番外1345 将兵達の想いを
『ふむ。これで良いのですかな?』
「そうですね。きちんと聞こえています」
バルトロメウスが水晶板の向こうでこちらに向けて目を瞬かせる。要塞の騎士達も一緒になって水晶板を覗き込んでいた。
全員シルヴァトリアの武官だけあって、流石に魔道具の扱いには慣れている部分があるようだ。バルトロメウスも他の騎士達も、水晶板の操作はすぐに覚えてくれた。
『ふむ。この魔法生物も面白いものだな』
と、バルトロメウスはハイダーの頭を軽く撫でるように触れたようだ。そんなバルトロメウスの様子を周囲の騎士達も微笑ましそうに見ている。
厳格な印象はあるし周囲の評判としてもそうだが、その実内面では情に厚いし人望もある、と……バルトロメウスは要塞内部でも騎士や兵士達から慕われているようだ。
そうやって水晶板の設置と動作確認も終わったところで、バルトロメウスが頷いた。
『では、大食堂に皆を集めてくれ』
『はっ!』
バルトロメウスの指示を受けた騎士達が機敏な動きで部屋を出ていく。要塞の騎士、兵士達を集めてそこで訓示を行おう、というわけだ。俺達もそこに顔を出していくことになる。
元々、訓示は行われる予定だったので、要塞にいる武官達の召集は非常にスムーズだった。練度が高いというのもあるのだろう。
要塞周辺の監視については代わりにティアーズやアピラシア達が受け持つという事で、シリウス号が空を巡回しながらティアーズやアピラシアの働き蜂達が周辺の警戒を始める。
そうして要塞中の騎士、兵士達が集められたその前で、まず要塞の責任者であるバルトロメウスが俺達を紹介してから集められた理由を伝えていく。
武官達は真剣な面持ちでそうした話を聞いていた。
「――諸君らも噂では聞いているだろう。シルヴァトリア王国を含め、同盟は魔人達の受けた種族的な呪いを解き、和解と共存を目指すという方向で動いている。此度の我らに与えられた任務は、そのための重要任務で動いているテオドール公の後方支援となる」
首尾良く進むなら後方の補給拠点としての役割で平和なものだが、想定しうる最悪の展開となれば要塞としての本来の役割を果たす事になる……かも知れない。
結果次第で展開にもかなりの落差が生まれるが……そうと言われれば最悪に備えるのが騎士や兵士といった人種だろう。だから、そうなった時の事も考えてこうした時間を設けてもらった。
バルトロメウスの説明が終わったところで、視線が向けられる。俺も頷いて、バルトロメウスと入れ替わるように武官達の前に出た。
「お初にお目にかかります。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
と、改めて俺の口からも自己紹介をして……それから話をしていく。
「先程将軍からお話のあった通り、僕達はこれから和解のために動いていく事になります。皆さんの中には魔人達に因縁のある方もいるでしょう。内心で複雑に思っている方もいる、かも知れません」
そこまで言ってから、こちらに視線を向ける武官達を見て……それから一礼する。
「ですがそれでもどうか皆さんに支援をお願いしたいと……そう思っています。僕にはヴァルロスやベリスティオと交わした約束もありますが、その後にテスディロス達と日常を共に過ごし、いくつかの冒険や戦いを潜り抜けてきて、大切な友や仲間だと感じています。次の世代の子供達も、魔人としての呪いを解かれ……平穏に生きていけるようにと望んでいます」
だから支援をお願いしたい、と。改めて口にしてもう一度お辞儀をする。
仲間だと感じている事。子供達にも平穏の中で生きていけるように望む事。それにヴァルロスやベリスティオともの約束も……。
それらとて俺個人の体験や思い入れから信じて動くに値すると判断した事だ。他人からそんな事は知った事ではないと一蹴されれば終わってしまう話ではある。
だからこそ……もしもの時に彼らに力を借りるなら。後方で支援をしてもらうのならば、言葉を尽くして頼むのが筋だろうと……そう思う。
お辞儀をした体勢のままで少し待っていたが、やがてぽつりぽつりと拍手が起こる。次第にそれは大きくなって、全体に広がっていった。
顔を上げると、視線の合った武官達が頷く。拍手が落ち着くのを待って、武官達が頷き合うと、一人の老騎士が「発言しても良いでしょうか」と申し出てくる。俺達としてもバルトロメウスとしても問題はない。
「想いがあるのならば、聞かせて頂きたく思います」
そう答えると、老騎士は静かに頷いて自らの名を伝え、それから言った。
「仰る通り、魔人達に因縁を抱える者はいるでしょう。シルヴァトリアやベリオンドーラの歴史を振り返ってみれば、祖先の誰かは魔人達との戦いによって命を落としているかも知れない。親類縁者、友や恋人を奪われた者もいるでしょう。しかし……境界公のこれまでの経緯についても、我らは聞き及んでおります」
老騎士――ユルゲンは言葉を一旦切って目を閉じて。それから僅かな間を置いて再び目を開き、俺を真っ直ぐに見てくる。
「ご母堂を奪われ、力を身に付け、戦いの場に身を投じられた。学連を救い国難を退けた後も、誰よりも危険な前線に身を置いてこられた。今日の平穏はそれによって齎されたものであり、少なくない者達が境界公に助けられたはず。他ならない境界公だからこそ、彼らとの和解と共存と、それに続く子供達の平穏を唱えられる事に大きな意義がありましょう。そんな御仁が頭を下げられ、我らに頼みたいと言う。シルヴァトリアの出自として、武人として。心震えぬ者がおりましょうか」
そんな言葉に、居並ぶ武官達は真剣な表情で俺を見て頷く。ああ……。そんな風に、言ってくれるのか。感謝されるために戦っていたわけではない。俺自身の望みのために動いてきたけれど。グレイス達もモニターの向こうで頷いてくれる。
「――ありがとうございます。そう言って頂けるのは心強い。僕も後顧を憂う事なく、彼らと対峙し、話をしてくる事ができます」
俺もまた、真っ直ぐに見て答えれば……ユルゲンは笑って応じてくれた。
「私達も魔人との因縁に深く関わりのある身です。皆様の言葉と想いに感謝を伝えたく思います」
オーレリア女王が自己紹介と共に言うと、フォルセトもそれに続く。
「同じく、私もまたヴァルロスと道を違える前に交流のあった身です。何かできたのではないかと後悔した事もありましたが……これからの平穏の為であるならば迷うことなく動いていける。改めて感謝を申し上げます」
オーレリア女王やフォルセトの言葉にアドリアーナ姫やお祖父さんも頷く。
「皆の志や想いを目の当たりにし、シルヴァトリアの王族として誇りに思います。私達の背中は、貴方がたに預けましょう」
アドリアーナ姫が言うと、歓声が起こった。バルトロメウスが再び前に立ち、要塞の武官達を見回して言った。
「聞いての通りだ。今回我らが成すべきことは後方支援ではあるが、境界公や姫様方が何の杞憂もなく彼らとの接触に臨む為、そして背後にいる民らの平穏の為に。我らのいる意味、果たすべき役割は小さなものではない。皆気合を入れて臨むように」
「おおおおおっ!」
バルトロメウスの言葉に、武官達から気合の入った声が返ってくる。テスディロス達も……そんな武官達の言葉や反応に想うところがあるのか、それぞれに目を閉じたり、感じ入っている様子だった。
要塞の武官達には……礼を言わないとな。お陰で俺もベリオンドーラに出発する前に更に気合が入った。