番外1346 祈りの力を
「では、行ってきます」
「どうかお気をつけて」
「我ら一同、皆様の幸運をお祈りしております」
バルトロメウス達、要塞の武官達が俺達を見送ってくれる。要塞の外まで見送りに出てきてくれた。外壁の上にも騎士、兵士達が並んで、全員で見送りというのは痛み入るところであるが。
要塞内部でもあの後、騎士や兵士達から応援しているとか尊敬しているとか、真剣な表情で言われてしまった。シルヴァトリアでは人気があると聞いていたが、西の要塞にいる武官達からもか。俺の経歴をみんな知っていたし、今も真剣な表情で敬礼して見送りしてくれている。
「首尾よく進めば帰り道に顔を見せるかも知れません」
「吉報をお待ちしておりますぞ」
「ありがとうございます。要塞の皆さんのお陰で改めて気合が入りました」
「ふっふ。それは何よりですな」
バルトロメウスやユルゲンに改めてお礼を言って、それぞれ飛行船に乗り込む。周囲の警戒をしていたティアーズ達やアピラシアの働き蜂も船に戻ってきている。
甲板から要塞の皆に手を振って、船がゆっくりと浮上していく。
そうして俺達は、西――ベリオンドーラの結集場所に向けて出発する。要塞が見える範囲では高度も速度も低めにしておき、遠ざかって見えなくなったタイミングで隠蔽フィールドを展開しつつ、高度と速度を少し上げていく。
「ユルゲン卿はバルトロメウス将軍の古くからの戦友ね。将軍共々、騎士や兵士達からの人望も厚い方よ」
「将軍の山籠もりの話の頃からの付き合いと聞いていますから、その時に知己を得たのでしょうね」
アドリアーナ姫が言うとエギールがそんな風に教えてくれた。
「というか、陛下に推挙したのがユルゲン殿じゃと聞いておるよ」
と、お祖父さんが二人の言葉の裏付けをするように言った。なるほど……。バルトロメウスを積極的にスカウトした、というわけだ。いずれにしても古参の武官達で、現在でもかなりの人望と実力を備えているというのは間違いないらしい。魔法騎士だから武官の現役時代が長いわけだな。
さてさて。スピカとツェベルタがお茶を入れてくれたところで、魔人達の結集に集中していくとしよう。
今現在……結集場所に魔人達の姿はない。まだ時間があるから距離を取って様子見をしているか、或いはまだ移動中なのか。
「僕達の方が話を聞いてもらって信用してもらう立場ですから……やはりこちらから姿を見せる方が良いかも知れませんね」
「その際も、飛行船は警戒させないように待機していてもらう、という作戦でしたね」
「はい。転送術式は機能させておきたいので、結集場所に同行する場合は魔道具の装着を徹底していただきたく思います」
オーレリア女王に答える。バロールが船側に残っていれば魔道具を使って避難できるからな。同行している面々の人数分の用意はあるので、魔人達と対面する場合は魔道具装備を徹底しておけばリスクを減らす事ができるだろう。
結集場所周辺は攻撃的な行動に制約がかかるから、到着してさえしまえば安全ではあるのだが……出入りの瞬間の危険性までゼロにはできないからな。
そこは結集に応じた魔人達の様子を見ながら判断するしかないか。
『――現世にいる魔人達全員に儀式を通して啓示を届けたという手応えは感じている。後は――実際の状況を見てみればどの程度の者達が呼応したかも分かるだろう』
『結集したとして、それぞれが思うところまでは伺い知れないし干渉はできないが、な……』
ヴァルロスとベリスティオが教えてくれた。冥府の事は伏せなければならない側面もあるので、要塞にいた折の冥府との通信は控えていたが、今はこうして話ができる。
「いずれにしても油断は禁物、か」
『そうだな。我の強い者は俺の呼びかけに応じたとは思うが、連中と接した経験から言うと中々に対応の難しい連中ではある』
『解呪をすればまた話も変わってくるだろう。冥府に来て種族的な特性から解放されてみての所感ではあるが』
二人はそんな風に見解を伝えてくれる。そうだな……。そのあたりで何とかなると言う目算があるからこそ結集を呼びかけるという方向で話が進んだわけだし。
ともあれ、ヴァルロスとベリスティオの二人は、これから神格の力をより強め、引き出すために瞑想を行うそうだ。
『結集が始まってからの相談や助言は恐らくできないだろうな』
「大丈夫。既に力は貸してもらっているし、こっちでもきっちり進めるよ」
『ああ』
俺の返答にヴァルロスは目を閉じながら笑って応じた。
『ではな。また後で話をするとしよう』
「ああ。また後で」
そう言って。ヴァルロス、ベリスティオと一旦通信を切る。
『私達にできることは少ないけれど。こっちでもみんなで祈りを捧げる事にしたわ』
「それは――心強いな」
『ん。きっと上手くいく』
クラウディアの言葉に笑って応じるとシーラが力強く頷いてくれた。みんなもその言葉に俺を見て首肯してくる。
母さんも冥精修業の傍らで結集が上手くいくようにと祈ってくれているしな。それらを受けて、冥府のベル女王や魔界のメギアストラ女王、ルーンガルド側の同盟各国でも結集に合わせて説得が上手くいくように祈ると……あちこちからの通信でそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
『我らにできることは少ないが……せめてもの力になれれば嬉しく思う』
と、メギアストラ女王が真剣な表情で言うとヨウキ帝やシュンカイ帝も頷いていた。うん。ルーンガルドでは祈りでも力になる事はこれまでのあれこれで分かっている。気休めではなくきっと効果があるだろう。失敗に終わった時は軍事的に動けるように準備まで整えてくれている、との事だしな。
そうして山岳地帯を越えて……ベリオンドーラ側に入る。
結集に選んだ場所はもっと緯度が北寄りだ。飛行船ももう少し北西側に軌道を修正しつつ、最終的にはベリオンドーラの海岸線沿いを進んでいく事となるだろう。
移動に伴い気候も更に厳しくなっているように見える。シルヴァトリアも北国らしく十分厳しい気候ではあるのだが、ベリオンドーラはそれに輪をかけてという印象だな。再移住しての再建がなされなかった理由も分かる。
やがて見えてくる海岸線に沿って移動していけば……地形も段々と特徴的になってくる。氷河の侵食によるフィヨルドだ。
「そろそろ結集場所も見えてくるかな」
「途中で魔人達の生命反応を見つけても敢えてそのまま進むという事だったな」
「うん。今この近辺に来ているというのなら、結集に応じているか興味を持って様子を見に来たってことだろうし」
テスディロスの確認に答える。反応の位置や数を把握はしても干渉はしない。時間になる前に余計な波紋を広げて警戒を高めさせたくはないからな。
「物陰に隠れていたとしても不審というより様子見をしているのでしょうな。魔人達は氏族同士で交流等をしているわけではないようですし」
オズグリーヴが言う。
「ああ……。結集に応じている方でしょうか、これは」
その時だ。オルディアがモニターを見ながら緊張感を持った声で言った。みんなの視線がモニターに集まると、海岸線の岩陰に固まった生命反応を見つける。
「恐らく、そうだね。気にはなるけど伝えた通りだ。位置と人数は把握したから、このまま進もう」
そう言うとみんなも真剣な表情で頷く。そうして……魔人達らしき生命反応が……現場に近付くにつれて物陰等にちらほらと見えてくる。
周辺の地形図を構築して数や位置を把握していくが、航路の移動中に把握できるだけなのでこれで全て、というわけではあるまい。
いずれにせよ緊張感を持って結集に臨めるし、呼び掛けに応じて貰えたというのが実際に確認できたというのは、寧ろモチベーションに繋がるというか。では……いよいよ魔人達の結集、か。




