番外1329 書庫と厨房の隠し部屋
「書庫側の仕掛けの方は案があるのだけれど――」
「んー。じゃあこの場所をこうして……というのはどうかな」
「良いわね」
と、みんなと話し合って書庫と厨房で連動する仕掛けを考える。ステファニアは割とこういう仕掛けが好きなので大分楽しそうに仕掛けを考えてくれているな。そんなステファニアの様子にローズマリーが羽扇で口元を隠して楽しそうに肩を震わせていたりする。マルレーンも楽しそうににこにことしていた。
「ん。面白い」
「それに、これなら間違って仕掛けが作動してしまうという事もないわね」
「普通なら絶対にしない行動だもんね」
シーラが言うと、イルムヒルトとユイが笑って答える。お茶を飲み、焼き菓子を食べながらみんなで仕掛けを考えていく。
仕掛けも概ね決まったところで、実際に城内のデータを取って改造を実行に移していく事となった。城の改造と言っても天守聖域の制御装置で行ってしまうから、魔法建築をするわけではないが。
立体図を広げて該当箇所を操作していく。
「どうかしら?」
「機能としては迷宮核に近いものがあるね。問題なく動かせそうだ」
「なら良かったわ」
俺の返答にクラウディアは笑顔を見せる。まずは新たなスペースが必要という事で、厨房の食糧庫に隠し扉を構築していく。
食糧庫の面積を少しだけ小さくして、その分で地下へと繋がる隠し通路を用意する。何かの手違いで偶然入ってしまった事も考慮し、通路を降りた先に内扉を作るわけだ。そこに施錠をした上で浄化の術と結界を張る。
内部に用がある者は城主に連絡して許可を得る事。手違いで発見してしまった場合も見つけてしまった事を報告する事、と内扉にプレートを取り付け、文言を刻んでおけば安心だろう。
勿論、この文言は契約魔法の一部だ。悪意を以って侵入した場合は矢印の呪法が発動する。
そして……内扉の奥に封印倉庫のスペースを確保する、というわけだな。
封印倉庫については現時点では本当にガルディニスの遺した品々を保管する用途でしかないが、そこそこの空間が確保できそうだから、他にも世に出せない物を隠したい時には使えるだろう。
エンデウィルズは現在無人だ。中枢部への防衛区画の一部という扱いではあるが……何かの折に使用する事も考えると食料品には影響の出ない物品の保管、構造である事が望ましい。仮に毒物であるとか、そういった品々をどうしても封印しなければならないというような状況に直面した時は、また別の手段を考えるとしよう。
さて。そうやって制御装置を操作して構造変化を仮決めしたものを、命令として実行させれば実際の城の一部に改変が行われるという仕組みだ。安全装置もあるので人がいる場所は警告が出るようになっているが、エンデウィルズに関しては問題ない。
命令実行をさせようとすると命令に間違いがないかという確認と共に、生命体や魔法生物がいない事の点検までしてくれるので諸々安心だな。人がいても構造を変えられるのは、防衛拠点として色んな状況を想定しているからだろうが。
「……よし。これで城の構造が変化するはずだ」
「ふふ、出来上がりが楽しみですね」
グレイスが少し笑って言うとヴィンクルが喉を鳴らし、オウギもこくんと頷いていた。
「そんなに時間はかからないと思うし、処理が終わったら行ってみようか」
「良いわね」
と、ステファニアも上機嫌である。
やがて制御装置も処理が正常に完了した、と空中に光の文字を投影して教えてくれた。うむ。
ではみんなと共に現場に移動していこう。浮石エレベーターに乗って城の中層に移動。そこから回廊を通って厨房と書庫のある階に移動する。
まずは書庫からだな。隠し通路を開くための操作が必要だ。エンデウィルズの書庫は図書館といった風情だ。
「ここの蔵書は、私が退屈しないようにという性格が強いのよね。物語や童話、詩歌であるとか……。困ったことがあればその都度ここで知識を得ることで対応できるようにと、政治学に兵法書、技術書や魔術書も置かれているけれど……あまり危険なものはないわ」
クラウディアが書庫の蔵書についてそんな風に教えてくれた。
元々月にデータとしてあったものや迷宮機能の情報収集に引っかかって生成されたもの等々が蔵書として保管されているそうだ。フォレスタニアの書庫のラインナップもまあ、ここと共通した部分があるな。あっちも危険なものは置かれていないが。
「わたくしもその恩恵に預かっているわ」
と、ローズマリーが頷く。身重な事もあるから、フォレスタニアの書庫に足を運んで色々な蔵書を読んでいるローズマリーである。
さてさて。鍵の仕掛けについてはこの書庫にある特定の本を一時的に入れ替える、というものだ。
鍵の頭文字、扉の頭文字を持つ蔵書を手に取る。それを料理関係の物がまとめられている書棚の所に持っていって書棚の一番下の部分と入れ替えれば良い。
まあ……知っていなければ絶対にやらない行動だな。万が一偶然にやったところで隠し扉が開くのは厨房の食糧庫だし、契約魔法で条件を満たした場合に仕掛けが動いているので魔力の導線等は仕込んでおらず、変化には気付かない。
本の位置が一時的に正しくない場所にあるという点についてはそれほど問題にはなるまい。封印倉庫自体に立ち入る機会が少ないというのもあるし、司書が管理しているならば蔵書の位置は元通りにするだろう。今は無人だからいいが、不審に思われないためにはライブラのように魔法生物の司書というのが良いかも知れない。
「こういう仕掛けを作動させるのは……中々にわくわくするわね」
ステファニアは上機嫌である。マルレーンとユイ、リヴェイラといった面々もにこにこしながらこくんと頷いていた。
「料理関係の本が代わりに引き抜かれるというのも、厨房に持っていくには都合がいいですね。ある程度は目撃されても不審な行動にならないかと」
と、エレナが笑みを見せる。
「ん。きちんと本を片付けない、とは思われるかも知れない」
「確かに」
そんな話をして笑いながらガルディニスの遺した品を持ち、今度は厨房へと向かう。食糧庫については城のものなのでそれなりに広々としている。今は使われていないので食料も置かれておらず閑散としているが。
隠し扉は……食糧庫の隅だ。契約魔法により動作するようになる、魔法式と機械式の複合型で、魔力反応で位置を探るのは難しい。隠し扉を開くスイッチは天井付近。どこに食料品が置かれてもスイッチが押しやすいように、というわけだ。
機械式のスイッチを押すと壁の一部が奥へ向かって開き、階下へ続く階段が現れた。搬入の事も考えて、そこそこ広々とした階段だな。一番下まで箱を運んでいくと、先程制御装置で見たままの扉が見えてくる。扉の鍵は……ドアノブからチェーンでぶら下げられるようにして形成されている。
警告プレートと同色の銀色の鍵だ。この鍵についてはフォレスタニアの宝物庫に保管する事になるかな。
「それじゃあ、扉を開けるね」
「ええ。城の責任者として許可するわ」
クラウディアは笑みを見せると許可を出してくれた。矢印の呪法も仕掛けてあるし、扉を開けるのは作った本人がやらないとな。
というわけで鍵を手に取って鍵穴に差し込む。そうしてドアノブに手をかけると、何事もなく封印倉庫の扉が開いた。人が来る事をあまり想定していないから倉庫内の飾り気はない。目録とこの場所の説明ぐらいは後世の為に残しておくべきかも知れないな。
運んできた物品を倉庫の端に置いてやれば完了だ。これで……ガルディニスの遺した品々については安心だろう。




