205 伯爵邸にて
射手と魔術師、それぞれに封印術を施して魔法の使用を禁じて土魔法で固めて拘束しておく。射手が魔法を使えるかどうかは分からないが、念のためだ。
こいつらの処遇は後で行うとして、まず眠らされた門番と騎士を塀の内側へレビテーションを用いて移動。敵の制圧が終わったことを通信機で連絡しておく。
それからリンドブルムと共に中庭に降り立って、父さんに挨拶をした。
「ご無沙汰しております、父さん」
「テオ……。助けに来てくれたのか」
「勝手ながら、不審者の情報を得たので父さんの身辺を警戒をしていました。2人とも、お怪我は?」
「私は……大丈夫だ。キャスリン。お前は……」
父さんは青い顔をして震えているキャスリンの肩を抱いて、何事か話しかけている。キャスリンは頷き、父さんはこちらを見て、言う。
「問題ないようだ。お前は大丈夫なのか? 飛竜の背から飛び降りたように見えたのだが……」
「僕も問題はありません」
ともあれ、怪我がないようで何よりだ。視線を巡らすと放たれた矢が落ちているのが見えた。証拠品なので拾っておく。
……何か鏃に塗ってあるな。毒だろうか? 父さんを狙った矢は角度と軌道から言うと肩口あたりを狙ったものだったが……。
毒薬なら確実な暗殺、眠り薬や痺れ薬の類なら、これは誘拐を目論んだのだろう。毒の種類を探れば殺害か誘拐かの区別はつくかも知れない。
「……何故……わたくしを、あなたが……」
キャスリンは呆然としている。矢が放たれるところまではしっかり見ていたからな。不自然に逸れた理由が俺にあるとは気付いたようだ。
「父さんを、守ろうとしたからです」
「あ、あれは咄嗟に……」
「それは別に、問題ではありません」
自分にも思いもよらない行動だったとしても……それは、だからこそ自分よりも父さんの身を案じる気持ちが勝ったということなのだろうし、キャスリンの中に父さんへの親愛の情が確かにあるということなのだろうから。
「わ、わたくし、は……あなたにあんな、仕打ちをしたのに……。わ、わたくしは、あ、あなたに……」
そう言って言葉に詰まり、俯いてしまう。
キャスリンは俺に謝ろうとしているのだろうが……プライド故にではなく、叱られることを恐れる子供のような弱さ故に、言葉を切り出せないように見えた。
……そうだな。キャスリンはきっと弱くて。だからこそ先代ブロデリック侯爵の干渉を跳ねのけられなかった。他に要因もあるのだろうけれど、父さんを裏切っているなんて自覚があるから関係だって歪んでしまった。
確かにその弱さ故に俺も被害を蒙った。だから俺の立場としては今更擁護はしないし、だからと言って非難もすまい。
「父さんの温情と信頼を裏切らないことが、僕への謝罪の代わりになると思ってください。父さんを庇った、先程の行動を信じようと思います」
そう告げると、キャスリンは俯いてぼろぼろと涙を零しながらも、頷きはっきりと口にした。
「……ごめん、なさい」
「……確かに。その言葉も受け取りました」
だが、この話は一先ずここまで。
まだ事態が終息していない以上、思考を切り替えていかなければなるまい。
「まずは屋敷に移動しましょう。相手の目的が分かりません。ここの人員も連れていったほうが良さそうです。屋敷までは僕が護衛します」
キャスリンをこのままここに置いておくのは問題がある。何よりハロルドとシンシアを預かったままなのだ。まず通信機でみんなと連絡を取り、父さんの家に集合することにしよう。
「……すまんな、テオ」
「いいえ」
「この部屋を使ってくれ。何か必要なものがあれば使用人に用意させる」
「はい」
父さんの屋敷に向かう。応接室に通されて、みんながやってくるまでしばらく待つことになった。父さんと差し向かいで座り、茶を飲んで待つ。
「噂では色々耳にしていたが……先ほどの動きには驚かされた。私としてはあまりテオに無茶をしてほしくないのだがな」
そういえば、父さんに戦うところを見せるのは初めてだったか。
「お気遣いありがとうございます。ですが、今回は僕に任せて、兵士達の動きを合わせてはいただけませんか。こちら側には被害を出さず、1人も逃さず敵を捕獲したいと思っていますので」
兵士達を動かすとどうしても人員の動きが慌ただしくなり、キャスリンの家周りで仲間が捕まったことも向こうにばれてしまう。
それに何より、あんなふざけた真似をしてくれた連中、きっちりこの手で叩き潰しておかないと気が収まらない。
「何か掴んでいるのか?」
「仲間が敵の根城の場所を割り出すべく聞き込みに」
シーラとイルムヒルトからの定期的な連絡も通信機に入っている。結果を出してくれるものと信じよう。
「……仕掛けの早いことだ。連絡があってからまだいくらも経っていないだろうに」
それから父さんは、頭を下げてくる。
「ともかく、助かった。私のこともそうだが。キャスリンのことについては、改めて礼を言っておかなければなるまい」
「いいえ」
「今回だけのことではない。私はきっと領主としては甘い部分があるのだろう。そのせいでお前には辛い思いをさせてしまった」
甘い……か。或いは、そうなのかも知れない。けれど母さんは、それを違う言葉で表現した。
「いいえ、それは――」
言いかけたところで、ノックの音が響く。
使用人がグレイス達を案内してきたらしい。そうか。じゃあ、この話はここまでだ。事件が解決したら父さんに伝える言葉として、取っておくことにしよう。
「お久しぶりです、ヘンリー様」
「ご無沙汰しております」
「うむ。グレイスも息災なようで何よりだ。アシュレイ様もお変わりなく。……しかしこれだけの方々が一度にお出でになるとは……。このような時でなければ精一杯のお持て成しをしなければならない立場ではあるのですが……」
うん。面々を見ると受け入れというか、持て成しが大変になることは分かっていた。
グレイスは騎士爵でアシュレイも領主。マルレーンとローズマリーは色々事情はあるが王族は王族であるからして。
なので慌ただしくならないように一日置いて父さんのところに向かう予定にしていたのだが、不測の事態で集合してしまっても態勢が整っていないのは当然のことだろう。
まあ、そういうことを言っている場面でもない。それでも父さんの立場としては礼を欠くわけにもいかないわけだ。
「伯爵のお心遣い感謝いたします。しかし今は有事。それにわたくしは既に王位継承権を失っておりますゆえ」
ローズマリーは静かに言って一礼する。マルレーンはマルレーンで、スカートの裾を摘まんで挨拶をして、笑みを浮かべる。
「わたくしからは……この一件が終わり次第、伯爵にお詫び申し上げなければならないことがあります」
「私に――いえ、分かりました。その話は一先ず置いておきましょう」
父さんへの挨拶や初対面の面々の紹介もそこそこに対策に入る。
ローズマリーの父さんへの謝罪なども後になってしまうが、賊が領内に潜伏し、こうして口火を切ってしまったからには迅速に動かなければならない部分がある。そこは仕方があるまい。
「マリー。これ、何か分かるかな」
射手の持ち物をテーブルの上に並べ、その中から薬品が入ったいくつかの小瓶と、実際に放たれた矢を前に出す。
ローズマリーは鏃と射手の持ち物を吟味する。鏃に付着した薬品と、小瓶に満たされた薬品から手であおいで臭いを嗅ぐ。
「……この匂い。それから解毒剤の種類から判断するに……これは痺れ薬の類ね。こちらの瓶は……眠り薬かしら」
「痺れ薬に眠り薬……。目的は暗殺ではなく誘拐か?」
「となると……身代金目当てでしょうか? それとも……」
アシュレイが眉を顰める。
「分からない。射手の狙撃の腕も魔術師の動きも、悪くはなかったと思うんだ。こんな危ない橋を渡らなくても、まともに稼ぐ手立てぐらいいくらでもあるだろうし」
身代金目的の誘拐。有り得ない話だとは言わないが、やや釈然としない。他に理由がありそうな気もする。
「シルヴァトリア関係っていうのも考えたんだ。盗賊団の派遣は破壊工作の一環としても、ガートナー伯爵領に少人数で誘拐を仕掛けるとしたら――」
――まさか。母さんに関係する話か? ガートナー伯爵領とシルヴァトリアを繋ぐものがあるとしたらそれしかない。母さんの何某かが目的なのだとしたら、それを父さんが知っていると思っても不思議はない。
だが、あれこれと思索を巡らすのもそこまでであった。通信機に連絡が入ったからだ。
『敵の根城を発見』
シーラ達からだ。さすがに良い仕事をしてくれる。通信機の内容を皆に伝え、顔を見合わせて、頷く。連中から情報を得るのも、あれこれと推測するのも、叩き潰してからゆっくりやればいいだけの話だ。




