番外1348 魔人達の思惑
「俺はゼルベルという。まあ……氏族ってのからは外れた魔人でな」
「氏族に所属していない魔人、というのは話に聞いてる」
「そうか」
赤毛の魔人――ゼルベルは自分の身に異常がない事を確認するかのように、掌を握ったり開いたりした後でそこに瘴気を集め、霧散させて……と、一つ一つ結集場所内部でもできることを確認しているようだった。まあ、攻撃行為ではないから立ち入っても変身はできるし瘴気を操ったりはできるな。
氏族から外れた……つまりは、はぐれの魔人という事になるな。
今まで判明しているところで交流のある面々として……リネット、ゼヴィオンやルセリアージュ、テスディロスにウィンベルグ、オルディアは元々氏族には所属していない魔人だった。
はぐれだから強弱に関係があるとは一概には言えないだろうが、普段から単独行動している分、氏族の魔人達よりもしがらみが少なく気ままに振る舞えるというのはあるだろうし、そういった背景は性格的な部分、利害関係の部分に影響があるので対話に当たっては考慮に入れる必要がある。それに単身で身を守る必要がある分、荒事にも慣れているというのはある……かも知れない。
オズグリーヴとしては「性格や考え方がよく分からない点でははぐれ魔人の方こそ注意が必要かも知れませんな」と、そんな風に言っていた。
ゼルベルについては……物腰や感知できる魔力からすると相当実力がありそうに見える。もしかすると、まだ把握されていない覚醒魔人という事も十分に有り得るな。いずれにしても、最初に出てきた事といい、かなりの胆力があるのは間違いない。
ゼルベルは一通り確認を終えると納得したというように頷き、俺を見て言う。
「まどろっこしいのは面倒でな。あれこれ遠くで話を聞いているより確かめてみる方が早い。あんたらが話してる事も……恐らく真実なんだろうとは感覚的なところで分かっちゃいるが、こういう感覚も少し前の啓示って奴を受けてからの話だ。聞いている話に根拠や裏付けがないってのもしっくりこない話でな」
「実際に確かめるために最初に出てきた、と」
「そういう事だ」
ゼルベルが頷く。なるほどな。ベリスティオとヴァルロスの啓示はそういう部分でもしっかり効果を及ぼしているが、だからこそゼルベルとしては感覚的な部分に裏付けが欲しいと考えての事だったわけだ。最初に出てきたのは……性格が豪胆だからというのはあるか。
「というわけでだ。お前、俺に攻撃を仕掛けてみろ」
「確かめるとは言っていたけれど、それか。交渉や対話に来たと言っていた俺が、いきなり彼らの見ている前で攻撃を仕掛けるわけにもいかないだろ」
「確かに……それもそうか。なら、俺から軽く攻撃を仕掛けると言うのはどうだ? その場合、俺はどうなる?」
ゼルベルがそう言って俺を見てくる。
「結界が発動してこの結集場所の敷地の外まで押し出されるだけだ。俺から攻撃した場合も、ここを用意した俺でもそうなる。その後は攻撃の意思がなければまた立ち入る事も可能だ」
いや、ゼルベルが考えている事には察しがつくが……。
「なら問題ない。さっきの……声の拡大は俺にも使えるか?」
「……ああ」
そう言って風魔法を行使すると、ゼルベルが言った。
「ふむ。あー……声も……きっちり拡大されてるな。それじゃあ、今からこの場所で攻撃が可能かどうかを確かめる」
言うが早いか、ゼルベルが手刀に瘴気を溜めて――そのまま結界が発動して結集場所の外まで押し出されていた。やはりか。
「なるほど。結界自体の強度を試すのは?」
「問題ない」
と答えると、俺達に当たらない軌道で瘴気の斬撃を解き放って結界に叩きつけ、強度確認までしているゼルベルである。
「大したもんだ。余程の力でなきゃブチ破れなさそうだ」
「まあ、そういう事だな。こっちから攻撃を仕掛けた場合も……同じ状態になるのも見せておいた方が良さそうだな」
「それで警戒を下げる奴もいるだろうよ。俺で良ければ的になろう」
といったやり取りも、声を拡大しているので聞こえているはずだ。ゼルベルに向けて掌を翳してマジックサークルを展開すれば――その途端に結界が発動し、俺も敷地外まで押し出された。展開しようとしたのは第一階級のエアバレット程度のごくごく弱い術ではあるが、この通り効果は発動するというわけだな。もう一度敷地の内部まで戻ってきてから、言葉を続ける。
「……というわけだ。攻撃の強弱云々は関係がなく、仕掛けようと思った段階で効果が出る。話し合いの結果如何に関わらず、交渉の場に出て来て貰った相手だから、結果敵対するとしてもこの機会やこの場所では手出しする気がない。信じて貰えると助かる」
「信じよう。この場所の中では嘘がつけないというのも確かめようとすれば簡単なものなのだろうしな」
ゼルベルとそんなやり取りをしていると、姿を見せていなかった者達が姿を見せる。今度は集団だな。
「少し出遅れたが……そちらに向かっても問題はないか?」
と、集団の長らしき女の魔人がこちらに尋ねてくる。
「勿論。話し合いに応じてくれた事には礼を言う」
「礼には及ばない。一応、我らの現状とこれからの先々には多少なりとも思うところがあってな。先日の……種族特性から解放された場合の物の見え方、だったか。あれも相当な衝撃ではあったが」
女魔人は目を閉じて答える。
なるほどな。現状や先々に危機感を覚えてという視点故に、ここに顔を見せたというのなら、彼女は現在、この集団の氏族長という事か。
はぐれ魔人よりも氏族長達が慎重になる、というのは分かる。氏族を維持する意志を全く持たない者が氏族長やその後継者として選ばれる事もないだろうし。
「それに……先程の話を聞く限り、氏族達の安全を考えるなら、敷地内にいる方が安全そうだからな」
「その点は間違いない。もし交渉や対話が不調に終わっても各々が安全に撤退できるように工夫すると約束する」
「よかろう」
氏族長の女魔人は静かに頷く。
そして、そうやって一つの氏族が動いたという事は――他の者達も動きやすい下地ができたと言える。
「ゼルベルには……借りができたな」
「くく。俺は面白そうだからここに来ただけでな。氏族の連中とは動機が違う。状況を動かしたのも同じ理由だから、それこそ礼は必要ない」
ゼルベルは楽しそうに笑う。動機や思惑はともかく、慎重だった氏族長達が動きやすい状況になったのはというのは間違いない。
新たに現れた氏族達を結集場所の内部に招き入れると、他の魔人達も続々と姿を見せる。まあ……そうだな。こうして氏族として動いた者達が姿を見せた以上、あまり出遅れて慎重を通り越して怖気づいていると思われてしまっては求心力にも関わるだろうし、啓示が事実であった事や安全面での確認ができれば姿を見せるのも道理か。
はぐれ魔人達は……そういったしがらみもないし、それぞれの性格によるところが大きい。ただ……少なからず啓示や解呪、安全な暮らしといったものに興味を持ったからここに集まっているというのは共通していると思う。ゼルベルのように面白そうだからというのも含めてのものではあるが。
それだけ魔人達にとって啓示による一時的に解呪された時の感覚というのが衝撃的だったのだろう。
ともあれ、探り合いや様子見という状況が動いたのは有難い話だ。各々思惑があるにせよ、こうして顔を合わせて魔人達と受け答えができる。後は……対話をしっかりと進めていかないとな。