番外1359 漁師と火山
ジルボルト侯爵領で昼食を取り、少し食後に茶を飲んで休憩や見学を挟んでからまたヴェルドガル王国に向けて移動していく予定だ。
街中やテフラ山周辺を少し見学もしていってはどうかとジルボルト侯爵が提案してくれた。状況を様子見しつつ、そういった事が可能なら見学ができるように予定を組んでくれていたのだ。
「案内役はお任せ下さい。テフラ様とご一緒させていただきます」
「ふっふ。こういうのは楽しいものだな」
ロミーナの言葉に笑って頷くテフラである。街中の案内はロミーナが。テフラ山の案内はテフラがしてくれるとの事である。
ロミーナはそのままシリウス号に乗って、タームウィルズに戻るというわけだな。
「ふむ。皆嬉しそうにしておりますな。感情が刺激されておるのでしょうが」
オズグリーヴが魔人達の様子を見て満足そうに頷く。魔人達については色々な物を見られるという事で喜んでいるようだ。
港周辺の市場への見学という事で、エルマーやドノヴァン、ライオネルといった面々が警備も担当してくれるらしい。
というわけで、みんなで市場に出かけることとなった。警備もスムーズで……領民の反応も悪いものではない。笑顔で歓迎してくれているな。
「テオドール様がシルヴァトリア王国内で人気があるというのもありますし、今回同行している方々は境界公の和解と共存の呼びかけに応じたという位置付けになりますから」
と、ロミーナが教えてくれる。魔人達と知らされていても、穏健派や共存派というような受け取り方になるわけだ。まあ、現存している魔人達全体が応じてくれたわけだから派閥というのは少し違うが……蓋を開けてみるまでどのぐらいの結果になるかは分からなかったからな。領民への通達としては間違っていない。
市場へ向かうと先程昼食のメニューに出てきた食材も並んでいて、それらをロミーナが解説すると、魔人達は感心して頷いていた。
それに……今回の食材を確保してくれた領民達も市場に姿を見せていて、ロミーナが引き合わせてくれる。
「昼食は美味でした。ありがとうございます」
「おお……! こちらこそ光栄です!」
漁師達や市場の人々が嬉しそうに答えてくれる。そのまま近くの港まで足を運んで漁船を見せてもらったり、漁のやり方やそれにまつわる楽しかった話や苦労話を聞いたりした。
「漁か。我らの食糧確保とは少し違うが、大変なものなのだな」
「だが漁をする役得として新鮮な食材や傷みやすい食材を特別に楽しめるというのは良いな」
と、魔人達は漁師達の話に顔を見合わせてそんな話をしたりしている。人への理解も深めていってくれると喜ばしい事だな。
そうして市場や港、街中を少し見学させてもらい、ジルボルト侯爵夫妻やエルマー達、領民に見送られ、テフラ山へ移動していく事となった。
「では――道中お気をつけて」
「はい。テフラ山の見学が終わったらまた街の近くを飛んでいくかも知れません」
「ええ。皆も喜ぶでしょう」
そう言葉を交わして飛行船に乗り込んで……手を振るジルボルト侯爵達に見送られて、テフラ山へと向かった。
「――テフラ様が姿を見せて山で迷った方を助けた逸話等もありますね」
「風の当たらない場所に誘導して晴れるまで暖を与えた程度ではあるがな」
と、空からテフラ山の山体を見ながらロミーナとテフラがそんな話をする。まあ、テフラがそういった対応をしていたからか、周辺からは信仰の対象になっていたりするわけだな。
そのまま火口付近を見に行ったり、山中にある天然の温泉に足を運んで手足を湯に浸してみたりといった時間を過ごす。
天然温泉は整備されていない。本格的に湯浴みするには少し人数が多いし、湯浴み着等も用意していないけれど、足湯ぐらいならば順番に気軽に楽しめる。
「む……。これは良いな……」
ゼルベルも湯に足を浸して納得したように頷いている。
「タームウィルズにも我の加護による温泉が湧いていてな」
「到着して状況が落ち着いたらそちらにも足を運ぶ事になるだろうな」
「ほうほう……」
テフラが火精温泉について教え、テスディロスがそこへの訪問について言及すると魔人達はこくこくと頷いたり、顔を見合わせて笑顔になっていた。現時点では足湯だけだが、かなり気に入ってくれたようだ。まあ、テフラの温泉は魔力も豊富で心地良いからな。
そうしてジルボルト侯爵領とテフラ山での時間を過ごし……また街の近くを少し旋回して挨拶をして、みんなから手を振って見送られながらヴェルドガル王国に向けて出発するのであった。
シルヴァトリアとヴェルドガルの間に跨る海を渡って移動していく。向かう先はエリオットの治めるオルトランド伯爵領だ。
元々はステファニアが領主であった土地だな。実質的に王家の直轄地だった、とも言える。
『では、到着をお待ちしています』
到着が近い事を伝えると、エリオットがモニターの向こうで人当たりの良い笑みを見せる。
「ありがとうございます。領民の反応はどうですか?」
『みんな落ち着いていますし、テオドール公の来訪を歓迎していますよ。ステファニア様とゲオルグ卿が領民から慕われていましたからね。その関係で、領民達からもテオドール公も好印象ですね。私自身も領地を引き継いでから好意的に歓迎されて色々な面で協力して頂けておりますし、ありがたい事です』
なるほど。ステファニアやゲオルグ達が治政、善政を行っていたというのもあるのだろうが、エリオット自身も領民から慕われるに足る善政を敷いているようだからな。
エリオット自身はステファニアや俺、シルヴァトリアとの繋がりが政務においても良い方向に作用している、と謙遜しているけれど。
そんなエリオットの話にアシュレイもにこにことした笑顔を見せている。シルン伯爵領と分かれて領主になった事で、アシュレイも不安に思っていた部分があるようだからな。上手くいっているというのは喜ばしいだろう。
やがて……南東の方向に進んでいくとヴェルドガル王国の陸地が見えてくる。オルトランド伯爵領はヴェルドガル王国では北の方に位置するし、季節柄まだ雪も残っているが……地面が見えている部分も多く、緯度も下がってきたので、シルヴァトリアに比べると結構雰囲気は違うな。
魔人達もそうした風景をモニター越しにではあるが熱心に見てくれているようだ。
そうして二隻の飛行船は共にエリオットの待っている領主直轄地へと移動していく。直轄地では――ヒポグリフのサフィールとそれに跨るエリオットが護衛騎士達とともに直接俺達を迎えに出てくれていた。
俺達も甲板に出てエリオットと顔を合わせに行く。リンドブルムも顔を出して、サフィールに会えて嬉しそうだ。
「ようこそいらっしゃいました。歓迎します」
「ありがとうございます」
笑顔で迎えてくれるエリオットに俺も笑って応じる。エギール、フォルカ、グスタフといった3人の魔法騎士も顔を出し、エリオットに再会の挨拶をしていた。
「やあ、エリオット。元気そうで何よりだ」
「ああ。私もみんなと会えて嬉しい」
というわけでサフィールに跨るエリオットと共に、俺もリンドブルム、エギール達もそれぞれの幻獣に乗って、飛行船を先導するような形で直轄地の城へと向かう。シルヴァトリアの魔法騎士達も一緒という事で今回の魔人達との和解と共存をシルヴァトリアも応援しているというのが分かりやすくなるな。
領民達も沿道や窓から大きく手を振って迎えてくれる。シルヴァトリア同様、オルトランド伯爵領でも歓迎してくれているようで。