番外1362 フォレスタニア城へ
「わあ……」
転移門を通ってフォレスタニアに出た途端、子供の魔人が感嘆の声を漏らす。大人達も鏡のような湖面と、そこに映ったフォレスタニアや遠景という光景に衝撃を受けたようで、目を見開いて固まっている。
「これはまた……見事なもんだな」
ゼルベルが言うと、リュドミラも少し呆けたような面持ちのままこくんと頷く。
それから魔人達は思わずといった印象で塔の端まで行って、湖に見入っていた。
「フォレスタニアも気に入ってくれたみたいで良かった」
「うむ。これから暮らしていく場となるわけだし、それが何よりだろうな」
オルディアが柔らかい表情で目を細めると、イグナード王が大きく頷き……魔人達の様子にみんなも微笑ましそうにしている。
満足するまで見て貰っていたが、やがて魔人達もふと我に返ったようで、ラムベリアが「お待たせしてしまって申し訳ありません」と律儀に言ってくる。
「気にする必要はないよ。気に入って貰えたなら、俺としても嬉しいからね」
そう答えつつ、のんびりと移動していく。浮石のエレベーターに関しても使い方を説明してから……人数が多いので氏族ごとに乗ってもらう。子供達は浮石が動き出すと声を上げたりして……中々楽しんで貰えているようで何よりだ。
フォレスタニアの街中の反応はと言えば……こちらも落ち着きつつも祝福や歓迎してくれているという印象だ。冒険者や商人が多い街だが、既にテスディロス達が街中で真面目に仕事をしてくれているから結構受け入れられているという印象があるな。
「この辺はテスディロス達が先んじて受け入れられやすい下地を作ってくれていた事もあるんだろうね」
「そう言って貰えるのは嬉しいな。だが、それを言うならタームウィルズは元々そういう風土だったというのはある」
「クラウディア様の神託を受けた月神殿やテオドール様が道筋を作って下さっていた、という方が正しいでしょうな」
テスディロスとウィンベルグがそんな風に答える。
「それでも、できていた道筋を壊す事なく、行動で後押ししてくれたというのは事実だからね。その事については感謝してるよ」
俺が言うと、テスディロス達は目を閉じたり笑みを見せたりしつつ「礼を言うのはこちらの方だ」と答える。
「培われた信用を更に強固なものにするために、我らも行動で応えていかねばな」
「ああ。先達の努力を無駄にはすまい」
と……ラムベリア達もそう言って、氏族長達で頷き合う。
話をしつつも街中を見学して移動し、城へと向かう。運動公園や劇場、温泉や植物園等には一先ずこちらでの生活が落ち着いた頃合いで足を運ぼうという事で魔人達には伝えているな。
城へと向かう橋に向かうと、マーメイドやネレイド、セイレーンに魚人族、マギアペンギンといった海の民も顔を見せて、歓迎するように手やフリッパーを振ってくれた。空からもハーピー達が歓迎というように手を振ったりしてくれて、中々に賑やかな事になっている。
「友好的な種族が沢山いるとは聞いていたが、本当に色々なのだな」
「ゆっくり覚えていけばいいよ。迷宮魔物や敵対的な種族とはこっちへの対応が全然違うし、仮に仕事をしてみるにしても暮らしに慣れてからになるだろうからね」
はぐれ魔人にそう答えると、納得したように頷く。魔人達の事情や向き不向きはそれぞれあるだろうが、仕事として冒険者を選ぶ、というのも選択肢の一つに入ってくるし、いずれにしてもタームウィルズやフォレスタニアで暮らすならば友好的な種族の区別や見分けは必要となってくる。
冒険者を選ばずとも、外に出る機会があれば敵対的種族と接する可能性もあるだろうしな。世間の常識に疎い魔人達だからこそ、その辺もしっかり伝えておきたい。少なくとも……ゴブリン、オーク、オーガ、トロールといった種族に関しては魔力溜まりの如何に関わらず敵対的だし、折を見てその辺の基本的な知識についての講習を行う、というのが良いだろう。
頭の中でこれからの事を纏めつつ、橋を渡っていく。運動公園にも同じ物があって、そっちは自由に滑走して遊べると伝えると子供達が快哉の声を上げていた。いや、割と大人達も喜んでいるが。
橋を渡り切ると、そこは城門前の広場だ。フォレスタニア城のみんなやタームウィルズの知り合い達が集まっていて「おかえりなさい。それから、ようこそ」と声を合わせて歓迎の言葉を伝えてきてくれた。
「ありがとう」
「おめでとうございます」
俺の言葉にセシリアが笑顔で伝えてくる。
「ん。まだ色々問題はあるけれど、祝ってもらえるのは嬉しいな」
そう答えつつ、みんなが温かく迎えてくれる中を城へと進むのであった。
まずは魔人達の生活の場をという事で、名簿の内容を参考に氏族ごと、家族ごとに分けて城の一角に寝泊まりする場所を割り振って案内していく。
名簿の内容について先んじて連絡を入れてあったので案内はスムーズだ。というか……魔人達は手荷物が少ないな。耐久能力や特性的に身一つで生きていけるというのもあるが……封印や解呪が進むとそうも言っていられなくなる。
衣服や靴であるとか家具類であるとか、そういった物をしっかり揃える必要があるが……迷宮村の住民、隠れ里の面々、エスナトゥーラ氏族やルドヴィア達といった面々を受け入れてきているからな。
何を準備すれば良いのかというノウハウもあるし、多少の余裕が出る程度に準備も進めていた。
とりあえず部屋への案内を行う前に城のホールに集まってもらおう。各々に必要な物資を配って、手荷物を各々の部屋に運んでもらう、というわけだ。
その事を魔人達にも伝える。ティアーズ達やピエトロの分身もホールに物資の詰まった箱を運んできてくれた。それらを分配していく。
貫頭衣を帯で締めたりといった衣服を用意しているので、体格で左右されにくい。間に合わせでもあるので衣服のバリエーションや個人的な好みの追究は追々といったところか。
「ああ……。綺麗な色の布ね」
と、魔人達は子供に衣服を合わせたりして笑顔になっていた。
そうして衣服や靴といった生活必需品を受け取り、今度はティアーズやアピラシアの働き蜂達に案内されて、それぞれ割り当てられた部屋へと向かう。
それぞれの部屋への案内が終わったら、各種設備への案内、使い方の説明等も進めていこう。魔人達はそういう普通の生活に関しては本当に疎いからな。特に、人との関わりを持っていなかった者達は。
そうやって魔人達に生活の上で必要な事を伝えてから、みんなで中庭に集まる。水路や水のカーテンといった見所もあるので、庭園の様子に魔人達は喜んでいた。
「――というわけで、今後は生活に馴染めるように基本的な事の講習も進めていきたいと思っている」
「ああ……それは。お気遣いありがとうございます。何せ皆、人と混ざっての暮らしというのは初めてですから」
「不慣れ故に迷惑をかけてしまう事もあるかも知れません。しかし、努力していきたいと思っています」
「そこは仕方のない部分ではあるからね。講習にしても気楽に受けて貰えれば良いと思っているよ。急いだりする必要はないから、ゆっくり慣れていって欲しい」
そう伝えると魔人達は一礼し、隠れ里の住民やルドヴィアやフィオレットといった面々も、自分達も相談に乗れると思うと申し出てくる。
「一応、封印や解呪を受けての経験というのは一日の長がありますからな。我らも相談に乗れるかと」
オズグリーヴがそう言って好々爺といった印象の笑みを見せるのであった。経験上からアドバイス等もしやすいか。その辺は頼りにさせてもらう、という事で良いだろう。




