番外1347 信じてくれた事へ
いくつかの生命反応を捕捉しつつも少し内陸部へ移動。周辺に目立った生命反応がない事を確認して、2隻の飛行船を少し上空に停泊させる。隠蔽フィールドは維持したままだ。ここから結集場所へと移動していくわけだな。ザンドリウスは……後方に残る。俺達の説得だけで足りないとなれば、甲板から呼びかけられるように準備だけはしておくというわけだ。
実際に魔人達と顔を合わせる前に転送魔法陣を確認したり、魔法生物達に魔力補給を行ってマジックポーションを飲み干したりと、最終確認と行動前の準備を行う。
俺と同行するのは変身したテスディロス達。それからオーレリア女王とその護衛役としてエスティータ、ディーンの姉弟。フォルセトとその護衛役となるシオン達、アドリアーナ姫とお祖父さん、エギール達という顔触れだ。中継映像は元々現場と繋がっているので、ティアーズやハイダー、シーカーといった面々は同行しなくとも大丈夫だろう。代わりにみんなで飛行船周囲のモニターを監視し、防備を厚くしてもらう、と。
「全員魔道具は装備しましたか?」
「大丈夫だ」
「問題ありません」
「同じく」
尋ねると各々避難用の魔道具を装備している事を確認して頷く。よし……。では船から出発するとしよう。ここから移動していけば、丁度良い頃合いになるはずだ。
『行ってらっしゃい』
『お気をつけて』
グレイスやアシュレイがそう言って、俺達を見送ってくれる。信頼をしてくれながらも無事を祈る。そんな風に応援してくれている……。出発前、みんなとの時間を過ごした時に見せてくれた表情を俺に向けてくれていて。
「ああ。行ってくる」
笑みをみんなに返して……そうして隠蔽フィールドで同行する面々を覆い、甲板からみんなで飛び立つ。先導するのはテスディロス達。オーレリア女王達、護衛対象の面々を真ん中に置いて、俺が殿を務める。
船から結集場所への移動距離は然程ではないし、間に気になる生命反応はなかったが、念のためにな。リスクはできるだけ減らしたい。
そうして隊列を組んだままで凍てついた大地を海岸線まで移動していく。結集場所の様子は前に魔法建築した時と変わらずそこにあった。石で造った広場で、それなりの人数で集まるのに十分なスペースがある。
上方から結集場所の中心に入りつつ、隠蔽フィールドを解いてみんなで降り立つ。結集に指定した時間より少し前だな。
周辺の生命反応や魔力反応は注視していたが、俺達が結集場所に姿を現して降り立つと、それらが少し揺らいだのが分かる。まあ……そうだな。結集場所周辺まで来て様子見をしていたのだろう。
俺達も接触するにあたり緊張しているところはあるが、魔人達も警戒しているのは当然か。儀式による啓示を受けて結集し、面識のない相手と接触、交渉する……というのはどう考えても前例のない事だろうし。
なので先んじて風魔法で声を拡大し、空に浮かんで姿を見えやすくし、名を名乗ってから周辺に言葉を伝える。
「今、この言葉が聞こえている方達に伝えておきます。先日皆さんが受け取った啓示――伝言を実行するためにこの場所に来ました。まず、この石の広場内は契約魔法等により、立ち入った者同士、外部から内部へは勿論、内部から外部へも攻撃を仕掛ける事ができず、会話において虚偽の言葉を口にしても判別できるようになっています」
そうした注意事項は文字として刻んで明確にしてある。契約魔法は相手にもしっかり理解してもらう事で効力を増強できるから宣言するのは重要な事だ。
「疑う気持ちもあるでしょうが……僕達は話をしに来ました。捕食する者とされる者という相容れない問題が解決され、お互いに安息の日々が齎される事を望んでいます」
啓示によって、魔人の特性が解けた場合についてはどうなるかは、少しの間だけでも示されたはずだ。この場所に足を運んできたという事は、それに興味を示した、という事でもある。生まれて初めて見る呪いが解かれた時の光景が、魔人達にとっては相当強い衝撃を持って受け止められるのは……既に実証されているからな。
「……俺達も言葉を伝えて良いだろうか?」
テスディロスが言う。頷いて、風魔法で今度はテスディロスの声を広げる。テスディロスは空に浮かび、俺と同じように名前を告げてから声を響かせる。
「俺は自身が覚醒魔人である事を分かりやすく示すために、変身をしてこの場に現れた。危害を加える気がない、というのも本当だ。テオドール公とヴァルロス殿の名誉にかけて約束しよう」
「私はテスディロス殿と共にヴァルロス殿の下で戦っていたウィンベルグと申します。残念ながらミュストラ――イシュトルムという魔人の裏切りにより、集まっていた仲間の殆どは手に懸けられてしまった。私は少し前まで魔人でしたが、今はこうして魔人化を解除して普通に生きています」
「ヴァルロス殿が今際の際にテオドール公と交わした約束と共に……。あの御仁は生きろと俺達にそう言って下さった。魔人達が平穏の中で生きるための道を探せと……そう言って下さった。そしてテオドール公があの日から約束を守るために力を尽くしているから、俺達もまたここにいる」
ヴァルロスと交わした約束。魔人達が種族特性を封印してくれるのなら共存の道はあると、俺が伝えて自分の持つ力を託してくれた。そして二人への最後の命令。あれは――テスディロスとウィンベルグを生かすための言葉でもあったはずだ。
正確に言うのなら、ヴァルロスと俺は、何かをしなければならないという約束を交わしたわけではない。ヴァルロスがただ……俺を信じて、後の事を託してくれただけだ。
方法論も生き方も、相容れないものだった。だけれど――憎むような相手ではなかった。気持ちだって理解できた。だから……信じてくれた事に応えたいと。そう思ったのだ。
ベリスティオもそうだ。古い因縁が世界に破滅を齎さないようにと、ラストガーディアンの力を削ぐために俺に後の事を託して突っ込んで行った。あれは――魔人達の盟主としての矜持でもあったのだろう。ベリスティオもまた、世界の破滅を望んで戦っていたわけではないから。
テスディロスとウィンベルグに続いて、オルディアやオズグリーヴ、エスナトゥーラやルドヴィアも、それぞれに名を名乗り……俺と出会った経緯、今の状況等を様子見している魔人達に伝えてくれる。
「私は海の底から目覚めたばかりで今の時代についてはまだ知らぬ事ばかりです。それでも……海の底まで私達や子供達を長い眠りから助けるために、危険を冒してまでやって来て下さった。だから……テオドール公を信じたいと思っています」
それから……オーレリア女王やフォルセト、アドリアーナ姫も。
「魔人の出自や来歴に携わった国の代表として、私達はここにいます。テオドール公と共に、私達が相争うような事態を収めたいと願っています。どうか姿を現し、私達の話を聞いて頂きたい」
そんなみんなの言葉に、目を閉じる。みんなの祈りの力もあってか、特に何もしていなくても周辺の魔力が高まっているのがわかる。啓示の時の……ヴァルロス、ベリスティオの齎した魔力波長に似ているな。
少しの間があった。やがて海岸の入り組んだ地形の中から、人影が姿を現す。単独だ。反応の集まっている中から1人だけが出てきた、というわけではないので、もしかするとそういった氏族に属していないはぐれ魔人かも知れない。
燃えるような赤毛の魔人だった。額から頬にかけて向こう傷がある男だ。体格と言い所作といい、かなり鍛えられていそうな雰囲気を感じるが。
飛行術で飛んでくると、結集場所に降り立ち……そうして自分の手足を見やる。
「なるほどな。確かに、立ち入っても何ともないようだ」
現れた魔人は、そんな風に言うのであった。