番外1356 魔人と商人達
要塞では、バルトロメウスやユルゲンも含め、見送りの時のように武官達が並んで、俺達の到着を待ってくれていた。
これから帰る、という事は水晶板で通達していたからな。みんな並んで敬礼で迎えてくれるあたり、準備を整えていたのだろう。
西側の門の前までやってきて飛行船を並んで停泊させると、バルトロメウス達が前に出てくる。
「シルヴァトリアの要塞に到着したわ。見学希望なら甲板に出てみてね。軍事施設だから、流石にどこでも全員を案内、というわけにはいかないけれど」
と、アドリアーナ姫が楽しそうに伝声管に向かって言う。
この辺はエベルバート王やバルトロメウスとも打ち合わせ済みだ。
そんなわけで、みんなと共に甲板に出る。
「大きな建物……」
「変な形をしてる」
魔人の子供達が甲板の縁から顔を覗かせて、興味津々といった様子で言う。別々の氏族の子供達だが……早速一緒の時間を過ごしているのは何よりだな。子供達の傍にザンドリウスもいて、年長者として面倒を見てくれている。ベリオンドーラで自給自足していた経験もあって面倒見が良いというのはあるのだろうが。
「ふっふ、お帰りなさいませ。無事に戻って来られて何よりです」
「合流した方々はどのような方達なのかと思っておりましたが、子供達は微笑ましいものですな」
「ありがとうございます。特性から解放されると見る物や聞くもの全てが新鮮に感じるようですからね。素朴な人達に見えると言うのはあるかなと思います」
甲板の縁から顔を出して目を輝かせている子供達を見て、表情を柔らかくしているバルトロメウスとユルゲンである。魔人と聞いて構えていた武官達も少し毒気を抜かれたようになっていた。
反応が素朴なのは子供達に限った話ではないな。大人の魔人達の反応も割と分かりやすく驚きの表情だったりするし。
ともあれ、こうして温かく迎えてくれるのはありがたい。シルヴァトリア出身の武官として魔人達への思いや感情は色々あるにしても、悪しざまな態度を取るような事もない。
「統率が取れて落ち着いているなら、一般に開放されている区画の見学に関してならば問題はなさそうにも思えますが……どうですかな」
バルトロメウスがそんな風に言う。
「そう、ね。統率に関しては大きな問題はないように見えるけれど」
「やや感情が刺激されている部分はありますが、方向性としては攻撃的なものではないですからね。それ自体は害にはならないかと。そもそも彼らも封印を受け入れる理由として、共存を望む方向で考えてくれていますからね」
アドリアーナ姫の言葉に同意する。というわけで俺やバルトロメウスもそれぞれ大丈夫そうという見解なので、氏族長達に見学をしてみたいかと話をしてみた。
「確かに。これからのためにもそういった交流の時間を取る事も必要かと存じます」
氏族長達からはそんな返答があった。彼らに関して言うなら、恭順すると皆の前で宣言しているしな。立場上からも積極的に協力してくれるというのは助かる。
というわけで……要塞内部の開放区画を軽く見学させてもらう、という事になった。
「あちこち興味深く見てしまうと思うし、何か問題が起こらないように見ておこう」
「フォレスタニアの街中を警備していた経験も活かせますな」
「助かるよ」
テスディロスとウィンベルグの言葉に笑って答える。
氏族ごとに班分けし、テスディロス達も一部引率役を引き受けてくれる。ザンドリウスも子供達の引率を引き受けてくれた。まずは子供達から氏族間での交流を広げていく、というのは良い方法だ。
封印を受けて肉親への情も増しているようなので、子供達同士が仲良くしているならその親同士でも関係を構築しようと模索してくれるだろうしな。俺も、そうした事については手助けしていきたい。
それから要塞内部の開放区画にみんなで移動する。行商人の扱っている品物を見せてもらったりもした。
種族特性の封印を受けた魔人、という話は最初に商人達にも明らかにしている。最初は少し緊張していたようだが、氏族長達の受け答えはしっかりしたものだし子供達の反応は素直だしで、商人達も少し緊張が解けてきた様子だ。
「なるほど。ええ、勿論商品を見てもらうのは構いませんよ。うちとしても余所に行った時に話のタネになりますからねえ」
行商人は笑って応じてくれた。布製品を売りにきた商人のようで、軍事施設だから頑丈な布が主だが、武官達が帰省した際の土産として綺麗な生地も扱っているようだ。
商品に使われている染色技術等の話は流石行商人といった感じでお手の物だ。真剣な表情で聞き入って感心している様子の魔人達に気を良くしたのか、色々と商品に絡んだ情報を教えてくれて、それに対する質問にも快く受け答えをしてくれた。
バルトロメウスが紹介してくれた商人だからというのもあるだろうが、気の良い人物だな。他の行商人達も食材や武器防具といった品々を見せてくれたりして。魔人達からしてみるとこうしたものも物珍しいから行商人達の話に真剣に耳を傾けていた。
これらの品々はまあ要塞の武官達が利用するものでもあるので魔人達の分を購入すると不足してしまうが……折角なので話を聞かせてもらったお礼にという事で、俺個人として購入させてもらった。
お土産代わりだが「境界公にご購入いただけるとは」と喜んでくれていた。話の種になるのならこちらからのお礼代わりにはなっただろうか。
「こうやって交流の時間を持てたことや、良い評判を広げられそうなのは素晴らしい事ですな。後方支援の必要はなくなりましたが、平和に話が進んだのは何よりです」
「今回の任務のお手伝いができたこと、魔人の方々と実際に接し、自身の目で確かめる事ができたのも喜ばしいことです」
そんな風にバルトロメウスやユルゲンが言ってくれる。はぐれ魔人達もしがらみのない面々だから心配していたが、封印を受けて色々な事に興味津々といった様子だ。
そうして一般開放区画の内部を少し見て回って、俺達は来た時と同じように武官達に見送られ、要塞からまたシルヴァトリアの王都目指して移動していく事となったのであった。
さて。二隻の船に跨っての名簿作りも一段落だ。王都に向けて移動していくという事で氏族長達やはぐれ魔人達を交えて今後についての話をしていく。
「不安がある場合、問題が起きた場合の事も想定して、必要なら迷宮に保護区画を構築する方法を考えていたんだ」
「私達も魔人達の来歴に関係があるから受け入れ体勢は整えているわ。人との軋轢だけでなく氏族同士での関係も想定して個別に暮らせるように月面であったり、シルヴァトリアやハルバロニスであったりね」
俺の言葉を受けて、オーレリア女王が言う。
「なるほど。しかしまあ、氏族間での軋轢というのは現状ではありませんな」
「そうですね。元々氏族間の交流そのものがあまり無かったというのもありますが。氏族を持たぬ魔人達もそれは同様です」
「ただ……現状はともあれテオドール様の意向を考えるならば、我ら同士でも関係を良くするべく努めていくべきなのでしょう」
と、氏族長達はそう言って頷き合っている。
封印を受けた事でこうした話も前向きに協力してくれる、というのは有りがたい話だな。
魔人達が俺を盟主やヴァルロスの後継と認めてくれた事もあり、氏族もはぐれ魔人もとりあえず他の場所に分かれて、というのは今のところ考えていないというわけだ。
「それなら……俺としてもそうした気持ちに応えないとな」
『ふふ、みんなで平穏に暮らせる環境を作っていきたいところね』
俺の言葉にクラウディアが肩を震わせ、グレイス達も笑顔で首肯するのであった。




