番外1342 七家の悲願を
シルヴァトリアは気候が冷涼であるため食材が長持ちする。魔法王国ということもあり、冷凍保存技術も運搬技術もあるから内陸部であるヴィネスドーラにも海沿いから魚介類を輸送して来られるというわけだ。
北方の海の幸という事で、タームウィルズでは食卓に並ばない種類の白身魚であるとか、大きな貝、蟹の切り身等が饗された。
魚介類だけでなく野菜とサーモンのスープ、玉ねぎと酢のサラダといった品々もあってバランスも良いな。
北方の料理という事で少し饗される品々の種類、味付けも違って十分に異国情緒も感じられる。
見た目も良いし味付けも上品で、この辺は流石に王城の宴席に並ぶ料理といった印象だ。
「美味いな……これは」
テスディロスも料理を口に運んでしみじみと感想を口にしていた。同行している面々も楽しんでくれているようで何よりだな。
『確かに美味しそう』
と言っているのはこっちの様子をモニター越しに見ていたシーラだ。流石にシルヴァトリアの宴席と同じメニューを、というわけにはいかなかったからな。魚介類が多かったのでシーラにとっては魅力的なメニューに見えるのだろう。みんなもそんなシーラの反応に笑顔を見せていた。
「帰る時にこっちの魚介類系の食材をお土産にもらうっていうのも良さそうだね」
『ん。それは嬉しい』
シーラは俺の言葉に目を閉じてうんうんと首を縦に振っているが。
楽士の演奏も楽しげなものだったり荘厳なものだったりして。こういう時、出兵前は勇壮な音楽を奏でたりするものだが……少し毛色が違うのは結集があくまで和解のためだからだろう。
そうして歓迎と結集成功を祈っての宴席は、賑やかに過ぎて行くのであった。
宴席が終わったところで改めてシリウス号に乗り込み、王城から賢者の学連敷地内へと移動する。今日は七家の住居でもある塔に宿泊する予定だ。
シリウス号から着替えなどの手荷物を降ろし、塔の内部に案内してもらう。賢者の学連は結構敷地が広いから飛行船を余裕で停泊させておける。
シルヴァトリア側の飛行船もここに停泊させてあるから出発もスムーズそうで良いな。アドリアーナ姫は実家である王城に宿泊してのんびりさせてもらう、との事だ。
学連は――敷地内に木々や植物が植えられ、池も整備されていて……自然豊かという印象だ。今は季節柄冬景色ではあるが、研究棟が点在していたり、学術機関である事も考えると大学のキャンパスのような印象もある。
池の周辺は母さんの家の周りと少し近い雰囲気があって、俺としては学連の雰囲気はかなり好きだな。
「学連は今現在研究に携わる魔術師達の再編なども一段落してね」
と、エミールが教えてくれる。
「一人一人聞き取りをして、ザディアス達の行いを知っていたか、研究内容はどうだったか、問題のある研究に対してはどういう考えだったのかといった調査が行われているのだね」
「まあ、全般的に酌量の余地がある者には温情のある沙汰となりましたが」
七家の長老達もそう教えてくれる。悪意がある者、知っていて積極的に関与した者は別として、というわけだな。ザディアスと前学長のヴォルハイムによる恐怖支配があったのも事実で……王家に対しては逆らえないという者も多かっただろう。
『実際政治の乱れは王家の問題でもあるものね。あんな形に至るまで歪みを是正できなかった私達の問題だわ』
アドリアーナ姫がモニターの向こうで表情を少し険しいものにして言った。ザディアスの野心に起因する政治の乱れ、か。それは確かに、な。
しかしザディアスとアドリアーナ姫は兄妹という関係ではあるが、年齢差は割とあったからな。アドリアーナ姫が後から基盤を固めていたザディアスに何かアクションを起こして止めるというのは難しかっただろう。
体調を崩していたエベルバート王もな。表向きの「学連との諍い」にはかなりの苦言を呈していたが、ザディアスもその後は表面上反省したふりをして陰で事を進めていた。
魔人達との繋がりもあり、犠牲者まで出しているザディアスは完全に一線を越えている。発覚すれば王族とは言え断罪は免れえないからだ。これを止めるというのは実力行使以外無理だっただろう、とは思う。
「ですが、現状で王国や学連が正常化しているというのなら、それは嬉しく思います」
そう言うとみんなも目を閉じて感じ入っている様子だった。
七家の立て直しも順調という事でその辺は喜ばしい事だ。
手荷物等は塔に運び込み……風呂に入ったりする前に、俺は俺で、理由があるので少し賢者の学連の塔内部や敷地内を散歩させてもらう事にした。
『学連の森か……。懐かしいわ』
そう言ってモニターの向こうで目を細めるのは……母さんだ。シルヴァトリアに来たという事もあって、少しだけ母さんに静かな時間を過ごしてもらいたかった、というのもある。
冥府関連の事はあまり大っぴらにできないが、こうして夜になってからなら散策もできる。
母さんは冥精としての修業中なのであまり通信でのやり取りは頻繁にはできないが、こういう時ぐらいは修業を休んでもらっても良いだろう。
モニター越しにではあるが、あちこち一緒に見て回る。
「この辺は……母さんの家に雰囲気が似てるって言われてたね」
『そうね。似ていたからあの場所を気に入ったというのはその通りよ』
母さんは俺の言葉に笑う。それから、ふっと優しい眼差しを見せる。
『こうして散歩して学連を見せてくれるのは嬉しいけれど……テオは寒くない? 身体を冷やさないようにね』
「ん。そこは加護があるから大丈夫」
『そっか。それなら、良かったわ』
そうだった、というように母さんは少しはにかんで笑う。きっとシルヴァトリアの冬の寒さも思い出しての言葉だったのだろう。
母さんとの何でもないやり取り。グレイス達も通信室でそれを聞いて静かに微笑む。そんな、穏やかで優しい時間。
『……ありがとう、テオ。みんなを助けてくれて』
「……ん」
母さんが、こぼすようにぽつりと言って、俺も静かに頷いた。七家については母さんの心残りでもあっただろう。だから……母さんの遺した術をついで記憶を戻せたことは、俺にとっても嬉しい事で。
『それから……魔人達との戦いを、終わらせようとしてくれてる事も。それはきっと、過去から続く七家にとっての悲願だから』
そう言ってから母さんはさらに言葉を続ける。
『母親としては誇らしいけれど、あんまり無茶はして欲しくない、とも思うわね』
と……母さんは少し冗談めかして笑いつつ、俺に温かい眼差しを向けてくる。七家にとっての悲願か。それに関しては先代の封印の巫女や、七家に連なる者としての言葉なのだろう。
戦って勝つ事を悲願と言わないのは、母さんらしいと言うべきか、七家が魔人との戦いを想定していても倫理面を忘れていない証左でもあるのか。
実際、戦いが終わるのならば、和解でもいいのだし七家の思い描いていた未来の一つの形ではある、のかも知れない。
「うん。怪我しないようにみんなと一緒に戻ってくるよ」
『ええ。応援しているわ』
母さんは俺の言葉に目を細めて頷く。そうやって母さんと話をしていると……ちらほらと雪が舞い始めた。
雪の降る学連の風景を母さんと共に眺めながら塔へ向かう。母さんは塔内部の様子を見て、「全然変わっていないのね」と、笑顔になっていた。
母さんにとっては生家に他ならない。お祖父さん達に許可は貰っているから、少しのんびりと時間をかけて散策させてもらってからみんなのところへ向かうとしよう。




