番外1339 ヴィネスドーラの歓迎
『復路で何かありましたら何時でも立ち寄って下さい』
『こちらも同じく。テオドール公が大丈夫と判断なさったのなら大丈夫でしょうから』
と、水晶板モニターの向こうで言ってくれるのはエリオットとジルボルト侯爵だ。
シルヴァトリア王国の王都までほぼ最短距離を移動する針路を取っているから往路では立ち寄る予定はないが……そうだな。
「そうですね。帰り道で状況が落ち着いていれば顔を見せに行きたいと思います」
2人に笑って答える。
エリオットとはカミラの体調確認の関係で定期的に顔を合わせているが、領地の様子を見ておきたいというのはある。
ジルボルト侯爵領では――侯爵本人だけではなく、エルマー、ドノヴァン、ライオネルといった討魔騎士団に参加していた面々もいるし。
ジルボルト侯爵家令嬢のロミーナはタームウィルズに留学中で、オフィーリアやアシュレイとの繋がりがあるから、ちょくちょく顔を合わせる機会もあるが。
ともあれ顔を出すという理由以外にも、ヴェルドガル王国とシルヴァトリア王国間では二人の領地が海を挟んで一番近い位置にある。二人としても必要なら是非補給や休憩をと言ってくれているし、タームウィルズに戻る前の調整時間を確保等々といった事もできるはずだ。
結集した魔人達の反応にもよるけれど、封印術を施した後の彼らの様子見にもなるだろうからな。
「おお。見えてきましたな」
ウィンベルグが言った。外部モニターの水平線の向こうに、雪を被った北国の大地が見えてくる。シルヴァトリア本土だ。
タームウィルズあたりでは小春日和も時々混ざるようになってきたがシルヴァトリアはまだまだ寒さが厳しいといった印象だ。恐らく結集場所に選ばれているベリオンドーラもだとは思うが。
『シルヴァトリア王国はまだまだ寒い時期ですからな。シリウス号とテオドール公ならば問題はないと思いますが、道中はお気をつけ下さい』
「ありがとうございます」
ジルボルト侯爵とそんな受け答えをしながらもシリウス号が進んでいく。
「北国、か。少しの間南にいたからかな。やっぱりこういうのも綺麗だ、って思う」
シルヴァトリアの雪景色を見ながらザンドリウスが言った。ベリオンドーラでルドヴィア達と共に行動していた時のことを思い出しているのだろう。その言葉を受けてテスディロスとウィンベルグも目を閉じていた。
感覚が魔人の頃と違っているので雪景色を見てザンドリウスの言葉を聞き、振り返って思うところがあるのかも知れないな。テスディロス達もベリオンドーラに集まって活動していたわけだし。
そうやって雪景色を見ながら進んでいく。シルヴァトリアで隠蔽フィールドを使う必要はないのでそのまま飛行している。ソリで行商の為に街道を移動している商人もいて、護衛の冒険者と共に、こちらの姿をはるか上空に見つけると少し驚いた表情でこちらを指差して何事か語り合っていたが、やがて思い当たるところがあったのか、笑顔になって大きく両手を振っていた。
「結構距離がありましたが通達がいっているのですね」
「ええ、テオドール公についてはシルヴァトリアでも英雄として有名になっているものね。シリウス号だと察した時にああいう反応になるのは頷けるわね」
アドリアーナ姫はモニターに映る面々を見て笑みを見せる。
『シルヴァトリアではテオドール公とエリオット伯爵に関しては吟遊や歌劇の題材になっていますな。作家も貴公らを題材に執筆をしていると聞き及んでおりますぞ』
アドリアーナ姫の言葉を首肯するジルボルト侯爵である。
「いや……まあ、その辺は七家の血縁だからというのもあるのでしょうが」
「ふっふ」
俺の反応に楽しそうに笑うお祖父さんと七家の面々である。
そんな調子でシリウス号は進んでいき――やがて王都にある賢者の学連の……高い塔が雪景色の彼方に見えてくる。
シルヴァトリア王都……ヴィネスドーラはよく整備された美しい街並みの都市だ。魔法の街灯が並んで夜も明るく、清潔で機能的という印象がある。
実際上水、下水も整備されているし、都市部の融雪や除雪等も魔法技術。あちこち魔道具や魔法生物も活用されていて、目に見える部分以外でも実情を聞くと魔法都市と呼ぶのに相応しい技術があちこちで使われているな。
「綺麗な街並みだな」
ルドヴィアが率直な感想を口にすると、アドリアーナ姫は嬉しそうに笑ってそうした都市機能について解説をしてくれた。
ルドヴィアやザンドリウス達はふんふんと真剣な表情で頷きつつ、アドリアーナ姫の言葉に耳を傾けていた。カストルムやスピカ、ツェベルタもアドリアーナ姫の話には興味があるようで一緒に頷いたりしているが。
速度と高度を落としながら王都へと進んでいく。そのまま王城や賢者の塔に進んで構わないと通達を受けている。外壁部分で甲板に出て監視塔に挨拶して許可を貰い、ヴィネスドーラの上空へと進んだ。俺達が来る事を聞いているのだろう。沿道に人が集まって俺達の到着を歓迎してくれているようだ。老若男女問わず沢山の人が出ている印象で……先程アドリアーナ姫が言っていた言葉も分かるというか。
『ふふ。杖を持っている子供も沢山いるわね』
「魔法王国だからね。テオドール公の事と元々の魔術師人気も相まって、街角で子供達が杖を持って魔術師ごっこをするのが増えていると聞くわ」
ステファニアの言葉に答えるアドリアーナ姫である。
なるほど……。単なる魔術師ごっこではないのは……蛇や竜を模したような杖を握っている子が多いというところからも窺えるか。それを見てウロボロスも楽しそうに喉を鳴らしていたりするが。
まあ……転んで怪我をしたりしないように注意して欲しいところだ。巡回兵もレビテーションぐらいは魔道具なりで使えるので気にかけてくれているとの事だが。
街の上を移動中なので速度、高度ともに低くしている。地上からこっちに向かって大きく手を振ってくるので、俺も甲板から笑って手を振って応じると、沿道の人達は大歓声で反応し、大盛り上がりになっていた。まあ……俺としては些か気恥ずかしいが、喜んでくれたのなら何よりだ。
というか……魔人との和解を選んだ事はシルヴァトリアの人達も知っているだろう。特にシルヴァトリアは魔人との戦いにおいては前線にいた国でもある。反応は微妙なものになる可能性もあると思っていたが……大勢はそんな事はないようだ。
「終わりが見えない戦いを続けるというのも大変だものね」
「中には色々な意見はあるとは思います。けれど平和の為に尽力しているテオドール公の考えには私達も王国として賛同していますし、民達も歓迎してくれていますね」
オーレリア女王の言葉を受けて、アドリアーナ姫が言う。そう……そうだな。
そのまま王城に向かって進んで行けば――幻獣に跨ったエギール達がこちらにやってきて挨拶をしてくる。
「城の広場に誘導します。そのままお進みください。エベルバート陛下もご到着を楽しみにしておりますよ」
「ありがとうございます」
エギールの言葉に頷き、先導してもらいながら城へと到着する。誘導を受けながらシリウス号を城の広場に着陸させると、エベルバート王や側近達、それに七家の長老達が俺達の到着を広場で待っていてくれた。
「おお、テオドール! よくぞ来てくれた!」
と、エベルバート王も朗らかに笑いつつ俺達を出迎えてくれた。
「これはエベルバート陛下。皆さんも」
甲板から降りて挨拶するとエベルバート王は歩み寄ってきて七家の長老達と共に笑顔で抱擁して出迎えてくれた。七家とシルヴァトリア王家もまた親戚筋だからな。
いやはや、街中もそうだったが、王城でも大歓迎といった雰囲気だな。俺としてはありがたいし、心強い話でもある。




