番外1324 流浪の一族
「――今は使者からの報告待ちでな。丁度戻ってくる頃合いではないかと思われるのだが」
王城に着くまでの道中、セルケフト王が後始末の現状について説明してくれる。なるほど……。
ネシュフェル王国やギメル族の周辺は状況も落ち着きつつあるようだが、問題が全て解決した、というわけではない。
目下の問題としてはやはりイムロッド達の出自である流浪の一族の動向だろうか。彼らについては砂漠と密林の間ぐらい――サバンナ地帯で定住せずに暮らしているという話である。雨季、乾季における水源の状態、魔物の分布状況によって住む場所をある程度変えつつ遊牧をしているそうだ。
「今年は乾季に入るのが遅く、サバンナ北部の水源が豊富であった為にそこに留まっている。連絡もつけやすい状況だな」
「現時点で私達との交流については……北上してきた時には交易をしていますね。関係は悪くはない、と思います」
セルケフト王とオーラン王子がそんな風に説明してくれる。悪くはないが、殊更良好とまでは言わない、か。
北部に留まっているのはネシュフェルと交易ができるのが彼らにとっても利益が大きいからだろうか。或いは、魔物の状況を見てのものかも知れない。
サバンナ地帯は魔物や野生動物が多く、流浪の一族もそこまで数は多くないが、彼らから軍事的な面での協力を求められたような事例は過去に無いそうで。
狩りによってそれなりの強さの魔物の素材やそれらを使った加工品も交易に持ち込んでくるために質実剛健な者達として一目置かれているという情報も聞けた。
古王国からの流れを汲む一族である事や、イムロッド達の持っていた力を考えると、魔法技術も結構なレベルで有しているもの、と思われる。
「……ネシュフェルとギメルの間に住まう流浪の民、か」
メルヴィン王は目を閉じて思案しているようだった。そうしている内に俺達を乗せた馬車の車列が王城に到着し、みんなで迎賓館のサロンへと移動する。
お茶の準備と中継の水晶板を用意して、今後の方針や国交、同盟の加入について話をしていると、ネシュフェルから連絡が入った。
『此度の一件で、部族長と戦士長殿が直接お見えになっています。部族の者達が迷惑をかけた、と仰っていますな』
それはまた。流浪の一族が今回の事態を重く受け止めているのは間違いない。
ただ使者が戻ってくる頃合いではあったが、丁度セルケフト王もオーラン王子もこっちに来ているタイミングというのは若干間が悪かったかな。
「中継映像で話を聞けるし、それで状況を見て、望むのであればこっちに来てもらうというのも良いかも知れぬな」
「確かに。不在というのは逆に、向こうにしてみると不安を感じさせるかも知れません」
メルヴィン王の言葉に同意するジョサイア王子である。確かに、門前払いにされたとか駆け引きで不在といったと受け取られてしまう可能性もあるか。
「繊細な対応が必要な時だからこそ、こっちも事情をしっかり説明して納得してもらった方が良いでしょうね」
俺も二人の言葉に同意する。
直接来訪している事やイムロッド達が部族の方針に反発して外に出たという証言、ネシュフェルと流浪の一族の関係を踏まえると、謝罪の為に訪問してきた、という点に裏はあるまい。
みんなで手早く対応や基本的な方針に関する意識を共有すると、セルケフト王が水晶板に映っている重鎮に伝える。
「では――彼らを水晶板の前に案内して欲しい。我らがヴェルドガル王国を訪問中である事や転移門についても事前に説明して問題ない」
『承知しました』
重鎮は頷いて退出していく。程無くして2人の人物が水晶板の置かれた部屋に入ってきた。ネシュフェルともギメル族とも少し違った衣服。イムロッド達に近い雰囲気はあるな。三つ編みに編み込んだ白髪と白髭を蓄えた老人が部族長。長い黒髪を持つ褐色の女性が戦士長との事だ。戦士長は頬に傷があり、背も高い。かなり腕の立ちそうな雰囲気を持った女性だな。
『お初にお目にかかりまする。此度はイムロッド達が愚かな真似をしたと聞いて謝罪に訪れました』
『誠に申し訳ない。既に追放されているとは言え、我らの不徳の致すところ』
部族長と共に戦士長は水晶板に驚いたようだが、すぐに気を取り直し、謝罪の言葉を口にしてから自己紹介をしてくる。こちらも自己紹介と挨拶を返した。ギメル族も同席している事に驚いたらしいが。
『あの者達は部族内で問題を起こした後、処罰からも逃げ出して行方を晦まし、追放とされた者達でしてな。しかし……よりによって封印された女王を眠りから呼び覚ますとは』
『迅速に切り捨てておくべきだったか。自らの立ち位置を確保するために災厄を利用しようとしたのだろうが……』
部族長がかぶりを振り、戦士長は目を閉じて言う。逃げる際に怪我人を出したり、色々とやらかしているらしい。イムロッド達はどうやら元いた場所でも結構なやらかしをしているようだな。
「我らとしても引き続き良好な関係であり続けたいが故に使者を派遣したという意図がある。その辺は誤解のないようにしっかりと伝えておきたい」
「既に追放されている者達であるというのならば、強く責を問うのも理不尽というものですからね」
セルケフト王とオーラン王子が言うと部族長と戦士長は『かたじけない』と深々と一礼していた。
「お互い望んでいない出来事があったのは確かですが……逆にこれは互いの交流と理解を深める良い機会かも知れません。こちらに足を運んで頂き、実際に顔を突き合わせて友好を深めるというのはどうでしょうか。私達は過去を忘れてしまった部分もありますが、こうして情報を共有する事ができるようになりました。元を辿れば、同じ祖先を持つ者同士でもあります」
エフィレトが静かに問うと、セルケフト王、部族長に戦士長といった面々が同意する。
『我らとしても今回の事で関係が悪くなるのは望んでおりませぬぞ』
『その事を示す意味でもきちんと落ち着いて話ができれば嬉しく思う』
では、決まりだな。
「今度は、私が転移港までお二人を迎えに行ってきましょう」
ジョサイア王子が笑顔で言った。ミルドレッドも護衛として付き添うとのことで、迎賓館を出ていく。
「ん。これで一先ずは大丈夫そう」
「そうね。安心だわ」
シーラが頷くと、イルムヒルトも笑顔を見せた。
「そうだね。これで目下一番の問題は解決かな」
「南方に展開した兵士達も戻ってくるように通達を出した。国内も直に落ち着きを取り戻すだろう」
アルバートとセルケフト王が言う。
ネシュフェル王国とギメル族周辺の後始末についてはこれで概ね問題ない。ガルディニスの遺した品々も近日中にもっと安全な管理体制を確保する事になるしな。
「歓迎の準備も進めているのでな。此度の事で訪問してきた皆には問題が解決したところで肩の力を抜いて楽しんでいって貰いたいところだ」
メルヴィン王が笑う。そうして迎賓館でお茶を飲んで待っていると、程無くしてジョサイア王子達が転移港から部族長、戦士長を連れて戻ってきた。
「噂で聞いたことはあるが聞きしに勝る王城だ。転移港というのも……驚きだな」
「招待して頂いて感謝しておりますぞ」
と、流浪の一族の戦士長と部族長が言う。というわけで顔を合わせたところで改めて挨拶をする。
部族長のガナテフと戦士長のセディスだ。謝罪の言葉を受け、それを許す旨等は伝えているので、まずは経緯なども含めて詳細を話してお互いの理解を深めていこうという話になったのであった。




