番外1355 甲板での食事会
というわけで二隻の飛行船を停泊させ、山脈と氷河、氷海の見える位置で雪と氷の景色を眺めつつの食事、という事になった。
景色は白と青といった感じで寒々しいものではあるが、陽光を受けてあちこち輝いているのは綺麗なものだ。
シルヴァトリアに続く山脈も、海に浮かぶ流氷も、雄大な印象があってそれらを横目に見ながら食事というのは一興というものだ。
「北方の景色というのは……すごいものだな」
「俺達が暮らしていた土地とは随分違う」
と、魔人達も甲板に出て景色を眺めている。封印されている状態だと空が飛べない事を忘れないように、と念のために声を掛けておいた。アピラシアの働き蜂達が周囲の安全を守っているので滅多な事はないと思うが。
寒くないように二隻の船をフィールドで覆う。風魔法だけでなく、火魔法、水魔法も使って温度や湿度もコントロールしてやれば防寒具無しでも甲板は快適に過ごせるはずだ。元々隠蔽フィールドは俺がシリウス号の操船席を通して、魔法の発動体にするようにして展開していたものだしな。こういう応用も利く。
横付けされた二隻の船の甲板の間を、木魔法で構築した手摺のある橋で繋いで行き来しやすいようにしておく。スピカとツェベルタが厨房から大鍋を運んでくると食欲をそそる良い匂いが漂い始める。
「おお……これは」
「何だろう、この匂い……」
「お腹が空く……」
大人も子供も料理の匂いに反応していた。そうこうしている間にティアーズや働き蜂達がテーブルと椅子、食器も用意してと、食事の準備がてきぱきと整えられていく。
各々の食器に料理が盛られ諸々の準備が整ったところで、スピカとツェベルタが俺を見て頷いた。俺も二人に頷いて口を開く。
「食事の準備も出来たみたいだね。歓迎の意味もあるけれど、特性を封印する事で普通の生活を体験して、楽しんで貰えたら嬉しいと思っている。普通の形式の食事は初めての場合が多いだろうし、分からない事があったら気軽に俺やみんなに聞いてほしい」
そう言うと魔人達はこっちを見て神妙な表情で頷いていた。
「こういう祝いの席では食事の始まりはお酒で乾杯って事も多いんだけどね。これから人のいる場所を訪問するから酔ってるのも問題がありそうだし、今回は果実水で代用にさせてもらおう」
そう言ってカップを手に取る。お祖父さん達、テスディロス達。オーレリア女王やアドリアーナ姫、フォルセトといった面々もカップを手に取ると、魔人達も見様見真似にそれに倣う。
「今日の出会い、共に過ごす事によって築かれる絆と、これからの日々の平穏に祈って……乾杯!」
「乾杯!」
カップを掲げてそう言うと、みんなもそれに続く。魔人達も少し戸惑いつつみんなの動作に倣い、「乾杯」と口にしたりして。それから掲げた果実水を飲み干す。それも先んじて動いたみんなの動作に倣ったものだ。
「この味は……美味いな」
「……初めてだわ、こんな感覚は」
果実水の味や風味に目を瞬かせている魔人達である。特に子供の魔人達は一口飲んでから目を見開き、分かりやすく驚いた顔でカップを傾けていたのでこっちも歓待しがいがあるというか。
何を見たり聞いたり感じたりしても、暫くの間は何もかも新鮮な感動があるとは思うが、それを傍から見ていると微笑ましくもあり、色々な事に感動できるというのはどこか羨ましくもあるな。
さて。料理については……今回はパエリアとビーフシチュー、それにさっぱりしたものをという事で玉ねぎのマリネといったメニューだ。デザートとしてゼリーも用意している。
料理についてはスピカとツェベルタが頑張ってくれた。二人の腕前についてはカレーをいい塩梅に仕上げてくれた事で分かっているからな。
初めて料理を食べる面々が多いので貝は身だけにしたり、色々と食べやすく工夫もしてくれている。パエリアはスパイシーな味付けだが濃くし過ぎず……魚介類の旨味が米に染みて美味だ。
ビーフシチューはかなり長時間かけたものだ。大きめの肉は口の中に入った瞬間に解けるぐらいによく煮込まれているし、人参等も口の中で溶けるような柔らかさで、デミグラスの複雑な味わいもまた絶品だ。
玉ねぎのマリネについてはさっぱりしていて……程よい酸味が食欲を増進するな。
それらの料理を口にした魔人達は氏族長、はぐれ魔人、大人子供問わず衝撃を受けたようで。一口目で少し固まり、二口、三口と後は止まらなくなっている様子が見て取れた。
「美味しい!」
声を上げる子供に表情を緩める親の魔人達の様子は仲の良い普通の親子のようで。特性封印の影響がきちんと出ているようだな。
「おかわりは、あります」
「いつでもお申し付け、下さい」
スピカとツェベルタがそんな風に言うと、スプーンで料理を口に運びつつ、こくこくと頷いている者もいて、料理もかなり喜んで貰えているようで何よりだ。
ゼルベルとリュドミラも「これは美味いな」と顔を見合わせて笑顔を向けあったりしていて。
こうして普通の生き方に魅力を感じてくれると俺としても喜ばしいな。そうした事を期待してこうして歓迎の時間を作ったというのもあるけれど、計算していても実際の反応がこういうものだとこちらとしても歓迎のし甲斐があるというか。
魔人達の反応はテスディロス達も心当たりがあるのか、目を細めたりして微笑ましそうに見守っているといった印象だ。尋ねられて食器の使い方を教えたり、中々に面倒見がいい。
そうしているところにゴーレム楽団も甲板にやってきた。演奏を始めるとモニターの向こうでイルムヒルトが楽団の演奏に合わせてリュートを奏で、セラフィナやリヴェイラも歌声を響かせる。魔人達も感動した面持ちで耳を傾け……そうしてのんびりとした時間が流れていくのであった。
食事が終わったらデザートや飲み物を楽しみつつ、少し歓談の時間を作った。氏族長同士で話をしたり氏族間やはぐれ魔人といった面々の間で話をしたりといった具合だ。感覚的な部分が刺激を受けてか、色んな話に興味も出ているようで。他の氏族やはぐれ魔人がどんな暮らしをしていたのかとか、前氏族長はどんな人物だったとか……そういった内容について話をしていた。
そうした歓談の時間もやがて終わり……まずは山岳地帯を越えてシルヴァトリアの要塞へ顔を出して来ようという事で動いていく。
無事に戻って来られたらバルトロメウス達のところにも顔を出す、と約束しているからな。水晶板で既に連絡はしているが、顔を合わせておいた方が将軍としても安心だろう。
移動中は魔人達を入れ替わりで艦橋に案内し、名簿作りを進めながら船内の見学も進めてもらう。名簿と言っても名前と出身氏族の確認ぐらいで簡単なものだ。それが終わると親子連れの魔人達は外の景色に見入ったりしていた。
「ふふ。良い事ですね」
オルディアがそんな光景を見ながら微笑みを見せる。オルディアとしては自身の覚醒能力で同じような事ができたしな。封印術を受けた魔人の親子を見て自分に重ねている部分もあるのだろう。
『ん。特性の封印も受け入れられてるようで何より』
と、シーラもうんうんと頷く。
そうだな。名簿作りの時に解呪について聞いてくる者もいたし、前に進めていけそうな手応えは感じている。
氏族に残っていた面々は比較的戦闘能力に劣る面々が多いし、はぐれ魔人達も所在を把握されていなかっただけあって、僻地で暮らしていた者が多く……人間との接触もこれまでほとんどなかった面々が多い。遺恨という面でも大きな問題は無さそうだ。
そうやって名簿作りと案内をしながら飛行船を東に向かって飛ばしていくと……やがてシルヴァトリアの要塞が彼方に見えてくるのであった。




