支えてくれるからやきもきしすぎるという事もないけれど、それでもやはり落ち着かない。痛みや苦しみだってあるのだし、危険を伴うものだから。
少しばかり意味もなく立ち上がって待合室の中を歩いたり、廊下を覗いたりといった行動をしてしまう。
「やはりこういう時間は慣れぬものじゃな」
と、お祖父さんが言って、顔を見合わせて苦笑する。
お祖父さん達は自分達が待っていた時の事。お産の時の事といった思い出を聞かせてくれたりする。やはり俺が少し落ち着かない様子なので、安心させようとしてくれているのだろう。
お祖父さん達としては、俺が生まれた時は知らずにいたからな。曾孫ではあるが孫の誕生を待つような感覚なのかも知れない。
「一人で待っていたら心情的にはもっと大変だったかも知れません。こうして家族や身内……親しい人達が一緒にいてくれる、祈りを力に変えてくれている、というのは心強く思います」
「祈りの力も高まっているものね。きっと……グレイスとお腹の子を守ってくれるわ」
クラウディアが俺の目を見て言う。そうだな。周囲に温かな雰囲気の魔力が満ちていて……環境魔力が心地のよいものと感じる。
「うん。魔力の集まり方からしても、沢山の人が無事を祈ってくれてるのが分かる」
俺やグレイスの居場所を作ると、そんな思いを抱いてタームウィルズに出てきたけれど……そうだな。今、沢山の人がこうして気にかけてくれているというのは……嬉しく思う。知り合い達もみんな無事を祈ってくれていて、強いが穏やかな魔力だ。グレイスや子供にも届いているだろう。
「みんなも、待っている間に身体に負担をかけないようにね」
「そうね。無理はしないように気を付けるわ」
と、ステファニアが答え、みんなも頷いていた。高位精霊のみんなも姿を見せて応援してくれている。
ロゼッタとルシールが動き、俺は椅子に座ったり立ち上がったりして祈るという……じりじりとした時間が過ぎていった。水魔法が使えるロゼッタがいるから、こういう時に湯を沸かして丁度良い温度まで冷ましたりといった作業の必要はないそうだ。
こういう時の負担や痛みを和らげる術もあるそうで、時折マジックポーションを飲みに外に出て気合を入れ直している姿が心強く感じる。
そうして……その時はやってくる。その瞬間は、椅子に腰掛けつつ手を組んで祈っていたが……子供の産声が確かに耳に届いた。
ああ――。
顔を上げる。みんなにもその声は届いたらしい。目を見開き、顔を見合わせて。期待と喜びの混じった表情だ。
「母子共に無事です……! 元気な女の子ですよ!」
と、ルシールが顔を出して第一報を教えてくれる。まだ少し立ち入る事は出来ないが――。グレイスも、子供も、無事か。ああ……。良かった……! 胸のあたりに手をやって、目を閉じる。少し熱いものがこみ上げてくるようで。
「ありがとうございます……!」
そう言うとルシールは微笑んで一礼すると戻っていった。
「おめでとうございます!」
「おめでとう……! 良かった、無事で……!」
祝福の言葉をかけられ、みんながそっと寄り添い抱擁してくれる。
「うん……うん。ありがとう……!」
そうして――更に周囲の魔力が高まる。温かく、懐かしい気配があった。
光と共に、鳥の翼に包まれるようにしてその場に顕現してくる。
「ああ、母さん……!」
「おお、パトリシア……!」
俺やお祖父さんが言う。そう。そうだ。母さんがこの場に顕現してきたのである。冥精としての修業をしていたと言うが……天使の光輪と翼が、その頭上と背中にあって。冥精達が作った杖も手にしている。
「うん。予定日より少し早くて焦ったけれど間に合って良かったわ。きちんと、顕現できた」
そう言って笑顔を見せる母さんである。それから俺の所にやってきて、そっと抱擁してくれる。
「テオも……心配だったでしょう。一緒に待っていてあげられなくてごめんなさいね」
懐かしい、感覚だ。母さんの抱擁に、胸の奥が熱くなるようで。
「謝る、必要なんて。みんなも一緒にいてくれたし、母さんの想いも届いているのは感じてたよ」
そう答えると、母さんは柔らかく目を細めて微笑む。
そうしていると、諸々の処置が終わったとルシールが教えてくれた。ロゼッタも顔を出して母さんが顕現しているのを認めると、明るい笑顔を見せた。
「リサ……! おかえりなさい!」
「ええ。ただいま、ロゼッタ」
そんなやり取りを交わす母さんとロゼッタである。再会もそこそこに、俺や母さん、みんなを部屋に通してくれる。
深呼吸をして、部屋に入れば……ああ――。
おくるみに包まれた子供を胸に抱いてグレイスが寝台から微笑み、こちらを見てくる。疲れた様子ではあったが、生命反応の輝きも強いもので。産湯も使ったのか、子供は先程まで泣いていたけれど、今はグレイスの腕の中で安心しているようにも見える。
無事な二人の姿を見たから、だろうか。張っていた気が抜けて、色んな感情で胸の奥がいっぱいになる。
「テオ……リサ様も……」
「うん……うん。二人とも無事で、良かった。ありがとう、グレイス」
「おめでとう、グレイス」
「ふふ、ありがとうございます。元気な女の子、です」
そっと、子供を抱かせてもらう。軽くて小さく。柔らかくて温かい。壊れ物を扱うように動きが慎重になってしまう。
「何だか、すごい、な。こんな小さな身体なのに……」
いや……何というか、上手く言葉が出てこない。
自分の子だから、こんな風に色々取り留めのない思考になってしまうのだろうか。
力強い生命反応を感じて、そこには安心する。髪の色は……グレイスに似ているかな。魔力も、かなり強いように思う。吸血鬼のクォーターだから……だろうか。現時点では問題ないが、少ししたら様子を見つつ特性の封印も考える必要があるだろう。
「ん。かわいい」
「グレイス様にも少し似ていますね」
生まれたばかりの子をみんなで抱いて回すというわけにもいかないので、母さんやアシュレイ達も産毛を指先で撫でたり頬に触れたりして、表情を綻ばせていた。
ややくすぐったそうにしてからぐずるように声を上げる。それから、またグレイスの腕にそっと抱かれて安心した様子だった。
そんな光景に、表情が緩むのが分かる。
「名付けは――もう決めている、という話だったわね」
「はい。男の子でも女の子でも良いようにと考えてあります」
ロゼッタの言葉に頷く。名前を呼んで貰うのを待っているというようにこちらに微笑みを向けるグレイス。俺も頷いてそっと産毛を撫でて彼女に微笑んでから、名前を呼ぶ。
「――初めまして、オリヴィア」