番外1327 深層の再訪
「何と言うか……。海の幸を口にするのは初めてだが、これは美味だな……。サンドフィッシュも好きなのだが、それとはまた違うというか」
セディスは焼き魚を口にして頷いていた。サンドフィッシュは淡泊で上品な味わいの魔物魚という話だからな。焼き魚は脂が乗った青魚なので、淡泊な味わいの魚とは印象が違うだろう。
「貝の網焼きも美味ですね。いや、此度の事がなければ海の幸を食べられる事もなかったのですが」
「全くだ」
オーラン王子の言葉に、セディスは表情を綻ばせていた。
楽しそうに食事をしている二人を見やってセルケフト王が何か納得するように頷き、ガナテフは「ふうむ」と顎髭に手をやって言っていたりする。
「うむ……。ガナテフ殿。少し相談があるのだが、見解を聞きたい」
「それは……もしかすると同じことをお考えになっているのやも知れませぬな」
「多分その通りかと」
と、何やら声のトーンを落として相談し合っている二人である。
「状況を見ても悪くない。後は当人同士が憎からず思っているなら、といったところか。親の勘としてだが、倅の方はセディス殿を気に入ったように見える」
「ふうむ。セディスも踊りの時に言われた言葉で、殿下に良い印象を抱いた様子ではありますな。それだけでというのは早計ではありますが」
縁談の話か。調整できそうなら、前向きにという話し合いに見えるが。状況というのは……流浪の一族の追放者が今回の一件に絡んでいたからだろう。
そこで縁談となればわだかまりが生まれるのを防ぎ、ネシュフェル国内の安定にも繋がる、という事にもなりそうだ。
「しかし、縁談となるとどうなのですかな。王妃が違う部族の出自で大丈夫なのでしょうか」
「何。元を正せば祖先が同一であるし……ネシュフェルの者達は質実剛健を旨としているから、戦士には皆敬意を払う。その点、セディス殿ならば問題は無いように見える。祖が同じという事の周知も含めて歓迎されると見ている」
2人としては縁談を前向きに進めたいように見えるな。ネシュフェルは肉体美を誇る文化であるし、その点で言うとセディスは申し分ない、ということか。
まあ、この辺は当人達の意思や王国内、部族内での調整等もあるだろうから俺達が口を挟む事ではあるまい。上手く進んでくれれば喜ばしい話ではあるし、当人達が望んでいて、何か俺に協力できそうな事があるのならその辺は惜しまない、と伝えておこう。
それからネシュフェル王国とギメル族、流浪の一族の面々はタームウィルズとフォレスタニア滞在中、あちこちに見学に行ったり、劇場に足を運んだりといった時間を過ごした。
「このような偉大な精霊達にお会いできるとは……果報者です」
エフィレトはティエーラ達に会うとそんな風に言って随分と感激していた様子だった。
「ギメル族の方々からは良い波長を感じますね。普段から小さな子達を大事にしているのでしょう」
ティエーラもそんな風に言って笑みを見せていたが。ギメル族の面々は今後アウリアと技術交流をするという事でタームウィルズやフォレスタニアに足を運ぶ機会も増えるだろうし、互いに好印象であるなら良い事だ。
そうしてセルケフト王、エフィレト、ガナテフやセディスといった面々はこちらに数日滞在して、国元へと帰っていったのであった。
さてさて。訪問していた面々も国元へと帰り、日常が戻ってきた。オーラン王子とセディスの縁談等、続報が気になる話もあるが……それらは今後の展開を待つというのが良いだろう。
まずはガルディニスの遺した品々をもっと迷宮奥へ片付けてしまおうという事でみんなと少し相談する。
「深奥区画や中枢に保管するというのは良いと思うわ」
「区画をそのために新設するよりも元々防備の厚い区画を利用する方が安心かも知れないわね」
というのはステファニアとローズマリーの意見だ。
「深奥や中枢はフォレスタニアの地下迷路を通らないと辿り着けませんからね。そこに行くまでに更に満月の迷宮もありますし」
エレナも真剣な面持ちで同意する。そうだな。既存の区画で既に十分過ぎる戦力が揃っているのだから、それを利用しない手はない。今までのリソースを有効活用できると考えればそれが良いだろう。
「そうだね。深い区画のどこかで考えてみようか」
「私としては、エンデウィルズの城に保管してもらって問題ない、と思っているわ。あの城は管理者や代行者の意向で改造できるし防備も厚いから良いのではないかしらね」
クラウディアがそんな風に言ってくれた。
エンデウィルズの城か。あの城は確かに巡回の兵士魔物が多くて純粋に防備が厚いな。
「確かにあの場所は申し分ないけれど、クラウディアはそれで良い?」
「ええ。今はあまり使っていない区画だし、役立てられた方が嬉しいわ」
「私も同意見です。エンデウィルズは迷宮の制御回復に伴い、迷宮側に属する者にとっては安全な場所になっていますから」
ヘルヴォルテもクラウディアの意見に賛成、という事のようで。
「じゃあ決まりかな。今日はこの後、エンデウィルズに足を運んでみるよ」
「それなら、城内に案内するわ」
「ではみんなで一緒に、というのはどうでしょうか」
「良いわね。安全な場所だし問題はないと思うわ」
アシュレイの提案にクラウディアは笑って応じる。そんなわけで、今日はみんなでエンデウィルズに出かける、という事になったのであった。
エンデウィルズは元を辿れば月の船が構築した災害時の緊急避難用居住区画としての側面がある。
魔界側のラストガーディアンであるユイも見学しておいた方が良いだろうという事で、ヴィンクルやオウギ、それにリヴェイラも一緒に見学に向かう、という事になった。
というわけでフォレスタニアの宝物庫に保管していたガルディニスの遺した品々に仕掛けていた呪法等を解除して回収。迷宮内部へと飛ぶ。
門番である鉄の巨人は俺達の姿を認めると、膝をつくようにして俺達を迎えてくれた。
「こんにちは、であります……!」
「こんにちは……!」
リヴェイラとユイが明るく挨拶をすると、こくんと頷く鉄巨人だ。管理者であるティエーラの加護が及んでいるし、俺達と一緒にいるので初訪問の面々でも歓迎してくれているな。
門を通り、エンデウィルズの城下町へと入っていく。町は――前にエンデウィルズで戦闘をした時とは結構違う。迎撃用の魔物は出現しておらず、要所要所に鉄巨人と同系統の警備兵が配置されているぐらいだ。
人はいないから町は静かなものだな。
警備兵については中々に威圧感があるが、クラウディアやヘルヴォルテの話では結構細やかに対応してくれるとの事で、見た目がやや厳つい事を除けば心強いという事である。
実際、過去エンデウィルズに避難した面々からして見れば、味方であるというのは安心感があったのではないだろうか。
街並みを眺めながらエンデウィルズの城へと移動する。城の建築様式は少しセオレムにも似ているな。外部の城がセオレム。内部の城がここだから、建築様式が似通ってくるのは当然ではあるが。
エンデウィルズの城にはビーストナイトにソードメイデン、リトルソルジャーといった強力な防衛戦力が配置されている。ビーストナイトは獣人に似た魔物。ソードメイデンとリトルソルジャーはゴーレムやガーゴイルの系列の魔法生物だな。
それぞれ騎士、女官、兵士という役割があるがどれも十分な戦闘能力を持っていて連携もできる。
彼らも俺達の姿を認めると一礼して迎えてくれた。ではこのまま城の一部の改造をしに向かうとしよう。




