番外1333 乙女達の器
「――そうして、冒険者達はオーガを渓谷に落として見事退治し、開拓村を救ったのでした」
ツェベルタの朗読の声が響く。
読み上げに関しては話す時よりも流暢に言葉が出る印象があるな。声は仮契約の魔道具のものなので、器が完成した時とはまた変わってくるだろうが、現時点でも感情についてはきちんと口調や声色に乗せて伝える事ができる。
朗読に際してはやや大袈裟に言葉に感情を込める、という面も意識しているようで、シオン達、カルセドネとシトリア、ザンドリウス達といった年少の面々はツェベルタの朗読に聞き入っている様子であった。
冒険者達に関する話なので比較的新しい時代に書かれた物語だ。開拓村を窮地から救った冒険者の実話だな。
自分達では地力の足りない格上を機転で倒したというのが、冒険者かくあるべしというような内容なので、結構有名な話でもある。
領主に感謝され、冒険者達はその縁で領主の娘や開拓村の村長の娘と結婚したというオチもついているな。
「懐かしいですね。リサ様が語って聞かせてくださった記憶があります」
「ガートナー伯爵家にも同じ本があったね。俺達に語り聞かせるには少し早かったからかな。母さんは少し内容を変えて聞かせてくれたけれど」
「ふふ」
グレイスが微笑む。物語中盤あたりでオーガの脅威が語られたり、生々しいというほどではないがホラー気味の要素もあるのだ。だからまあ、母さんはその辺を上手く割愛やアレンジしつつ冒険譚として語って聞かせてくれた。
そんな調子でスピカの焼いてくれた焼き菓子をお茶請けに、ツェベルタの朗読を聞くという、のんびりと寛げる時間を過ごさせてもらっている。
スピカとツェベルタの自意識を強化してから数日。俺達は魔人達の結集時期を待ちつつ、日常に戻っている。
執務をこなしつつ街中の様子を視察に行ったり工房の仕事をしたりといった具合だな。そうした仕事の合間を見て、休憩がてらにこうした時間を作っているわけだ。
ザンドリウス達もツェベルタの朗読に聞き入っていたが、やがてそれが終わると拍手を送っていた。
「朗読でみんなに喜んで貰えるというのは、思っていた以上に楽しい、ですね」
「私も焼き菓子を美味しい、と言って貰えて、嬉しく思います」
そう言ってスピカとツェベルタは頷き合っている。二人としては子供の世話も好きなのかも知れない。
「良い子達ですね」
「確かに。ルクレインお嬢様にとっても、これは良い環境です」
「ザンドリウス達とも仲良くしてくれているようで何よりだ」
それを見てエスナトゥーラとフィオレット、それにルドヴィアが笑みを見せる。スピカとツェベルタもだが、エスナトゥーラ達もフォレスタニアの暮らしに馴染んでくれているようで何よりである。
エスナトゥーラの腕に抱かれているルクレインはすやすやと眠っているな。氏族の子供達も健康そのもので……エスナトゥーラ氏族の中には身重の者達もいたが、循環錬気の結果、母子共に問題ない事が分かっている。
新しくやってきた面々と言えば、アルハイムもだが――。
「物語というのは、面白いものだな……」
といった調子でこちらは真剣な表情で感心しているようで。
「それなら、読んで面白かった本を教えようか?」
「おお。興味がある」
ザンドリウスの言葉に頷くアルハイムである。ルドヴィアが無事に治療できた事もあって、感情的なしこりも残らなかったようで何よりだな。ザンドリウス達と友好的というのは喜ばしい事だ。
そんな調子で日常を過ごしていると工房から連絡が入った。
『諸々準備が整いましたので、お時間が合う時にそちらに伺えたらと思います』
『とりあえず僕の方は工房で仕事をしているから、何時でも大丈夫って伝えておくよ』
と、カーラとアルバートがそんな風に言っていた。
「もう準備ができたんだ。結構早かったね」
そう感想を口にすると、カーラがにこにこしながら答える。
『うふふ。楽しすぎてついつい興が乗ってしまったと言いますか。パペティア族は魔力補給の体制さえ万全なら長期の活動に支障はなく、休息時間なども他の種族程頻繁に必要なわけではありませんからね。勿論、仕事の方は手を抜いておりませんので安心して下さい』
なるほどな……。種族特性的な理由により人に比べればかなり長期間動ける、というわけか。
「まあ、楽しすぎても無理はしないようにね」
『そうですね。今回は些か張り切りすぎてしまったとも思いますので、気を付けたいと思います』
うむ。では、こっちとしてはもう日常の執務等は終わっているのでアルバート達にとって都合の良い頃合いで合流するとしよう。
「やあ、お待たせテオ君」
フォレスタニア城で合流する約束をして少し待っているとアルバート達工房の面々がやってくる。
「ああ、いらっしゃい」
アルバート達も工房で仕事をしていたからな。今日の仕事が終わったらフォレスタニアでのんびりしたい、とのことでこっちに来たわけである。オフィーリアも同行しているのでアルバート達には羽を伸ばしていってもらいたいところだ。
持ってきた荷物をフォレスタニア城の一角にある工房設備のある部屋へと運び込む。この荷物に関してはスピカとツェベルタの素体の材料関係だな。
「それじゃあ二人とも。作業を始めようか」
「よろしくお願い、します」
「お世話に、なります」
俺の言葉に頷いて、礼儀正しくお辞儀をするスピカとツェベルタ達である。
さてさて。今回の作業は素体の組み上げと魔石の移植という事になるな。ソードメイデンが保有していなかった新しい技術、知識については既に対話の時に伝達しているし、感覚器は素体に組み込まれる形になる。
素体を組み上げたら魔石を移植し、感覚器とペアリングしてやることでスピカとツェベルタの器に関してはとりあえず一段落だろうか。
外装や装備品等の追加はあるが衣服は普通のメイド服でも当分の間は問題ないしな。
マクスウェルやイグニスを始めとした魔法生物の面々も、スピカとツェベルタの新しい素体組み上げには興味津々といった様子だ。
アルバートとカーラが中心になって素体組み上げの準備を進めていく。ミスリル銀の骨格や黒ゴーレムの人工筋肉繊維等も光球融合の術式で組み上げてあるので、後は表皮の部分や顔、感覚器の組み込みだな。
アルバート、ビオラとコマチ、エルハーム姫やカーラといった面々が魔法生物達の見守る中でそれらを組み上げていく。
基本的にはソードメイデンの容姿を踏襲しているが、元が女性型ゴーレムならば、新しい姿はアンドロイド娘やロボ娘……といった風情だろうか。或いはソードメイデンだとわかる程度には同系といった方が良いだろうか。いずれにしても元よりもかなり人に近い仕上がりだ。
上腕や太腿の半ばまでは金属的な一次装甲なのだが、肩や太腿の部分は表面を木魔法で合成した白い樹脂で覆い、人の地肌が見えているというような印象を受けるものにしているようだ。
顔、首元、胸元もそういった肌の見えているような印象の部分に該当する。制御術式によって表情を変えられる仕様であるから、魔石を移植したらより人らしく見えるだろう。
目の色は所謂青銅色で、髪の色はスピカが金に近い色、ツェベルタが赤銅色だ。……これは青銅が銅と錫の配合比で色が変化するのを意識しているのかも知れないな。髪を模した部分はアルケニーの糸で作った髪だが、三角巾や帽子の部分が金属パーツだ。
スピカの方はコック帽ではなく三角巾である。デザイン性を重視した結果だと思うが料理従事者である事は分かる。ツェベルタの方は学者帽をモチーフにしたものか。容姿は似ているが少しずつデザインを変えてくるあたりがカーラのこだわりかも知れないな。




