番外1318 墓守との対話
迷宮核から工房へ戻ると、墓守の上半身と下半身はきちんとミスリル銀線で繋がれていた。
「おかえり。今繋いだ部分がちゃんと動くか調べてるところだよ」
アルバートが笑みを向けてくる。テーブル二つを置いて間に隙間を作り、その間に墓守が入ってテーブルの板面で上半身を4本の腕によって支える。そうやって上半身を宙に浮かせた状態で、半身をその下に配置。通常に近い体勢で足がきちんと動くか確かめるというわけだな。
「ああ。ただいま。順調みたいだね」
墓守はその場で4本の足を足踏みしたり、関節の可動域がきちんと動くか一本一本確かめたりといった動きを見せていた。
「どうだろうか?」
オーラン王子が笑顔で尋ねれば墓守はこくんと頷いて応じる。問題はない、と言っているように見えるな。
「良いみたいだね。対話の準備もできるようにしてあるけど、その他に僕がやる事はあるかな?」
「墓守の制御術式が、今の時代の術式との間に齟齬が起こらないように対策も練ってきたんだ。これを対話で組み込む魔石に刻んでおいてもらえると助かるよ」
迷宮核で構築した変換用の術式を魔道具化してもらうために、紙に着色して術式をプリント。内容に間違いがないか確認してアルバートに手渡す。
「ん。分かった。これならそんなに時間もかからない、かな?」
「解析した時に仮想ではあるけれど試験もしたからね。ある程度洗練されて、魔石に刻みやすくなってるとは思う」
シミュレーションを重ねた分、術式も無駄がなくなったというか。仲立ちを行う性質上、魔道具化というより魔石に組み込んであればそれで事足りるからな。
アルバートは術式をプリントした紙を受け取ると、早速作業に移った。
俺の方は墓守の外装を除いた素体部分を修復していこう。墓守の身体は古王国で作られた段階できちんとメンテナンスもできるように想定して組み上げられているようで、後からでも対話用の魔石を組み込んだりするのに問題はないようだからな。
今の上半身を力加減で浮かせた体勢は修復にかなり都合がいいというか。
「修復作業については工房の人達の指示に従って動いてほしいと伝えてあります」
「ああ。それは助かります」
オーラン王子にお礼を言う。墓守は外装を外した状態だ。素体部分の欠片等を用意しておき、修復の準備が整ったところで墓守にこちらからの指示を伝える。
「それじゃあ……少し身体を降ろして、浮かない程度に破断面を軽く乗せて合わせるぐらいのところで上半身を固定してもらえるかな?」
そう言うと墓守は言葉通りに動いてくれた。ぴったりと破断面を合わせ、全くブレない状態を作ってくれている。人がここまで正確に力加減をするのは中々に大変だが……こういうのは魔法生物の得意分野だな。
オーラン王子やラプシェム達、それにマクスウェル達が見守る中で作業を進めていく。
マジックサークルを展開。小さな光球を作り出し、まず破断した部分を光球の中で溶かすように繋いで、元通りに修復していく。欠けている部分はあるが、そこは破片になっているだけなので一周ぐるりと素体を繋いだところで欠片も光球の中に溶かし、穴埋めするように修復していく。
「凄い術だな……」
ラプシェムが光球の術とその結果を見ながら声を上げる。
「光球によって材料を混ぜて自由に形成する事のできる術式で……ブライトファーネスと言います」
一般に知られていない術だから階級として分類されていないが……難易度として見るなら第7階級ぐらいだろうか。
破断面を概ね繋ぎ合わせてから仮想循環錬気を行い、損傷箇所だけでなく墓守の素体全体に残っている金属疲労や劣化、微細な罅といった細かな損傷部分も見つけて修復していく。
修復が進む度に墓守は小さく頷いていた。何となく納得しているというか歓迎しているというか、そういった印象を受ける。マクスウェル達も核や目を明滅させて嬉しそうにしているな。
「ふふ。皆さん喜んでいますね」
マクスウェル達のそんな反応にグレイスも嬉しそうに笑って、小さく肩を震わせる。
「やっぱり友人が増えるからかな」
「それもあるが……我らの意識が形成された時のことも思い出して嬉しくなる、というのもあるな」
マクスウェルがそう言って核を明滅させ、アルクス達も同意するように首肯していた。ウロボロスやカドケウス達からも嬉しそうな反応が伝わってくる。うん。それは何よりというか。
「よし……一先ずの修復は、これでいいかな。中庭で少し動いてみて、違和感がないか試してもらえるかな?」
素体部分の修復が終わったところで墓守にそう言うと、墓守は素直に頷いて工房の中庭に移動する。そうして中庭を走ったり跳躍したり、武器を4本の腕に持って振るったりもしていた。やがて納得したというようにこちらを見てくる。
「動きに問題はない?」
尋ねるとこくんと首を縦に振る。その様子にオーラン王子も安心したようだ。
「何よりです。後は自意識の構築でしょうか」
「そうなりますね。魔石ができあがってきたら内部に組み込んで意識との対話を進める事になります」
オーラン王子としては最後まで諸々の作業を見届けたいという事なので……このまま進めてしまおう。観光等をするにしても気がかりがない方がいいだろうし、当人達としても「国外の視察という意味でならこれ以上ない程貴重なものを見せてもらっています」と、そんな風に笑って言ってくれた。
対話の準備という事で工房の一角で魔法陣を描いて内容を確認。それらの作業を進めていると、アルバートも顔を出して魔石の準備ができたと言ってくる。
「ではそっちについては儂らで進めていこうかの」
「お手伝いしますね」
お祖父さんの言葉にビオラ達も笑顔でそう言って、魔石を墓守の内部に組み込んでいく。元々切り札を収納していたスペースがあるからな。体内に新たに部品を組み込むのは難しい事ではないようだ。その間に俺も外装の修復を平行して進めていると、エルハーム姫が「魔石を組み込む作業が終わりました」と教えてくれた。
オーラン王子もできる事があるなら協力したいと言ってくれたので、一緒に魔法陣の中に入って補助的な役割を担ってもらおう。直接の対話というよりは俺の入る円の隣にある円に入って、祈るというか想いを込めてもらえば大丈夫だ。
「ここに座ればいいのですね?」
「はい。後は――今回の事件や墓守に対して想った事を祈りの中に込めて頂ければと思います」
「分かりました」
神妙な表情で返答するオーラン王子である。では――対話と行こう。
墓守にも魔法陣の中心に入ってもらって向かい合う。みんなの見守る中でマジックサークルを展開すれば、魔法陣も輝きを宿した。
オーラン王子と共に目を閉じる。そうして――意識が沈んでいく。後ろから明るい輝き。オーラン王子の祈りだろう。感覚的な話ではあるが、進んでいく方向に小さく輝くような墓守の意識が感じ取れた。
まずは……挨拶をしていこう。自己紹介は既に済んでいるから、よろしくね、と声を掛ければ応じるように反応がある。
何となくではあるが言いたい事というか、意思も伝わってくるな。
自意識が必要な理由というのがよく分からないが、工房の皆や、この対話での俺やオーラン王子の魔力や想いは何となく心地が良い、とそんな風に伝えてくれているようだ。
『そうだね……。高度な自意識を得るっていうのは、そうして今感じているものを他の人に返す事もできるっていう事でもある。最初に与えられた任務は完遂してくれたわけだし、戦いや守護以外のものに目を向けてみるのも良いんじゃないか、友人や仲間として一緒に過ごせたら嬉しいって……そんな風に俺やオーラン殿下は考えているんだ』
そう伝えると、墓守の意識がおずおずと頷くのが分かった。うん。ゆっくりと丁寧に対話を進めていこう。色んな想いを伝えれば、対話の中ならそうした想いは伝わるから。