番外1360 魔人達と境界都市
オルトランド伯爵領は活気があるな。暖かそうな服装をした子供達が楽しそうに空を飛ぶ俺達や飛行船を追いかけてくる。大人達も一様に嬉しそうに歓迎してくれていて、住民達は元気そうな様子だ。
『ふふ。みんな元気そうで何よりだわ』
『おお。顔見知りの皆がおりますな』
と、ステファニアやゲオルグが中継映像でオルトランド伯爵領の住民を見て言う。元々領主だった身、領地の騎士団長だった身としては、住民達が息災で喜ばしいというわけだ。
「ステファニア様やゲオルグ卿にそう仰っていただけるのは、後任として嬉しく思います」
エリオットが二人の言葉に笑顔を見せる。
「流石というか……まあエリオットは元々男爵家の後嗣だったもんな」
「領主としての教育も受けていたというわけだ」
フォルカやグスタフが言うとエリオットは少し気恥ずかしそうに苦笑する。
「いやいや、王家やフォブレスター侯爵家……それに家臣の皆が良くしてくれるからではあるよ。領主としてはまだまだだ」
「まあ、領内の様子をみればエリオットも上手くやってるんだろうが」
エギールが笑って言うと、フォルカとグスタフも頷いていた。シルヴァトリア魔法騎士団の同僚という事で、仲が良さそうだ。当時はエリオットもザディアスによる干渉を受けていたが、魔法生物でのコントロールがあっても基本的な人柄の良さや高潔さという点では変わりがないしな。実際ザディアスに協力していてもエリオットは信頼に足ると見られていた。そういうところで仲間達からの信頼を得て今に至るわけだ。
勿論、そうした背景や討魔騎士団での実績があるからヴェルドガル王国でもエリオットがこの土地を任された、というのもある。
そんな調子で話をしながらもゆっくりと進んで、住民達の様子を中継映像で送りつつ、やがて俺達と飛行船は城に到着する。
魔人達は船から降りると、要塞と同様、城の様子を興味深そうに眺めていた。非戦闘員と見なされている魔人達は僻地で魔物を狩り、力を蓄えるという方針が多かったようで。
「元々あまり人との接点がないのですね」
「ふむ。その辺り隠れ里と似ているか。ザラディは参考にしたいとも言っていたからその辺から広まったのだろうな」
氏族長達からの話にオルディアやオズグリーヴが頷く。
というわけで魔人達は城や要塞といった大型の建造物は元より、人の暮らしにはそれほど明るくないらしい。漁師達の仕事の話も興味深そうに聞いていたし、予備知識が少ない分、尚新鮮な感動もあるのだろうけれど。
「無事でお戻りになられたようで何よりです」
「ありがとうございます。何とか大事にもならずに帰って来られました」
城に到着するとカミラも顔を出してくれた。定期的に体調維持の為にエリオットと共に顔を合わせているが、カミラも元気そうで何よりだ。
『こんにちは、カミラ義姉様』
「はい、アシュレイ様」
と、カミラとアシュレイがモニター越しに挨拶をし合っている。
まあ、オルトランド伯爵領に関しては諸々安心ではあるかな。
エリオットもエギール達と顔を合わせて楽しそうにしている。まあ、エギール達はアドリアーナ姫と七家の長老達を護衛する任務中なのでここで切り上げて、というわけにもいかないが転移門もあるしな。後でタームウィルズやフォレスタニアでエリオットと合流して、という事も可能だろう。
というわけで、オルトランド伯爵領でも少し休憩と見学をしたらまたタームウィルズに向けて動いていくとしよう。
そんなわけで領内を少し見学させてもらった。仕立て屋や鍛冶職人の工房だとか、人の営み、暮らしといったものを魔人達に見てもらいつつタームウィルズへ戻るというわけだ。エリオットともまたフォレスタニアで会おうと約束し、見送ってもらって出発する。
「職人達の技術は凄かったな……。我らは全く装飾等には凝らないが……」
魔人達の中にもそういった縫製や仕立ての技術を持つ者はいるそうだ。この辺は氏族長達の指導によるものという事で、戦闘能力の優れた魔人を支援するという意味でもそういった技術を得る事を奨励されていた部分があるらしい。まあ……古参の氏族長達はハルバロニス出身だしな。その薫陶を受けたという者もいるだろう。
一方で鍛冶仕事や料理等といった技術は種族特性として必要としていないから、殆ど持っていない。オズグリーヴの隠れ里は偽装を行う為に多少はその辺を意識して誤魔化していたようだが、各氏族の魔人達の場合、そういった配慮はどうしても必要というわけではないからな。
「まあ、今回の帰路の途中で色んなことに興味を持ってくれるようになったなら、俺としても嬉しいかな。そういった技術の訓練や学習の機会については当人の希望を聞いて支援していきたいと思っている」
『先にフォレスタニアに来ている人達は実際にそうしているものね』
と、俺の言葉に頷くイルムヒルトである。
フォレスタニアで先に解呪している面々についての話をすると、魔人達は艦橋に顔を出している氏族長達、中継映像で話を聞いていた船室側の魔人達共々真剣な表情で耳を傾けていた。色々な事に興味が向いているようで、旅の途中で見学を交えた意味があるというものだ。
そうした話をしつつも二隻の飛行船はタームウィルズに向けて進んでいく。南下するに従って景色も少しずつ変わってきて、植生や雪の積もり方等にも明らかに違いが出ているな。
ヴェルドガル王国海沿いの風景を眺めつつ移動していく。フォブレスター侯爵領で侯爵に挨拶をしたり、街の人達と手を振り合ったりして街道を進み……やがて遠くにセオレムの尖塔が見えてきた。
「王城セオレムの尖塔が見えてきました」
と、シオンが伝声管による船内放送で口にすると、船室の魔人達が「おお……」とどよめきを漏らして水晶板を覗き込む。
「折角だし甲板から直接見てもらうのも良いかもね。速度は落としてここからはのんびり進んでいこうか」
そう言うとマルセスカとシグリッタも頷いて、船内放送でそれを伝える。魔人達は嬉しそうな反応を見せていた。うむ。
タームウィルズに到着した際はオルトランド伯爵領の時のように、俺達で船を先導していく、というのが良いだろう。
そうしてみんなで甲板に出る。俺やエギール達が二隻の飛行船を先導しながらセオレムを目指して進んでいく。
段々と地平線の彼方に見えてくるセオレムに、魔人達は驚きの声を上げたり、子供達が目を輝かせたりしていた。
ザンドリウスと一緒に子供達の面倒を見ているルドヴィアやエスナトゥーラも、そんな様子に目を細めたりしていて。比較的新しく合流した顔触れではあるが面倒見が良い。新しくやってきた面々の気持ちが分かるというのもあって……こういうところを見ると安心感があるな。
タームウィルズが近付いてくると、騎士団長のミルドレッド達も姿を見せた。俺達の先導に合わせて造船所まで護衛してくれる、との事だ。
「陛下方も転移港でお待ちになっています」
と、一緒にやってきたメルセディアが教えてくれる。造船所まで顔を出して迎えに来てくれている、との事らしい。
ヴェルドガル王国や同盟として今回の結集や和解と共存を支持している、と示してくれるわけだ。
タームウィルズの人達も俺達の帰還を祝ってくれているようだ。街中や沿道から手を振ってくる。魔人達の様子や状況については知らせてあったし、その辺の通達がなされているなら安心してもらえているだろう。
そのまま造船所に進むと……メルヴィン王だけでなく、同盟各国の王やその名代の面々も顔を見せていた。これはまた……盛大に迎えてくれているというか何というか。
最初に対魔人で結成された同盟だっただけに、今回の事は大きな節目というわけだ。