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204 急行

「――行け」


 カドケウスに命令を下すと、猫の姿から液状化し、扉の下の隙間から外へ出ていった。父さんの身辺警護に向かわせたのだ。それから、通信機で父さんに連絡を入れておく。


『ハロルドとシンシアからの情報です。元使用人のゴドウィンが伯爵家周辺をうろついていたとのこと。見知らぬ連中と一緒にいる場面も目撃されており、警戒が必要かも知れません』

『承知した。こちらでも少し調査をしてみる』


 ややあって、父さんからはそんなメッセージが返ってくる。ゴドウィンはキャスリンが侯爵家から呼んでいた使用人である。

 土をこねくり回して使用人の顔を作り、ハロルドとシンシアに人相を照合してもらう形でゴドウィンであろうと割り出したわけだ。


「ゴドウィンというのはどういう人物?」

「私見ではありますが……誠実な方ではないと思います。自分達のやり方に馴染まない使用人に嫌がらせをして辞めさせたりしていたようですから」

「……いかにもね」

「グレイス様は大丈夫だったのですか?」


 顔を顰めるローズマリーとアシュレイ。マルレーンが心配そうな面持ちでグレイスの側に行くと、グレイスはマルレーンに微笑みを返して彼女の手を取る。


「私は……ダンピーラですので。怖がられていた部分がありますから、あまり直接的なことはありませんでした」

「なるほど……そういう手合いなわけね」


 クラウディアが小さく息をつく。

 ……グレイスが居ないところでは彼女がダンピーラであることについて、化け物が伯爵家で云々と文句を言っているのを聞いたことがあるがな。面と向かって嫌がらせをしなくても、親切になどはするはずがない。


 とは言え問題は――ゴドウィンよりも、一緒にいたという見かけない連中のほうだな。つるんでいる可能性。或いはそそのかされて使い走りをやらされている可能性。諸々含めて想定しておくべきだ。


「顔は覚えた。私も動いていい?」


 と、ゴドウィンの胸像を半眼になって睨めっこしていたシーラが尋ねてくる。


「どうするんだ?」

「普段見かけない連中が根城にしている場所なんて、少し聞き込みをすれば割り出せると思う。私の顔はゴドウィンも知らないし、かなり有利」

「シーラが行くなら私も行くわ」


 イルムヒルトが立ち上がる。


「……分かった。2人1組で動いて、定期的に通信機で連絡を入れるように。もし相手から見つかったら、気にせず飛んで離脱してくれれば良い。それだけでも滅多な行動ができないような牽制にもなるし」

「ん。場所を割り出すだけにしておく。無理はしない」


 索敵能力に優れる2人だからして、包囲されたりの心配はあるまい。

 さて――カドケウスは予定通り父さんに張り付いたようだ。父さんは供の騎士を連れて馬車で出かけることにしたようだが……行先は、どこだろう。


 ……このタイミングで出かけるというと、キャスリンのいる別邸か?

 ダリルへの影響力を排除するために、本宅とは別の家に蟄居させているとの話だ。使用人の選定も気を使い、備品の買物なども付き添いをつけて事細かに収支報告させているのだとか。




 馬車から降りた父さんは、供の騎士をそこに残し、見張りの兵に高い鉄柵の門を開かせて、花の咲く前庭を通って家へと向かう。

 伯爵家の別宅とは言うが、あまり大きな屋敷でもない。少し大きい民家程度だが、規模に比しては高い塀と……それから塀の内側には東屋のある前庭があるという作り。

 家や前庭の風合に比べて塀は比較的新しく、後から作られた感じだ。蟄居させるというか隠遁させるというか……ともあれ、外界からは孤絶されて牢の役割を果たしてはいるか。


「旦那様がいらっしゃいました」


 出迎えた使用人は父さんに恭しく礼をすると、隣室に引っ込んでいく。


「こんな夜分にどうなさったのですか」


 タペストリーに刺繍をしていたらしいキャスリンは、やや困惑した表情を浮かべながらも、そんなことを言う。


「少し話をしにきた。最近何か、変わったことはないか?」


 書斎から持ち出してきたのだろう。何冊かの本を机の上に置く。童話であったり物語であったりと、そういったジャンルの本だ。


「変わったことも何も、こんな時間にあなたが来たことを除けばいつも通りです。今日は刺繍糸ではなく、本を差し入れに来たのですか?」


 父さんはじっとキャスリンを見ていたが、やがて静かに頷いた。


「そうか」


 キャスリンは眉根を寄せると口を開く。


「バイロンは……牢から出していただくわけにはいきませんか?」

「それは無理だ。この家からは逃げ出そうとしたし、ダリルが後嗣になったことへの不満も口にしていたからな」

「そう、ですか。そこまで手間をかけるなら、いっそ私共々一思いに処断してしまえばいいものを。それとも……わたくしがこんなことで(ほだ)されるとお思いなのですか?」

「そうではない。お前はダリルの母で、私の妻だ。お前やバイロンのやったことは、私にも責があると思っている。だからこそ、安易に放り捨てるようなことはしない」

「わたくしを、まだ妻だと仰るのですか」


 父さんの言葉に、キャスリンは自嘲するように笑う。その笑いには、あまり力が無かった。

 ……何だかな。前とは随分印象が違う気がするが。まあ……見る限りでは父さんの下した裁定は温情判決な気がするから、時間が経って落ち着いて、色々思うところがあったのか。


「担ぎ出そうとする者がいるかも知れない以上、自由は与えられない。そこには領主として間違いなく一線を引くが……私とお前の関係だけに限った話ならば、願わくば新しく築き直したいとは思っているよ。迷惑であるというのならば、私は極力来ないようにするが」

「あなたの……したいようになさればいいでしょう。領主なのですから」


 キャスリンは一旦顔を上げたが、素っ気なく答えた。


「そうか。では、私は今日はこれで帰ることにしよう」


 父さんが立ち上がると、キャスリンはその背に向かって手を伸ばしかけたが、結局その手を引っ込めてかぶりを振る。


「……門まで、お見送りします」

「ああ」


 と言ったが、キャスリンは父さんが出ていくまで動こうとはしなかった。

 父さんが家から出て、一旦戸口が閉まったところでキャスリンが独り言ちる。扉の隙間から出ていくカドケウスが、本当なら誰に届くこともなかったはずの、キャスリンの呟きを聞いていた。


「今更謝って……それで、どうなると? あなたが許してくれても……リサや、その息子は私のしたことを許しはしないでしょうに。それで、良いのですか?」


 キャスリンは俺と父さんが和解していることも知らない、か。伏せている以上、父さんは聞かれても疎遠だとしか答えないだろうしな。

 別に。俺はキャスリンについては、どうとも思っていない。


 どうでもいいとも思っていると言い換えても良い。力を得て家を出たところで、過去の出来事になった。謝罪も復讐も、期待していない。関わらなければそれだけで良いという、それは無関心だ。

 でも母さんは多分……いや、謝罪の言葉を聞けるならきっと、キャスリンを許すだろう。そういう人だ。


 かぶりを振って思考を切り替える。少なくとも……キャスリンとゴドウィンとの繋がりは無さそうだ。

 キャスリンは父さんの後を追って家を出てきた。不意に――人の倒れる音が聞こえる。

 父さんとキャスリンは顔を上げて、そして見た。

 門のところに煙が巻いて、門番と供の騎士達が、糸が切れたように倒れて――。




「スリープクラウド!?」


 その光景を確認した瞬間、俺は立ち上がってウロボロスを手にしていた。


「な、何があったのですか?」


 俺の様子に、みんなに緊張が走る。家を出る前に、グレイスの呪具を解放状態にしておかなければ。


「父さんが襲撃されてる。俺はすぐ現場に向かう。みんなはここで待機!」

「分かりました!」


 家を飛び出しながら、思案する。

 確かに見張りの兵や供の騎士はいても――最低限の人員ではあった。だからこそか? 魔術師がいれば今なら強行できると?

 父さんの動向、生活パターンを探っていて、人員が少ない今なら襲撃できると踏んだ?


 なら、何の目的で? 狙いは何だ? 魔術師まで動いている。使用人の逆恨みや奪還だとするには、動いている人員の質に納得がいかない。力を失っている先代ブロデリック侯爵関連の人物に、そんな糸を引ける奴がいるのか。いたとして、先代侯爵を差し置いてキャスリンを奪還しようとする理由があるのか?

 それとも……また別口。例えば――シルヴァトリア絡みだとか。


 疑問は残るが、リンドブルムに跨って最速で現場へと急行する。その間にもカドケウスは向こうの状況を俺に伝えて来ている。


 入口の状況に父さんとキャスリンは理解が及んだのか目を見開いた。


「あれは、水の魔法か!?」

「く、曲者!? と、ともかく家の中へ!」

「それでは退路が無いッ」

「し、しかし……! この庭にいても……!」


 父さんの言葉に、キャスリンは逃げ場を求めるように周囲に忙しなく視線を巡らせて、そこで固まった。

 キャスリンの視線の先を追う。塀より高い木の太い枝の上。そこに弓に矢を番える黒づくめの男がいて、それは真っ直ぐに父さんに狙いをつけていた。

 矢が放たれようと引き絞られる。それを見たキャスリンが――父さんを押しのけて前に出て、立ち塞がるように手を広げる。


「わ、わたくしは……ッ!?」


 自分の行動に驚愕しているといったような、キャスリンのその表情。その時には既に矢が放たれていて――真っ直ぐにキャスリンの胸へ目掛けて飛来していた。


 来たるべき衝撃に備えて、キャスリンは目を固く閉じる。が――矢はあらぬ方向へ弾かれていた。カドケウスが打ち払ったのだ。それは刹那の出来事。夜に紛れて、射手からは見えたかどうか。目を見開き、再び矢を番える。


 だが。


「次があると思うなッ!」


 直上から。

 リンドブルムの背から飛び降りて突撃した。

 シールドを前面に展開。枝も幹もへし折りながら刺客を巻き込んで。そのまま地面まで一直線に叩き潰すように落下する。めきめきという骨のへし折れる音と感触。もう一匹! 水魔法を使った魔術師!


 叩き潰した男を踏み台にし、レビテーションを用いながら飛び上がる。民家の屋根の上にいた黒いローブを纏った魔術師目掛けて肉薄。突撃しながらウロボロスを振り払う。

 向こうもレビテーションをかけて跳躍して離脱した。その程度で……逃げられるとでも思っているのか?

 下らない横槍を入れてくれた礼は、きっちりと支払わせる。


 背後から旋回してきたリンドブルムが、巨体で体当たりして魔術師をこちらに向かって弾き飛ばす。


「うおおっ!?」


 悲鳴を上げながらシールドを展開するが――。


「沈め」


 真正面から掌底を叩き込む。シールド越しに伝播した魔力の衝撃が、魔術師の頭部を捕捉。空中で一回転させる。白目を剥いたところに、リンドブルムが飛来して足に噛み付いて捕獲した。

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