番外1344 星形の要塞
まずは王都ヴィネスドーラから西へ。西にある国境付近に向かい、そこでバルトロメウスを要塞に降ろして結集場所へ向かう、という手筈になっている。
「西の要塞はかつてベリオンドーラが陥落した後、魔人達の西からの追撃や魔物の襲撃に対抗するために造られたものです。当時の魔人達はしばらくベリオンドーラに留まっていたようですが、いつの間にか不在になっていた、という事らしいですな」
『恐らくは盟主の封印を解こうとしていたのでしょうね』
『それが簡単には叶わないと見て取ると一時的に放棄した、というのはありそうね』
バルトロメウスの言葉を受けてクラウディアとステファニアが思案しながら言った。
封印の構造を知らない状態では迷宮側と連動したあの封印を解除するのは難しかっただろう。東に逃げたベリオンドーラの戦力も、時間を置いて体勢を立て直した頃合いで魔人達も撤退の判断をしたようだ。魔人側も勝利したとはいえ被害を出していたから、というのもあるかも知れない。
結局盟主の封印については失伝してしまったという事もあり、環境が厳しい土地への再移住は行われなかった。魔人達の瘴気特性等が不吉がられた、という背景もあるようだが。
ともあれ、ベリオンドーラの後進であるシルヴァトリア王国側としては再移住ができなかった北西方面の無人化と荒廃による魔物被害拡大の懸念、魔人がまた北西側から攻めてくるのではないかという不安等から要塞をかなり強固なものにしたという事で。
「西部は開拓地が少ないのですが、要塞そのものはかなりの規模ですので、ちょっとした市場のようなものが内部に形成されておりますよ」
「軍事施設が都市部に発展するというのもよく聞く話ですね」
バルトロメウスにそう答える。
要塞東側は外からの避難民を収容する事も想定されていて、最初から解放を想定した区画造りをしているのだとか。
今は平時なのでそうした使い方をしているらしい。
軍備が十分であるならそこは安全で人が集まる場所になるし、人が多くなれば物資は必要だ。そうして商人は物が売れるから足を運び……とまあ、そうしたサイクルが生まれるわけだな。
都市部が形成されるのもそうした理由からというのは往々にしてある事だが、シルヴァトリア西部の要塞に関してはあくまでも要塞、という体を維持しているようで。
そうして西を目指してシリウス号が雪景色の中を進んでいくと――やがてそれが見えてくる。雪原のど真ん中に、星形の外壁を持つ要塞があるのが見えた。星形の突端部に塔。中央部はどっしりとした重厚な造りをしているが、突端部の塔より低く造られているな。
要塞周辺の地形としては……広々とした兵を展開しやすい地形が広がっている。魔人達に対しては数で対抗する事もできるように、といったところだろうか。対応の幅が増えるというのは間違いない。
平地の周りに針葉樹の森。更に西の方角に山岳地帯が広がっている。この森や山岳地帯から時折魔物が出てくるそうだ。あの山岳を越えると、そこはかつてのベリオンドーラ王国領という事になる。
「特徴的な形をして、いますね、ツェベルタ」
『はい。興味深く、感じます、スピカ』
要塞の形状を見て飛行船間でやり取りをするスピカとツェベルタである。
「あの形状については空を飛ぶ魔人対策ですな。どこかを攻撃しているところに、他の突端部から集中的な攻撃が可能なように、というわけです。代わりに外壁は少し低めですな」
バルトロメウスが疑問に答えてくれた。
なるほど……。日本でも確か五稜郭が同じような設計思想をしていたはずだ。中央部も空からの攻撃を想定しているのだろう。
「中央部を敢えて塔より低く造る事で、突端部の塔が一つ陥落しても他の塔から更に中央部への援護がしやすくなっている、というところでしょうか」
「流石ですな。塔一つの陥落ぐらいならば防衛能力は然程落ちない造りになっています。まあ、空からの攻撃を受けた事は要塞が建造されて以後一度もないので……あくまで想定での話ではありますが」
俺の推測に、バルトロメウスは嬉しそうな笑みを見せる。
『星形というのは、魔法的にも意味がありそうね』
「結界等の強化にも繋がっておるのう」
ローズマリーが言うと、お祖父さんが頷いていた。なるほど。魔法的な防御面も厚いというわけだ。
飛行船は二隻とも迷彩を施していない。少し速度を落としつつ進んでいく。要塞側にも通達はしてあるのでそのまま接近して問題ないとの事だ。
ある程度近付くとこちらに面した塔から旗が振られているのが見えた。要塞側からもこっちには気付いているし歓迎しているというのを示しているわけだな。こうした拠点には竜籠や飛竜、幻獣に乗って要人や味方が空からやってくる事もあるから、そうした場合の対応についてはしっかりと定められている。
要塞側も門を開き……俺達を迎えに騎士達が姿を見せたのが分かった。速度と高度を落としつつ、出迎えの騎士達の前に飛行船をゆっくりと降ろしていく。
シルヴァトリア側の飛行船は現在バロールが操船している。二隻の飛行船の動きを合わせるためだな。
というわけで要塞に到着だ。みんなで甲板に移動し、タラップを降ろして船から降りると、騎士達が恭しく迎えてくれる。
「我ら一同、到着をお待ちしておりました」
「ありがとうございます。こうして大事な任務に赴く前に歓迎していただけて心強く思います」
挨拶してきた騎士達に返答しつつ、初対面の面々を紹介する。要塞で俺達がするべき事としては……まずハイダーと水晶板を配置して作戦中の意思疎通を可能にする事。それから要塞にいる者達と顔を合わせて相互理解を深めておく事だ。
というわけでバルトロメウスや騎士達と共に要塞の内部を少し案内してもらう。
移動中に話をしていた通り、要塞中央内部にはちょっとした市場のような区画が造られていた。空中からの攻撃を想定しているので屋内ではあるが、行商人もいるしもう少し東側の開拓村から買い出しに来ている者もいたりして。
要塞の一部を解放できるのは、ここが魔人と魔物を想定したものだからだ。人同士――外国との戦いは考えずとも良い立地で、内部に人を通しても問題は少ないという判断らしい。
「結界と建築物の構造で守る以上、内部構造が多少分かったところで問題はないからのう。最初から解放前提の造りをしておるしの」
「中々活気があって良いな。質実剛健な雰囲気は嫌いではない」
お祖父さんが解説をするとテスディロスが顎に手をやって頷く。
「ふっふ。初めて要塞に入った魔人が味方で、この場所を気に入るとは。世の中分からないものですな」
そんなテスディロスの言葉に、バルトロメウスは愉快そうに笑う。出迎えに来てくれた騎士達も興味深そうにしていた。
俺達から聞いたテスディロス達との経緯は、バルトロメウスが責任を持って彼らにも伝える、との事である。
「テオドール公の交わした約束に関しては、我々も聞き及んでおります」
「境界公の道行に、武運と月女神の加護があらんことを願っています」
騎士達がそんな風に言って応援してくれた。バルトロメウスの部下達だからというのもあるのだろうが、俺達の方針や考え方にも賛同してくれているようだ。
一先ず……要塞の人員に関しては主だった者達がこうした反応ならば連携等々に関しても安心なのではないだろうか。というわけで会議室にシーカーと水晶板を配置し、結集の折に要塞側とも連絡がとれるようにしておく。
それが終わったところでいよいよベリオンドーラの結集に向けて動いていく、というわけだ。