番外1341 互いを知る事で
城内や街の一部を少し見学させてもらったりもした。リンドブルムや竜籠に乗ってバルトロメウス、エギール、フォルカ、グスタフといった面々と共に街の様子を見せてもらったり。結集前に少しだけ羽を伸ばす時間をもらったというわけだ。
騒動の時はあまりのんびり観光というわけにもいかなかったからな。アドリアーナ姫とステファニアが伝言をやりとりした果樹園にも足を運んだりして。今は冬場だから果樹園も雪を被っていたが、道は綺麗に整備されていた。
「あの時は発覚しないか内心では中々肝を冷やしていたのよ」
アドリアーナ姫が笑う。カドケウスを派遣したという事もあって果樹園のメッセージに気付いてもらえたかどうか、発覚して自分のところに黒騎士達が踏み込んでこないか、内心では色々と心配していたそうだ。
『ふふ、ちゃんと覚えていて良かったわ』
アドリアーナ姫の言葉を受けて、ティアーズの運んでいるモニター越しに微笑むステファニアである。そうして幼少の頃の思い出話に花を咲かせたりしていた。
「そのあたりの機転は流石でしたな」
「姫様方は揃うと冒険癖を発揮して女官達を困らせていたとお聞きしておりますが、それが国難を退ける一助となるとは。何がどうなるか分からないものですな」
お祖父さんとバルトロメウスが穏やかな笑みを見せて言うと、アドリアーナ姫やステファニアも含めて、みんなが笑い声を響かせていた。
浄水場や下水施設等……シルヴァトリアの魔法設備も見学させてもらう。
浄水場は水源の水を更に浄化して街に配給。そのままでも飲めるようにしているし、下水も魔法で浄化処理や土魔法と錬金で資源回収までしているそうで……。衛生的な上下水道の完備は流石シルヴァトリアといったところだろうか。
「このあたりは月の民の系譜だからというのもあるのでしょうな」
「月は勿論だけど、ベリオンドーラもシルヴァトリアも……結構過酷な土地だものね」
エミールの言葉にオーレリア女王も頷く。環境整備の技術の下地は元々高かったというわけだ。
「ハルバロニスもそう、とは言えますな」
「確かに。こうした技術を見せてもらうと、祖が同じなのだと思えます」
オズグリーヴが言うとフォルセトも目を閉じて首肯する。追放された月の民は荒地、僻地でも生きていけるだけの技術を持っていたからな。楽なものではないが当時の月の王からの温情もあった、とは言える。
「ふうむ。そうした来歴や魔人の方々の、今に至る経緯には興味がありますな」
「我らが話をしておいた方がいい、というのはあるだろうな。相互に理解を深めておくのは重要だ」
バルトロメウスが言うと、テスディロスも同意するように言った。バルトロメウスも「同感です」と頷く。
街中も少し見学したので、歓待が始まるまで城に戻ってお茶を飲みながら話をする、というのは良いかも知れないな。
そうして王城に戻って、また城の貴賓室でテスディロスやオズグリーヴ、オルディアやエスナトゥーラ、ルドヴィア、ザンドリウスといった面々との出会いやこれまでの旅等について話をする。例によってマルレーンのランタンは借りてきているので実際にあった出来事を幻影として見せながら話ができる。
「いやはや……年甲斐もなく闘志というか戦意や冒険心が漲ってくるような話ばかりですな」
バルトロメウスは感心したように唸り声をあげたり、笑って頷いたりしつつ、そんな感想を漏らしていた。
ヴァルロスとの約束。獣王との共闘や隠れ里の防衛戦、海底洞窟探索、ザンドリウス達のサバイバル……そうした話には結構感じ入ったり触発されるものがあったようで。
特に隠れ里の防衛戦や海底洞窟探索の顛末については、西の守護を任されている仕事柄の事もあるのか、隠れ里の住民達が助かった事やエスナトゥーラ達母子が助かった事、ザンドリウス達がルドヴィアを助けたくだりでは安堵の表情を見せていた。
この辺り、バルトロメウスの人柄が分かるというものだ。魔人達もそんなバルトロメウスの反応には好感を抱いたようで。
バルトロメウスも自分が話を聞いてばかりでは悪いと過去の出来事を話したりしてくれた。山籠もりの修業をしていた折に、魔物の討伐にやってきた騎士団の助太刀をしたという事らしい。騎士団の危機に駆けつけて相当な活躍を見せたのだとか。
「懐かしい話だ。あの一件で知己を得て、余に仕える事になったのであったな」
「山籠もりしていたのに魔物の出現で麓が大事になっているとは露知らず、あの時は騎士達に感謝されると同時に呆れられておりましたな。運が良かったのだと思います」
と、そんな風にエベルバート王とバルトロメウスは笑い合っているが。バルトロメウスは若い頃から武人肌であったようだ。実力もそのままエベルバート王に紹介される程だから相当なものだったのだろうと予想される。
ともあれ、人を守るための強さを求めたが故の修業だった、という事で、エベルバート王への士官はバルトロメウスにとっても望むところだったようだ。
そのまま頭角を現し、今では老いて尚シルヴァトリア屈指の強力な魔法騎士として西の守護を任されるに至る、と。まあ相当なものだな。
そうした中で俺と魔人に関する話もする事になったが。
「テオドール公も……大切な方を守るために力を鍛えられたのですな」
バルトロメウスが言う。
「僕の場合はもう少し自分本位だった気がしますよ。民を守る為、という視点ではなかったように思いますから」
俺の場合はバルトロメウスと違う。志等と呼べるものではあるまい。
「だが、今はそうしておいでだ」
「それは何というか……守りたいものが増えているからでしょうか」
そんな風に苦笑するとバルトロメウスは穏やかに笑っていた。
まあ……何というか、話をする時間を作って良かったと思う。バルトロメウスの人となりも理解できたように思うし、バルトロメウス側もテスディロス達に割と好印象を持ってくれた様子だからな。共に戦いの場を潜り抜けてきた実績というのは重要だ。
そうやって話をしていると、女官達が笑顔でやってくる。宴席の準備が整ったと知らせに来てくれたようだ。
大広間に行くと既に料理が並べられていて。食欲をそそる香りが漂ってくる。
シルヴァトリアの宴席は結集を控えているので酒等は振る舞われないものの、料理は趣向を凝らしているのが見て取れるし、楽士達も気合が入っている様子だ。
「テオドールの武勇を称える歌を本人に聞かせたいという者も多かったのだがな」
「いやはや。名誉な事とは思うのですが、どうにも気恥ずかしさから慣れずにおりまして」
エベルバート王の言葉に苦笑する。吟遊詩人や歌劇の題材にされているのは知っているが、俺としては目の前でというのはちょっと遠慮したいというか。
「騎士達にとって武勇は誉れではありますが、魔術師の場合は人それぞれではありますな。シルヴァトリアでも過去にそういった事例はありましたから気になさる必要はありますまい」
バルトロメウスがそんな風に言う。なるほどな。確かに騎士達とは少し毛色や文化的な風土が違うというのはあるか。その辺理解があって俺としては助かるが。
そんな話をしている内に宴席の準備も諸々終わり、エベルバート王が魔人結集の一件が首尾よく進む事を願って口上を述べる。
酒での乾杯の代わりに楽士達が高らかに音を奏でてそうして宴席が始まる。うん。では、料理を楽しませてもらうとしよう。今日の夜は学連の塔に泊めてもらう事になっているので、そちらも割と楽しみだな。