番外1358 前に進んでいくために
「ジルボルト侯爵家と侯爵領の方々は……我らに怒っているのではないでしょうか」
と、そう言ったのはアルヴェリンデから氏族長を引き継いだ女魔人ラムベリアだ。
「それは……どうかな。話をした感じではジルボルト侯爵家の人達は落ち着いていたし、侯爵領の人達は直接アルヴェリンデから何かをされたわけではないからね。ましてや本人じゃなくて同じ氏族っていうだけでは、ね」
ラムベリアに答える。感情面だけで言うなら確かにアルヴェリンデに複雑な思いはあるかも知れないが……ジルボルト侯爵は水晶板で話をしている感じ、そんな印象は無かった。
「ハルバロニスもクラウディア様やオーレリア陛下から赦免を認められ、和解に至りました。子孫や親族に罪はない、と。賛同してくれている方は皆、それを知っています」
「尊き姫君と月の主家が……」
フォルセトの言葉にラムベリアは目を閉じていた。
『私達もそうでした。今の時代に生きている子孫達に罪はない、野心を抱いた先王の罪は先王のものと……そう言って受け入れて貰えました。魔人の皆さんとはまた、少し事情が違いますから、単純比較ができるわけではありませんが……』
エレナが静かに言う。魔力嵐や魔界の成立。先王ザナエルクの野心に絡んだ一連の事件といった話だな。
魔人とは違う、というのは……魔人達はそもそも特性上から敵対関係にある種族であって、天敵としての在り方そのものを罪と呼べるかどうかは難しいところだから、ではあるかな。冥府もまた、第二世代以降の魔人は捕食者として生まれついた者達という対応の仕方をしていたし。
アルヴェリンデに関しては最古参なので元々ハルバロニスの住民ではあるが、自分の下に氏族も抱えていたという背景もあるしな。
それに対してジルボルト侯爵はと言えば……まあ、今回の一件で応援してくれているし、落ち着いているというのは間違いない。怒りが向いている対象がいるのだとしたら、寧ろ魔人達と手を組んでいたザディアスの方なのではないだろうか。
アルヴェリンデが魔女として侯爵の妻子やテフラに呪いをかけたのも……そもそもザディアスの意思なのだし。
そう言った話をすると、ラムベリアは目を閉じて一礼する。
「それは……氏族の者達も安心すると思います」
そうだな。ラムベリアは氏族長だから、氏族の者達に責任がある。感覚も変わっているのでその辺の責任感についても強くなっているのではないだろうか。
「俺としても引き受けた以上は庇護する立場だからまあ、不安や問題に思う事があるなら話して欲しい。相談に乗るし、解決の為に動くと伝えておくよ」
「ありがとうございます」
ラムベリアは俺に頭を下げてくる。まあ、今回に関して言うなら大丈夫だとは思う。念のためにジルボルト侯爵には水晶板ではなく通信機で配慮が必要かどうか尋ねてみたが『テオドール公は私達を助けて下さいました。目指すものも尊いものだと理解しています。勿論私自身にも、わだかまりなどはないので安心して下さって問題ないとお伝えください』と、返答があった。
そんなジルボルト侯爵に通信機で礼を言うと『みなと共に到着を楽しみにしております』と返ってくる。うん。有難い話だ。
そうして二隻の飛行船で移動していくと、やがてテフラ山とジルボルト侯爵領が視界に入ってきた。
『綺麗な山ね』
ゼルベルと共に外の映像を見ていたリュドミラがテフラ山の感想を口にする。
『高位精霊がいる火山、だったか。霊峰という位置付けなのも……納得だな』
と、ゼルベルも頷いている。テフラはそうした感想は喜ぶのではないだろうか。因みに……アルヴェリンデに呪いを受けたテフラではあるが、そんな彼女も今回の話は応援してくれているな。あっけらかんと笑っていたが、精霊達は元々享楽的だし器が大きいという印象がある。
というわけでジルボルト侯爵領の兵士達の誘導に従い、侯爵家を目指して移動していく。侯爵領の領民達も飛行船が近付いてくると手を振って歓迎してくれているのが見えた。
そのまま船を停泊させると侯爵家からジルボルト侯爵とベリンダ夫人が姿を見せた。ロミーナも転移門で帰ってきているようで、顕現しているテフラと共に笑顔でこちらに手を振っているな。
ジルボルト侯爵家の家臣であるエルマーやドノヴァン達も一緒で……皆総出で迎えてくれているという印象がある。
「おお。ようこそいらっしゃいました」
「温かな歓迎、痛み入ります」
タラップから降りてジルボルト侯爵と笑顔で挨拶を交わす。オーレリア女王、アドリアーナ姫、お祖父さんやフォルセトといった面々とも丁寧に挨拶をしてから、ジルボルト侯爵は氏族長達とも挨拶を交わす。
「ラムベリアという。アルヴェリンデ様より氏族を引き継いだ者だ」
「おお、そうでしたか」
侯爵はラムベリアの名を聞くと静かに頷き、微笑んで握手を求めていた。こうした対応には寧ろラムベリアの方が驚いているようで。少し戸惑いながらも握手に応じていた。
「過去に色々あったのは事実ですが、これから変わっていくという事を考えれば、遺恨やわだかまりを後に残すべきではありませんからな」
「ましてや、以前とは状況も異なっている。同じ氏族、血縁というだけで何かを言うというのは違うと思っているわけだ」
ジルボルト侯爵の言葉にテフラも笑って、それに倣うように握手を求めていた。ラムベリアは二人と握手を交わしてから真剣な表情になって一礼する。
「……気遣いの言葉、感謝する。氏族の者達がそうした気持ちに応え、行動で示していけるように私もまた力を尽くそうと思う」
ラムベリアの言葉に侯爵とテフラは頷く。……ラムベリアが心配していた問題はこれで一先ず問題はあるまい。まあ、帰り道に寄って欲しいと打診してきた時点でジルボルト侯爵も今回の話を歓迎しているし応援してくれているというのは分かっていたからな。
とは言えラムベリアの口にした通り、これからの行動が大事になってくる。俺も身柄を引き受けた以上は責任があるからその辺はしっかりしていかないといけないな。まあ、その辺の考えは既にラムベリアに伝えた通りだ。
というわけでジルボルト侯爵達に挨拶をしたら、昼食をここでとってからまた移動していく、という事になる。
ジルボルト侯爵によれば、俺達が立ち寄ると聞いて領民達も気合を入れて漁を行ってくれたという話だ。海の幸を食材として用意してくれているそうで……。では、みんなで食事を楽しませてもらうとしよう。
ジルボルト侯爵領の領民が用意してくれた食材は……北国の海の幸という事でバリエーションや量、共に豊富だった。魚や貝、蟹や海老といった食材が蒸し焼き、網焼き、スープといったメニューとなって饗され……みんなでそれに舌鼓を打つ。
『ん。こっちも今日のお昼も、合わせて魚介類にして貰えた』
と、シーラが水晶板の向こうで満足そうに頷いていた。そんなシーラの言葉に楽しそうに肩を震わせているイルムヒルトである。
「おお……飛行船や王都での食事も美味だったが……。海の幸というのはまた違うな」
「美味しい……!」
魔人達は海の幸を口にして声を上げていた。蟹の食べ方についてザンドリウスが説明していて、それを魔人達が真面目に耳に傾けて実践していたりするのが中々に微笑ましいというか。各地ごとに色々料理にも特色があるしな。そうした文化的な違いなども知って、それらに魔人達が価値を見出してくれたならば……俺としても喜ばしい事である。