番外1322 密林用呪法
「おお。よく来てくれた。転移の術式とはすごいものよな」
転送魔法で王都ティルメノンへ飛ぶと、セルケフト王と重鎮達が俺達を迎えてくれた。転送魔法を目の当たりにして喜んでいるセルケフト王であるが。
「お待たせしました。では早速転移門を造っていきましょう」
俺も笑って答え、転移門を造る場所に案内してもらう。先に転送した資材もティアーズ達が一緒に運ぶのを手伝ってくれる。
転移門を造るのは宮殿内の一角だ。渡り廊下を挟んだ離れになっていて少し外れた場所だが監視塔からの視線がしっかりと通る場所で練兵場も近いため、防犯体制の高いポイントを選んだように見えるな。
「これなら防犯体制が高く安心だろうという事で選んだ場所です。転移門でやってきた賓客も離れの部屋にそのまま宿泊できますからな」
「それは便利ですね。魔法的手段での悪用の防止ができるようになっていますが、人の目があればそもそもそういった事を考える輩の予防にもなりますからね」
重鎮達の言葉に答える。さてさて、では始めよう。離れの広間は綺麗に片付けられていて、外にネシュフェル側が用意してくれた資材が置かれているという状態なので、これならすぐ魔法建築を始められそうだ。
まず施設回りの改造という事で床に魔石や魔石粉、ミスリル銀線で核や魔法陣を仕込んだり壁を構造強化したりと諸々の作業を進めていく。これらに関しては俺やお祖父さん達も手慣れたもので、それほど時間もかからずに作業が進んでいく。
結界を構築して施設そのものの防衛能力を上げ、一旦剥がした床を張り直しつつ広間の中央に転移門本体となる柱を立てていく。
柱の意匠は小さな模型を造って意匠をセルケフト王やオーラン王子に見てもらう。
――そうだな。精霊達とネシュフェルの人々、それにストラールというのはどうだろうか。オアシスのほとりで肩にノームを乗せたりシルフと握手をしている男女とウンディーネやサラマンダーを背中に乗せているストラール。こんな意匠だ。脇に精霊祭のマスクも配置して……と、こんなところでどうだろうか。
ネシュフェルの人々が活用している刻印術式をそのまま意匠上に再現した場合、普通に刻印術式が効力を発揮してしまう。というわけで衣服やポーズ等を利用して刻印術式の一部を覆われているように見せる事で機能を発揮しないようにするというのが良いのではないだろうか。
「平穏そうな雰囲気で良いですね」
「うむ。精霊祭にちなんだものやストラールというのも、ギメル族やヴェルドガル王国との新たな絆を感じられる部分だな」
二人も笑顔で応じてくれる。ストラールも「嬉しく思います」と反応してくれた。よし。では意匠はこれで決まりだな。
タームウィルズ側の準備も順調だ。あちら側の転移門の意匠は後で仕上げればいいので、まずは契約魔法と共に柱の起動と試験をしてしまおう。
そうして契約魔法を結んでから転移門を起動させて、タームウィルズとティルメノン間で双方向に移動できる事を確認する。
一時的な移動手段であった転送魔法陣を消して魔石粉等を回収すればティルメノンでの仕事は一先ず終わりだ。転移門でタームウィルズに戻ってから、今度はギメル族の集落へ向かう予定になっている。
「では、また後でお会いしましょう」
「うむ。またタームウィルズで」
双方の転移門ができたらセルケフト王達とエフィレトはタームウィルズで顔を合わせるという事になっているからな。
事後処理も進めているらしいから、それにまつわる話も後で聞くことができるだろう。
というわけで転移門を通ってタームウィルズに移動。転移港側の意匠を仕上げてから、また造船所に移動して転送魔法陣で今度はギメル族の集落へ飛ぶ。
今度はアルバート達、工房の面々も同行している。ギメル族の墓所に色々と防犯用の魔道具を仕込むからな。
「ああ、テオドール様。よくぞいらして下さいました」
ギメル族の集落ではエフィレトが待っていてくれた。奪還したギメル族の秘宝は肌身離さず持っているようで腕の中に大事そうに抱えている。
「お待たせしました」
「いえいえ。水晶板で見せていただきましたが、あれほど迅速に魔法建築を行ってしまうというのは驚きでしたよ」
「転移門に関してはあちこちで造ったので手慣れたと言いますか」
少し笑ってエフィレトに答える。というわけで早速建設予定の場所に案内してもらう。今度は集会場の地下を転移門の設備にして欲しいという事らしい。
「集会場の地下は緊急時の避難用として用意された場所だな。幸いにして歯が立たないような強力な魔物に襲われたという事はないが――」
と、エンメルが教えてくれる。
「見張りも立てやすい構造ですし、転移門があれば避難場所からの退路を確保する事もできますね」
ギメル族は他の国々のようにあちこちに拠点があるわけではないし、そうした使い方ができればいざという時に安心かも知れないな。そんな風に笑って答えつつ、早速作業に移る。
ネシュフェル王国と同じく、既存の設備内に転移門を追加する形なので、それほど作業量は多くない。
先程と同様の手順で作業を進め、また意匠を練ってエフィレトやラプシェム達に確認してもらう。
今度の意匠は……背景は森。ギメル族達の周りで沢山の精霊達が楽しそうに寛いでいるところだな。精霊と一緒にいるというのはネシュフェルと似た意匠だが、その数が多い。祖先が同じという事を考えればモチーフが近いというのも、悪くないのではないだろうか。
意匠の模型を見せるとエフィレトは笑顔で応じてくれる。
「ふふ。小さな精霊達が可愛らしいですね。では、これでお願いします」
決定だな。早速柱の加工と契約魔法をしてから転移門を起動させる。
ティアーズは自分が試してみるとマニピュレーターを振って、タームウィルズとギメル族の集落間を移動してくれていた。モニターの向こうに移動したティアーズに、にっこり笑って手を振り合うエフィレトである。
転移門の動作確認も終わったところでこちらでもしっかりと転送魔法陣の片づけを行う。
「それじゃあ、警備と防犯用の結界構築と魔道具の設置をしに行こうか」
アルバートが笑顔を見せた。そうだな。今回の防犯システムに関しては……まず契約魔法で条件付けをし、ギメル族の墓所へ、盗みや破壊等……悪意を持って立ち入った場合、集落側に警報が鳴る、というものだ。
同時に結界が展開して地上と地下が封鎖され、矢印の呪法も張り付く。だが、周辺が密林という環境を考えると、樹冠より長く伸ばさないと追跡しにくくなるので今回の場合、頭の上に光り輝く長い柱のようなものが張り付く事になる。
これなら精霊達に聞き込めるギメル族ならば、万が一にも見逃す事はあるまい。
「防犯装置が起動した場合、地上部分の結界は選択式なので味方は通し、侵入者側の逃亡や更なる侵入は阻害。地下部分への移動は多重結界で一時的に完全封鎖といった具合になりますね。それと……侵入者は、頭の上にこういったものを張り付けて過ごす事になります」
「くっ、ははっ、それなら万が一にも逃げられる事はないな」
幻術で実例を見せると、それを目にしたラプシェムがその場面を想像したのか、こらえきれないといった様子で愉快そうに笑い、エンメルやレシュタムも肩を震わせていた。うむ。
墓所にいる面々に対してはエフィレトから既に説明をするために祈りを捧げているそうで、返ってきた魔力反応は温かなものでしたとの事である。
そうして密林を少し進むと墓所が見えてくる。では……防犯設備を敷設していくとしよう。




