番外1317 王子の願いは
まず元の形で修復するならば、という事で現状について話をして情報共有をしていく。
「僕達の調べたところでは……破損状況はそんなに悪くないかな。重要部分は傷付いていないからね」
「外装内部に収納されていたものを切り札と仮称しますが……魔力供給等で核と連動していたとか、通常の攻撃手段として流用していたわけでもないようですからね」
アルバートが言うとヴァレンティナがそんな風に補足してくれた。
「となると、ミスリル銀線で砕けた半身を繋ぎ直して、素体と外装を修復すれば一応元通りではあるのかな」
「テオ君の術式なら素体と外装部分の修復は問題なくできそうだね」
アルバートが言っているのは飛行船の製造に使った光球融合と形成の術式の事だな。あれならば確かに墓守の修復はすぐにできるだろう。内部構造の修復も、現時点で間に合わせの足を動かせる状態だからそれほど時間はかからないだろうし……それらについてはすぐに取り掛かってしまっても良い。
「ただ……私の意見としては任務から解放された現状、墓守をそのままにしておくのは忍びないと思っています」
「そうですね。その辺は僕としても同意見です」
オーラン王子の言葉に頷くと、マクスウェルやカストルム、それにアルクスやヴィアムスのスレイブユニットがこくんと頷いたりしていた。
ドリスコル公爵家のライブラも、魔法生物への高度な自意識形成と聞いてモニター越しに顔を見せている。
イグニスやティアーズは自意識が薄い部類だがこっちに視線を向けているので何となく顛末は気になっているのだろう。
「君自身は……どうなのかな。私が任務から解放すると言ったら、それを承知してくれるのかい?」
オーラン王子が墓守に尋ねると、少しの間を置いてこくんと頷いていた。状況判断の結果か、それともオーラン王子がネシュフェル王族の血筋で、墓守への命令権が残っているからか。ある程度判断能力が高いからと他の面に思考が向いたりするとは限らないというのが難しいところだ。
墓守の動き等から言ってもオーラン王子は勿論、ラネブもそうした権限を有していた、というのは間違いなさそうではあるが……。
「この辺は自意識次第という部分がありますね。長年任務に縛られてきたのですし、これからはそういったものから解放されて暮らして欲しいというのは僕も心情としてありますが、自意識次第ではそこから解放されても次の指令がないと自発的な要望が見つけられない、といった形にもなってしまいかねません」
「それは――私としてはあまり望んでいる形ではありませんね。いや、テオドール公の身の回りを知っているから思う事ではあるのですが」
オーラン王子が真剣な表情で思案しながら言う。そうだな。墓守と共闘した事もそうだが、俺の身の周りにいる魔法生物達を見て事例を知ったから、というのも後押ししている部分もあるだろう。俺と魔人の共存の話。生前のジェーラ女王の掲げた政策。ギメル族や流浪の一族とこれから。
そういった諸々の出来事に対するセルケフト王とオーラン王子の答えでもある。
「後天的に自意識を高める事も可能です。核となる魔石を増やし、対話を行う事で、魔法生物の記憶を保持したまま自意識を強くする、というわけですね」
『私がそうした前例に当たります』
と、モニターの向こうでライブラが言う。
その辺を進めていく資材その他についてもカストルムの一件でまだ予備があるので、こちらもあまり時間を必要とせずに実行に移せるはずだ。
そして、それを行うにはいいタイミングか。オーラン王子が墓守と共にラネブを退けた後に、身動きの取れない墓守を守ろうと動いていたし、そのオーラン王子が一緒にいるというのは状況として申し分ない。自意識の形成に際し、良い方向に作用してくれると思う。
そういった説明をすると、オーラン王子と共に中継でこちらの状況を聞いたセルケフト王も真剣な表情で頷いて方針に同意してくれた。
墓守当人はと言えば……任務がなく宙に浮いた状態なので断る理由もないといった様子だ。墓守としての役割を負ったが、そもそも古王国から続く王家に仕えるという役割だったから次の任務を待っている、というところなのだろう。
「私としては……これから先、彼とも隣人や友人として共に歩んでいけたらと、そう思っています。任務としてそうして欲しいと言っても意味がないと思いますので、それは自意識の形成が終わってから改めて伝えたい、と考えています」
オーラン王子は一旦言葉を切り、それから墓守に視線を向けて言う。
「ネシュフェルの王族に連なる者からしか君に指示を出せないというのならば、共に肩を並べて戦った私が責任を取りたいと思っている。君には修復と共に、改修を受けて欲しい」
オーラン王子がそう伝えると、墓守は言葉の意味を吟味するように少しの間を置いて、それから静かに頷いた。人の感情というか想いというか。そういうものが多分に含まれているから合理的な命令ではないが、それでも幾分かは伝わっているものがあると思う。
みんなも思うところがあるのか、目を閉じたり静かに首肯したりといった反応を見せていた。
では――決定だな。
「分かりました。では……その方針で進めていきましょう」
そう言うと、オーラン王子達も頷く。
「作業風景を見せて貰ってもいいでしょうか?」
「我らも差し支えなければ見せてもらえると嬉しく思う」
オーラン王子とラプシェム達が言う。
「勿論問題はありませんよ」
そう応じると、オーラン王子達は礼を言って笑みを見せた。
「それじゃあ早速取りかかっていこうか。まず核となっている魔石を見て、制御術式を見せてもらうところから始めたいと思う」
「それが終わったら、素体部分と外装を直す前に内部を繋ぎ直し、かのう」
俺の言葉にお祖父さんが言う。順番としてはそうなるかな。不測の事態を防ぐ意味でも術式を見た上で進めていきたい。
墓守は頷くと、こちらに任せるというように外装を外し、核として機能している魔石の部分を見せてくれた。ウロボロスをそっと翳して魔力波長を合わせ、仮想循環錬気をしながら刻まれた制御術式を読み取っていく。
ウィズで制御術式を解析。墓守の制御に使われている術式は、作られた当時――古王国のもので技術体系は現在と違うが、実際の魔力の動き等からある程度挙動を追える。
読み取った部分は念のために迷宮核でも解析して万全を期すか。自意識形成を進めるには準備も必要だし、半身の内部構造を繋ぎ直したりもするので、まだ時間はある。
「それじゃあ、他の作業を進めている内に少し解析を進めてこようかと思う」
「ん。分かった。こっちでできる事は進めておくよ」
と、アルバートが言う。では、俺の方でも仕事を進めていこう。
そうして迷宮核に飛んで、得られた制御術式周りの情報を入力し解析を進めていく。古王国のものと、今の時代の術式との仲立ちを行う変換機のようなものがあれば齟齬が出る事もあるまい。
術式の海の中でシミュレーションを行う。
これなら……うん。問題なく進められるな。これまでの記憶も保持できるし、自意識や記憶に使われる領域を増設しても大丈夫だろう。
変換機に関する術式も組み込んでさらにシミュレーションを重ねていく。挙動の安定性。伝達速度。諸々問題なさそうだ。
しばらく迷宮核内部の仮想空間でそうした作業を進めていたが、カドケウスを通して外部情報を確認すると、工房側でも墓守の内部……回路の繋ぎ直しが終わるところだった。破損部分は治っていないが繋ぎ直したので足は動かせるといった具合だな。
術式構築も問題無さそうだし、素体と外装の修復で元通りの状態にするところまではすぐに進めてしまって良いはずだ。では……迷宮核から戻って工房の作業の続きといこうか。