200 女神と王族
ローズマリーの魔法人形は魔法生物の一種だ。人形の素体を作り、そこに実体を持たない、いわば精霊のような魔法生物を宿らせて定着させる。
人形という器に疑似の魂を込めるようなものである。性能は千差万別。人形素体の出来、不出来に使用する材質といったハード面だけでなく、内側に宿る魔法生物作製に用いる触媒の種類に術式のアレンジと改良等々、ソフト面の完成度も問われるからだ。
俺がアナスタジアの屋敷で戦った人形は、ある程度の部品ごとに独立、連携させることで破壊されても、複数の人形が部品同士を補えるという設計思想だった。少々破壊されても即座に無傷の者同士が組み上がって戦えるようにというわけだ。
その設計思想のお陰で、複数体が連結、一個の巨大な人形として活動するなんてことも可能だった。群集としての強さと、個体としての強さの両立を図っていたんだな。
今回作るのは、単純に個としての強さを追求した一品物となる。竜牙兵がいたし、合体させれば補えたからそういう突出した人形は後回しにして作らなかったそうだが、構想そのものは前からあったそうだ。
「人形の素体を組み上げるから、装甲を作ってほしいのよね」
俺が開発協力を申し出ると、ローズマリーは何やら悪巧みでもするような笑みを浮かべた。そんなわけで、娯楽室のテーブルの上に図面を広げて諸々話し合いをする。
娯楽室でやっているのは、俺のところには戦闘経験豊富な面々が揃っているので彼女達の意見も聞きたいという理由からだ。
茶菓子を用意してゆっくりと寛ぎながら人形開発の話を進めようというわけである。
「材質は?」
「ミスリル銀。裏面に構造の補強や強度を上げるための術式を刻んでエンチャントする」
「なるほど。軽さと強度を両立させながら、更に魔法で補うと」
それは確かにアルフレッドに頼むのが良いだろう。ブライトウェルト工房なら特注品の鎧を作ってもらうのも可能だし、そこに術式を刻むのも自由自在というわけだ。
「防御面はそれでいいけれど……エンチャントを発動させていると、組み込んだ魔法生物が息切れするかも知れないわ。そこは素体に魔石を組み込んで補ってやれば、力も強くできるし動きも機敏にできると思うのよね」
「機動力の問題なら、空中戦装備を最初から組み込んでおくのもいいんじゃないかな」
腕力に装甲、更に機動力と飛行能力……うん。単純明快に強いというのは良いことだ。
「空中戦装備を組み込むのは各々の箇所に魔道具を取り付けるだけだから今までやってきたことと大きく変わらないけれど……そうなると人形素体のほうには半端な魔石は使わないほうが良いだろうね」
「それでしたら、巨人の魔石はどうでしょうか?」
話を聞いていたグレイスが言う。
「巨人の魔石? そんなものがあるの?」
「この前グレイスが炎熱城砦で仕留めたんだ」
「そんな貴重な物、使わせてもらっていいのかしら? わたくしはまだ何もしていないのに」
「良い物ができれば、それだけテオの身の安全にも繋がると思います」
グレイスの言葉にローズマリーは目を閉じて穏やかな笑みを浮かべる。
「……そうね。確かにそうだわ。大切に使わせてもらうわね」
「はい」
昨日零していたローズマリーの言葉によると、この家の住人は裏表を読む必要がなくて割合毒気が抜かれるのだとか。
二度に渡って俺を危険な目に遭わせたから、もっと責められるものと思っていたのに拍子抜けしたそうだ。まあ……本の一件はローズマリーのせいではないだろうし、色々協力してくれていたのはみんな知っているからな。
王位継承権を失って立場が違っているというのもあるのだろうが、ローズマリーの人当たりが柔らかくなっていると感じるのはそういう部分からなのだろう。グレイスも王城――特にローズマリーの身の周りにはいなかったタイプだろうしな。
「――俺としては、フレイムデーモンの魔石を使って人形用の武器を作りたいと思ってるんだけど」
「武器?」
「魔道具になるのかな。それも併せてアルフレッドに頼みたい」
「僕は構わないけど、何が飛び出すのか興味が尽きないな」
ふむ。口で説明するより土魔法で模型を作ったほうが早いか。人形の設計思想からして前衛として運用するのだろう。となれば近距離戦で使えるものが良い。そのうえで火魔法を活用するわけだ。
炎熱城砦に挑むことも考えると、火をそのまま使うのはあまり有効ではない場面が増えるだろう。とすると、物理に特化させて汎用性を得ることにしよう。魔法面でのサポートはローズマリーができるからだ。
「これは……手甲?」
クロー付のガントレットのような武器だ。見た目が少々厳つくなるのは致し方ない。
「手甲としても使える。ここに魔石を仕込んでおいて、使う時は鉤爪を引っ掛けて固定してから火魔法で――」
軽い火魔法でギミックを発動させると、手甲から杭が勢いよく飛び出す。アルフレッドとローズマリーの目が丸くなった。
要するに――パイルバンカーである。普段は鉤爪付のガントレットとして攻防に利用し、大物に対してはパイルを叩き込むというわけだ。
「杭の芯にはバリュス銀を使って重量を確保。周囲をミスリルで覆って、杭を叩き込んだ後に内部から魔法を発動させられるよう術式を刻む……と。こんなのはどうかな? 改良の余地は多いと思うから、ビオラとも話し合って実験もしないとな」
弾丸として飛ばしたほうが良いんじゃないかという考え方もあるが、普通の金属では威力が心許なく、バリュス銀やミスリル銀は貴重だから使い捨てるにはコストが高くつき過ぎる。それに、明確に銃を開発するというのも後々の影響を考えるとな。
その点で言うなら、稀少な魔石を使用した魔道具であれば、解析も難しいし後追いもしにくい。闘気などには頼らないで済む分、人形の武器としても向くだろう。
「内部で魔法をって……」
「……よくこんな物を考え付くわね」
2人は俺から受け取った模型をしげしげと眺めている。
「火魔法でこうなるのは……爆風の圧力を利用しているわけね。手甲ごと破裂するなんてことはないのかしら?」
「そこはレゾナンスマインの応用で、爆発に指向性を持たせて杭を撃ち出すように力を一点集中させる」
術式記述は担当させてもらうが、いずれにしても実験してからだ。肝心の威力が未知数である以上、貴重な魔石を使って作ってはみたが弱くて話にならないでは困る。魔石を組み込む前に発射機構だけ作って、威力の程を見ておく必要があるだろう。
とりあえず、必要な素材の種類や量には目星がついた。アルケニーの生地を仕立て屋に見てもらう必要もあるし、後日資材の買い出しに出かけることとしよう。今日のところはローズマリーの歓迎会も兼ねて家でゆっくりする予定だけれど。
「そういえば、変わった使用人が多いのね」
一区切りついたところで、ローズマリーは娯楽室で休憩している使用人を見て首を傾げた。純粋に疑問といった様子。能力主義故に出自には頓着せずといったところか。
クラウディアの素性をまだ聞かされていないからな。こうなった経緯も知らないわけだ。
「ああ、それは――」
「テオドール。私から説明するわ」
クラウディアが俺の言葉を引き継ぐ。マルレーンと共に祝福で本の呪法を無効化するという部分だけ伝わってはいるが、クラウディアの立ち居振る舞いが貴人のそれであるから、ローズマリーとしては気になっているところだろう。
クラウディアが自分の素性を話して聞かせると、さすがに予想外だったらしく、ローズマリーは言葉を失っていた。
「国守りの儀の契約相手……。知らぬこととは言え、無礼を働きました」
ローズマリーは臣下の礼を取ってクラウディアに片膝をついて頭を垂れる。そこには一切の躊躇いがない。……まあ、そうだな。ヴェルドガルに王権を与えたに等しい相手だし。
「えっと……普通に接してくれると私としては嬉しいわ」
「それをお望みならば。しかしそうする前に、尊敬申し上げますと、お伝えしておきたく存じます」
「あなたの言葉は確かに受け取りました」
その言葉を受けて、ローズマリーは立ち上がる。誓約魔法の内容から考えると、ローズマリーの今の言葉には裏表や駆け引きがない。
尊敬。世界再生の責を負ったことか。その後長年に渡り、迷宮の礎となって王国を支えたことか。同じ王族の生まれとしても。ヴェルドガル王家の一員としても。それに、能力主義を掲げるローズマリー個人の考え方としても、クラウディアには色々思うところがあるのだろう。
しかしまあ……クラウディアの事情を知ってこの反応ということは、ラストガーディアンを倒した後の迷宮の術式解析場面でも意欲的に手伝ってくれそうで、有り難い話ではあるかな。




