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203 夏の帰郷

「では旦那様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 家の前に竜籠を降ろして荷物を積み込んだりと帰省の準備を進める。そうして大体の準備が終わったところでセシリアとミハエラが頭を下げてきた。


「うん。ミハエラさんは、やっぱり留守番で良いの?」


 久しぶりに父さんに会いたいんじゃないかと思うのだが。


「ヘンリー様とは、秋頃になればお会いできると思います。私には私のなすべきことがありましょう」


 と、胸に手を当ててミハエラは静かに答える。そうか。セシリア共々残るのが仕事、というのであれば、それを尊重しよう。

 家の警備としてはローズマリーの簡易人形も何体か配置されているし、夜間の警報装置に護身訓練をしている迷宮村の住人達と、我が家の防犯体制は相当に高かったりする。

 滅多なことは起こるまいが、仮に何かあっても通信機の連絡さえあればクラウディアの転移魔法で即座に戻ってこられるからな。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「テオ君達が戻ってくるまでにはパイルバンカーも完成していると思うよ」

「ああ。何か問題が出たらいつも通り通信機で」

「了解です」


 見送りに来てくれたアルフレッドやビオラと、そんな会話をかわして竜籠に乗り込んだ。マルレーンが窓から顔を出して兄に手を振る。アルフレッドも笑みを浮かべてマルレーンに手を振り返していた。


 竜籠の中では早速イルムヒルトがリュートの演奏を始めている。隣でシーラがイメージトレーニングなのか、小さく手を動かしてリズムを取っていた。


 ……さて。今回の帰省であるが、俺を含めたパーティーメンバー9人に加えて、使い魔3体と人形1体と、結構な大所帯だ。竜籠が3頭立てから4頭立てになって、更に巨大化してしまっている。

 使い魔3体というのは、カドケウスとラヴィーネ。それからローズマリーの使い魔であるドッペルゲンガー、アンブラムである。

 変身前は寒天のような半透明の身体で、一応シルエットこそ人型をしているが、目も鼻も口もないという見た目である。ツヤがあって妙に丸みがあるので、愛嬌があると見るか不気味と見るかは人それぞれかも知れない。


 血を与えるとその相手と同じ姿になれるという能力を持つのだが、ローズマリーはこれを使って影武者を立て、隠し通路を使って町中に繰り出していたわけだ。

 証拠品ということで事件以後は王城で監理されていたが、禁書庫の書物同様、俺のほうで預からせてもらっている。

 便利ではあるが、戦闘力が高くないのがネックだな。迷宮に連れていくのは無理だろう。衣服はこちらで用意してやらないといけないのも地味に問題だ。今は使用人の服を着ている。


「……ガートナー伯爵夫人と長男のバイロンについてはどうなっているのかしら? あの2人の今を知らないと、伯爵に何を言うべきか、少し分からないところがあるわ」


 俺がアンブラムを眺めていると、事件当時のことを思い出したのか、ローズマリーが尋ねてくる。


「監視付きの蟄居生活だそうだよ。マリーとのことが無かったとしても、色々やらかしてたから発覚すれば結果は同じだったと思う。だから、あの2人の処遇についてはあまり気にしなくていいんじゃないかな」

「そう」


 俺の返答に、ローズマリーは思案するような様子を見せる。

 キャスリンは裏で先代ブロデリック侯爵と繋がって色々やっていたし、バイロンもそれを知っていたそうだ。後々家を継いだら、先代侯爵とつるんで美味しい汁が吸えると踏んでいたのかも知れないが……まあその場合、両家揃って没落してたんじゃないかなという気はする。

 次男のダリルについては父さんにかなり厳しく教育されているらしいので、現時点での判断は保留しておくことにしよう。


 それにしてもローズマリーは少々ナーバスになっている気がするな。確かに、清算しようにも明かせないことが多いし、せめて父さんのことだけでもという部分はあるのだろうが。

 まあ、それはそれだ。今からずっと気を張っている必要もないだろう。アシュレイと視線が合うと、静かに頷く。


「マリー様。一緒にカードで遊びませんか?」


 と、アシュレイがローズマリーを遊びに誘う。ローズマリーは少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、苦笑して頷いた。




 竜籠を母さんの家の前に降ろす。着替えや食料といった荷物を運び込み終わったら、まずは着替えてから墓参りだ。

「綺麗な場所ね。さっきの家もそうだけど、不思議なところだわ」

「リサ様が一番好きなところだったんです」


 ローズマリーの感想に、グレイスが少し寂しそうに笑って答えた。

 母さんの墓の周りには色とりどりの花が咲いている。夕日で赤く染まった花畑。母さんの家から道が作られていた。

 墓守をしてくれているハロルドとシンシアはかなりきっちりと仕事をしてくれているらしい。手入れが行き届いているのが見て取れる。


「お久しぶりです」

「こんにちは」


 と、ハロルドとシンシアが出迎えてくれた。父さんには俺が帰ることは伝えてあるからな。2人とも待っていてくれたらしい。


「うん。2人とも久しぶり。ありがとう」

「いいえ。これが僕達の仕事ですから。伯爵様もお昼頃お見えになっていましたよ」


 ハロルドが丁寧に一礼して答える。墓には花束が供えてあった。これを持ってきたのは父さんだな。俺も……持ってきた花束を供える。

 父さんとは明日の夜会うことになっているが……。忙しい人なのでスケジュール調整が大変なのだろう。表向き疎遠ということになっているから、会うにしても色々と段取りを考える必要があるしな。


「ただいま、母さん」

「お久しぶりです、リサ様」


 グレイスは指輪を押さえて、母さんの墓の前で目を閉じる。

 みんなでそれを倣うように目を閉じて黙祷する。

 しばらくの間、そうしてから……目を開き、ハロルド達に声をかける。


「2人とも、良かったら夕食を食べていかない?」

「……いいんですか?」

「うん。今から町に戻っても準備をしても食事が遅くなるだろうし。何なら泊まっていってもいいよ」

「わ、わたし……あのお家に一度入ってみたかったんです」


 シンシアが嬉しそうな笑みを浮かべる。うん。俺も母さんの家を気に入ってもらえて何よりだ。




「そういえば――少し気になることがあって」


 夕食を済ませてハロルド達と最近の伯爵領の様子について色々と話をしていると、ハロルドがそんなことを言った。


「何?」

「その。今日は伯爵様の馬車でお墓まで送っていただいたのですが……お屋敷前で待っている時に、物陰からこちらを窺っている人を見かけて。その人と言うのが……ええと」


 ハロルドは言い淀む。何やら……あまり良くなさそうな話だな。


「前に、お屋敷で働いていた方みたいなんです。最近お見かけしなかったのでどうしていたのかと思っていたのですが……」


 思わずグレイスと顔を見合わせてしまう。

 前に屋敷で働いていて、見かけなくなったって……それはつまりキャスリンが侯爵家から連れてきた使用人達だったりするんじゃないだろうか?


「それは父さんにもう話した?」

「いいえ。まだです。シンシアと話をしていて気付いたと言いますか。フードを被っていたのでその時は気が付かなかったのですが……」

「つまり、シンシアも見た?」


 尋ねると、シンシアは「その時は見ていません」と首を横に振る。


「わたしが見たのは別の場所でです。その時はフードも被っていなくて。でも、町で見慣れない人達と一緒だったのでよく覚えていたんです。ハロルドのお話で、同じ色の外套を着てるのに気付いて……それで」


 そうか。……ハロルドとシンシアは伯爵家の内情まで詳しくないだろうからな。何故辞めさせられたかまでは知らないだろう。

 父さんの耳には入れておいたほうが良い情報だろうな。


 キャスリンやバイロンの手引きというのはさすがに考えにくいか。外部に働きかけられる余地を残すとは思えないし、そのあたりは父さんも最も警戒するところだからだ。

 となると……伯爵家の元使用人の独断。奪還を企んでいるだとか、辞職させられた逆恨みだとか……理由としてはいくつか考えられなくもない。

 とは言え……どうしたものか。


 今回はクラウディアの同行もあって有事にはすぐにタームウィルズに転移できるので、元々数日こちらに滞在する予定である。キャスリンの動向ぐらいは確認しておくべきかも知れないな。

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