番外1367 オルディアの想い
シャルロッテとフォルセトによる解呪儀式は程無くして行われ……みんなが見守る中、残った魔人達の解呪も進められた。
二人の詠唱と共にみんなで祈りを捧げると、温かな魔力と煌めきが慰霊の神殿に広がり、その高まりと共に儀式を受けている魔人達が顔を上げ、驚きの表情を見せる。
砕けるように呪いが解けて、温かな魔力の中に溶けるように消えて行った。ラムベリアを始めとする氏族長達も、今回の解呪儀式に参加している。氏族の者達を魔人として纏める必要がなくなるからだ。
俺が祭司として儀式を進めても良かったが後世に儀式を伝える目的もある、という事を伝えると、氏族長達はシャルロッテとフォルセトが儀式を進める事に快く賛同してくれた。
「そういう事でしたら、我らが協力しないわけには参りますまい」
「是非そうして下さい」
と、そんな風に言ってくれたわけだ。この辺は氏族長としての責任感、という事なのだろう。啓示や封印を受けた事で感覚も変わったのだろうが、氏族長の立場が考え方等にも良い意味で影響を与えている、というのが分かるな。
アルヴェリンデは人の間では悪名故に恐れられていたが、魔人達からはどちらかというと敬われる立場だったようだし。ザラディも魔人達の間からは敬われていたそうだ。ガルディニスは……まあ畏怖の対象だな。
いずれにせよ尊敬や畏怖の対象だった前氏族長達から引き継いだ立場でもあるから……現氏族長達は元々責任を感じていたらしい。というか、そういった者達が非戦闘員達を任されたのだろう。
ルドヴィアもそうだったな。まあ……そうした背景もあって現氏族長達は責任感があって苦労人気質の面々が多いように感じる。封印や解呪による影響だけ、ではあるまい。面識を持ったことでルドヴィアも含めて割と気が合っているようにも見えるのは喜ばしい事であるか。
だからこそ……そんな氏族長達は報われて欲しいものだな。
そうして……シャルロッテとフォルセトの儀式は滞りなく進んだ。
「ああ――」
と、解呪された者達は空を見上げるようにして感嘆の声を漏らす。
「上手く――いったでしょうか? 解呪できていないという方はいませんか?」
「私達は……大丈夫のようです」
「同じく。感謝します」
彼らが落ち着くのを待ってからシャルロッテが心配そうに問いかけると、ラムベリア達は手に瘴気ではなく、魔力を集めて答えた。
「ふふ。無事に儀式が進められて、嬉しく思います」
フォルセトもそんな風に答えて、シャルロッテも嬉しそうに頷く。それから氏族長達は俺に視線を向けて改めて礼を言ってくる。
「我らも解呪ができたようです」
「これもテオドール様のお陰です」
「解呪が進んでいくのは良い事だね。平常の暮らしにも慣れていってくれると嬉しい」
そう言うと、ラムベリア達も俺の目を見て穏やかな笑みを向けつつ頷いていた。
「それに……儀式としても確立されたし、後世への継承も問題なさそうだ」
「封印の巫女としての務めが果たせて嬉しく思っています」
「私も……ヴァルロスに顔向けできるというものです」
シャルロッテとフォルセトも俺の言葉に笑顔を見せる。手順としても安定しているな。月の民から魔人への変化が今後絶対にないとは言えないから、そうならないよう善政を心がけると共にしっかりと情報は残しておかないとな。
それと同時に……まだ生活の場も城内を基本としているし、庇護下にあるという空気が強いからな。順を追って外や社会で暮らす事も対応できるように進めていきたい。
とは言え……これで残された魔人氏族やはぐれ魔人達への呼び掛けと解呪に関しては一段落ではあるか。共存と和解に関しても各国から公式に認められた。
後は実態の伴うものにしていく必要があるので、肩の荷が降りたとか約束が果たされたとはまだまだ言う事はできないが……。そちらについては地道に互いの信用を積み重ねていくしかない、というのはあるな。俺の領主としての仕事とも直結しているから、今後も協力して頑張っていくとしよう。
そしてこれで……テスディロス、オルディア、オズグリーヴ、エスナトゥーラ、ゼルベルと、覚醒に至っている5人を除いて解呪も終わったわけだ。そうなると、後は何時彼らを解呪するのか、という話になる。
「後は……俺達の解呪だな。ヴァルロス殿との約束というのならば、俺自身も解呪はしなければなるまい」
だから、儀式を見届けたテスディロスがこう切り出すのも当然と言えばそうなのだろう。
「ああ。そうだね。テスディロスにも色々助けてもらったけれど、その辺は約束にも関わる部分だから進めていかないとな」
そう答えると、テスディロスは真剣な表情で頷いていた。
「ふむ。力が落ちるとは聞いていたが……方法次第で娘を守る力が補えるというのならば、それ次第で解呪に際しての問題はないな」
俺の言葉を受けてゼルベルが応じる。
「テオドール様への支援や護衛もそうですが……里の者達を守るのも我が望みですからな。その為の力を残せるのであれば、魔人であり続ける事に拘る必要もありますまい」
「同じく。私もテオドール様に協力をしつつ、娘と氏族の者達を守れる力があるのであれば」
オズグリーヴとエスナトゥーラは概ねゼルベルと同意見のようだ。
「でしたら、私が皆の中で最初に解呪を受けたいと思います」
そう言ったのはオルディアであった。みんなの視線がオルディアに集まると、目を閉じて静かに頷き……それから改めてこちらを見て伝えてくる。
「テスディロス様は交わした約束があり……オズグリーヴ様、エスナトゥーラ様、ゼルベル様は大切な人達を守る為。私も望む事は大切な人達の平穏ではありますが……この力を残してきたのは、封印という特性が魔人達との和解や共存の力になれると思ったからこそです。事この状況に至ったからには、覚醒魔人が解呪する事でどのように変わるのかも含めて確かめる役割を負えれば嬉しく思います」
『オルディアが解呪されるのであれば――それは喜ばしい事だ』
「そうですね。そうなる事で、更に立場も良いものになるかと存じます」
モニターの向こうで中継を見ていたイグナード王も表情を柔らかな物にして頷き、レギーナも同意する。オルディアに関して言うなら、最初から人との共存を実現していたところがあるからな。共存に応じている魔人達の中でも更に珍しいというか。
イグナード王やレギーナといった元々親しい面々からして見たら、オルディアが守られる事を望んでいるから。
「それじゃあ……平常時と変身時の力を計測させてもらって、それを記録しておいて解呪前後の比較と検証をしてみようか。それぐらいなら危険な事はないし、みんなの装備品を作る道筋もつけやすくなる」
「よろしくお願いします」
と、オルディアは笑顔で応じていた。ウィズと迷宮核の力を借りれば大凡の検証はできるだろう。
……んー。そうだな。体外循環錬気でオルディアの出力等々を見ながらゴーレムへの封印効果がどれぐらい発揮できるか、というのを試してみるか。それなら魔法、呪法への防御の突破能力を見て、段階を踏んで確かめられる。オルディアの全力はかなりのものだし、ヒュージゴーレムあたりに魔法的防御を施しても一瞬で土くれに戻す、ぐらいの事はできてしまうのではないだろうか。本気の力を検証するならば、タームウィルズの外で行うぐらいは視野に入れておこう。
提案するとオルディアは「では、よろしくお願いします」と乗り気になって笑顔で頷いていた。
そうだな。予定日を待っている状況だし、工房での仕事と並行して進めていこう。