番外1326 南方砂漠の今後は
「おお、書状や水晶板越しでのやり取りは重ねてきたが、実際に会えて嬉しく思う。セルケフト=ネシュフェルという」
「こちらこそ。こうして顔を合わせて話ができて嬉しい。バハルザードを預かるファリード=バハルザードだ。よろしく頼む」
タームウィルズにやってきたファリード王とセルケフト王が笑顔で握手を交わす。執務を終えたファリード王も合流してきて、練兵場に面する騎士の塔内部の、賓客観覧用の一室にて南方の面々が一堂に会して観覧といったところだ。
バハルザードとネシュフェルは魔力溜まりを挟んでとは言え隣国だからな。こうやってそれぞれ国の王が実際に顔を合わせて友好を深めるというのは良い事だろう。
エルハーム姫やオーラン王子も、上機嫌そうな父親達を見てうんうんと頷いていた。
同盟として各国から王やタームウィルズに滞在している面々も顔を出して新しくやってきた面々に挨拶しているし、騎士の塔の貴賓室はかなり賑やかな事になっているな。
「世界は広い……。色々な種族がいるものだな……」
ラプシェムがしみじみと言う。グランティオスのエルドレーネ女王とロヴィーサ、ウェルテスやエッケルス。魔王国のボルケオールやカーラといった面々と挨拶したらしい。
「テオドール公が私達の目を全く気にしなかったものね。外に関して聞いていた話と少し違うとは思っていたけれど、これだけ多様な種族との親交があったのなら納得できるわ」
レシュタムがラプシェムの言葉に楽しそうに笑った。
「よろしく頼みますぞ」
「こちらこそ」
ボルケオールと楽しそうに笑って握手をするエンメルである。
「ヴェルドガル王国……特にタームウィルズ自体が昔から他種族に寛容な風土ですからね。ギメル族の皆さんにも過ごしやすいと思います」
グレイスがその光景を見ながら楽しそうに言う。
そうだな。グレイスにしても母さんが遺してくれた種族特性封印の指輪があったとは言え、そうして昔から培われてきたヴェルドガルの風土がなければまた色々と状況は違っていたと思う。その風土に関しては、クラウディアの神託があったからでもあるな。
「そのあたりはクラウディアのお陰でもあるね」
「迷宮の事もあるわ。外に出た優しい子達が争って傷付くのは見たくなかったもの」
「ん。感謝してる」
「こうしてみんなと出会えたものね」
クラウディアの言葉に、シーラとイルムヒルトも笑顔を向けあっていた。
「ふふっ。それにしても……月の女神に高位精霊。それにあちこちの国々や魔界……ですか。テオドール公のお話は驚きですね」
「全くだ」
エフィレトが楽しそうに肩を震わせてから言うと、セディスも目を閉じ、腕組みをしながらしみじみと同意していた。
そうこうしている内に騎士団と魔術師隊の準備も整ったようだ。メルヴィン王が視線を向けて頷き、セルケフト王とエフィレト、ガナテフが応じて共にテラス席に出ていくと、練兵場や迎賓館に集まった面々から拍手や歓声が起こった。
メルヴィン王は軽く両手を広げ、拍手と歓声が収まるのを見計らって口上を述べる。
「皆のもの、誠に大儀である。今宵は南方より賓客を迎える事ができた。ネシュフェル王国、それにギメル族やそれと根を同じくする一族も同盟の意義にも賛同してくれている。新たな良き隣人をこうして王都にて歓待できる事を嬉しく思っている。今宵の歓待においても、皆の日頃の研鑽が、我らの更なる親善に繋がり絆を強めてくれるものと期待しておるぞ」
そうやってメルヴィン王が口上を述べると、またみんなから拍手と歓声が起こった。
ちなみに流浪の一族は自分達で流浪の一族と認めて族名を名乗らないそうだ。
元は古王国の追放者でもあり、それを伝承しているので自分達は流浪の一族や無名で良いと受け取っているらしい。
セルケフト王、エフィレト、ガナテフとそれぞれに歓待への礼や口上を述べ、その度に大きな拍手と歓声が起こった。それらの挨拶と口上が終わったところでメルヴィン王が酒杯を掲げ「我らのこれからの絆に!」と告げると皆も同じ言葉を口にする。
そうして王城での歓待が始まった。楽士隊、騎士団、魔術師隊が混ざって、勇壮な旋律に合わせて魔法エフェクト付の編隊飛行を見せて、それを目にしたセルケフト王達も笑顔で拍手を送る。
見た目は華やかで派手だが、ああした動きができるのも高度な訓練と連携能力の賜物だな。練度が高いというのが窺えるから、セルケフト王達としても中々の見物だろう。
王城での歓待が一段落した後は火精温泉に移動だ。夕食の席も休憩所にて、という事になっている。
オーラン王子とラプシェム達は先んじて訪れていたので二度目だな。
「こういうのは初めてですね」
「遊んでみると意外と楽しかったわ。水中呼吸の魔道具もあるし、色々安心ね」
休憩所のテラスから遊泳場を見ていると、流れるプールやウォータースライダーを目にしてやや戸惑っているエフィレトに、案内役を買って出たレシュタムが楽しそうに解説をしていた。
「では……試してみましょうか。泳ぎも――小さい頃に覚えましたからね」
何事も挑戦という事なのか、エフィレトは妙に気合の入った表情をしている。
「巫女頭になってからは立場もあって、あまり集落の外には出てこなかったからな。こうした機会は楽しいのだろう」
ラプシェムがそんなやり取りを見て少し微笑ましそうに目を細めていた。
「ギメル族はもっと閉鎖的な印象があったのだがな」
セディスが苦笑する。
「それは間違ってはいないな。ただ……エフィレトはああした性格だし、我らが危惧していたのは形質が薄れる事ではなく、本質的には精霊達との交流が狭まる事だ」
「アウリア殿と話をしてみたが、それも今後は変わるかも知れないと巫女頭殿や古老達も言っていた。魔法技術面からの解決が見られればギメル族ももう少し外に出て、他種族との交流が今後増えてくるかも知れない」
ラプシェムとエンメルが言う。エルフの精霊術を参考にする事で問題が解決できるかも知れない、と。それは――きっと悪い事ではないのだろう。
「そういう話でしたら、僕も出来る範囲では協力しますよ」
「それは心強い。みんなもきっと喜ぶだろう」
俺がそう言うとラプシェムは表情を柔らかいものにする。
「ふうむ。我らも変わる時が来ているのやも知れませぬな。過去の出来事は教訓としても子孫がそれに無闇に縛られてしまうのも歪な在り方でしょう」
ガナテフが思案しながら言う。
「古王国からこれほど時間を経た今となってはな。ましてや大本の問題は解決している。真実を知った今も良き隣人であり、祖を同じくする者達という事には変わりない」
セルケフト王もガナテフの言葉に笑みを見せ、改めて握手を交わしていた。ネシュフェル、ギメル族と流浪の一族のこれからに関しては問題なさそうだ。流浪の一族に関してはこれまででネシュフェルと交易を重ねてきて、培った信頼があるからこそなのだとは思う。イムロッド達のように一部の者達が問題を起こしたが、それは部族の問題ではなく個人の問題だろう。ネシュフェルからもラネブがイムロッド達と組んでいたしな。
そうして休憩所で寛いでいると夕食の準備も着々と進んでいるようで食欲をそそる良い香りが鼻孔をくすぐり始めた。迷宮産出の食材をふんだんに使った料理だな。
樹氷の森のマンモス肉などもあるが……ネシュフェル周辺は海がないので魔光水脈の魚介類を使った料理も沢山ある。みんなに楽しんでいってもらいたいところだな。