番外1313 南から北方の国々へ
ジェーラ女王の墓所の入口――野営地の荷物の中にあったラネブの手記や古文書、研究資料等は、俺達が墓所内部で作業中にティアーズやアピラシアが回収、リンドブルムがシリウス号に運搬など作業を進めてくれていた。
これらの手記、書物、資料はネシュフェルに引き渡された。目を通した上で表に出せないものは封印といった形になるのだろう。
とは言ってもギメル族の秘宝の利用法はジェーラ女王の知識によるものだったので、手記等にも書かれていないようではあるが。
重要物を引き渡してしまえば俺達としては肩の荷が下りたというところだ。ネシュフェルでの宴会をのんびりと楽しませてもらう。
宮殿での宴会はささやかながらとは言っていたが、感謝の意や事態の収束、みんなの無事を喜ぶといった意味合いもあって、料理等は結構気合が入っているというか手が込んでいるのが分かった。
鳥の魔物に香草を詰めて焼いたもの、スパイシーなスープ。魚料理も出されたが……これは砂を泳ぐサンドフィッシュという魔物らしい。
境界迷宮でも砂塵回廊という区画に砂中を泳ぐ鮫がいたし、砂漠に適応した魔物魚もいる。地方によっては空を飛ぶ魚の魔物もいるしな。
地球でも肺魚という魚がいるのだったか。名前の通り呼吸器系が発達していて、乾季には土の中で繭のような膜を作って耐える、という中々面白い生き物で、景久の記憶でも割と印象に残っている。
件のサンドフィッシュについては――水ではなく土属性の魔物という事だそうで……陸に適応した魚魔物だな。だが実際に食べてみれば癖のない上品な白身魚といった印象だ。臭み等はなく食べやすい上に砂漠に適応している事もあって傷みにくいらしく、ネシュフェルでは結構メジャーな食材らしい。
その他にも楽士達が演奏をしてくれたり、色々と賑やかな時間を過ごさせてもらった。ネシュフェルはギメル族と祖先を同じくするが、住む場所として砂漠地帯を選んだからか、ギメルとは違う独自の文化発展をしているな。
独自の形状をしたハープや太鼓、ウードと呼ばれる弦楽器。ネイと言われる笛やオカリナ等々、幾つかの楽器はギメルと似た部分もある。
それらの楽器から奏でられるのはゆったりとした幽玄で独特な旋律で、ギメル族の奏でる音楽とはまた少し違う。如何にも砂漠の国といった雰囲気が感じられるので俺としても中々に楽しい。
テスディロス達もゆったりとした音色に軽く身体を揺らしてリズムを取っていたり、割と楽しんでくれているようで何よりだ。アウリアあたりは酒杯を片手に見た目にも上機嫌なのが分かるぐらいににこにこしていたりするな。
そんな調子でネシュフェルでの宴会も賑やかに過ぎていった。
そうして明くる日。ゆっくりと休ませてもらってから遅めの時間に起きて、朝食をとり、その後で少し今後についての打ち合わせをしてからタームウィルズに帰る、という事になった。中継の為にハイダーを残し、転送魔法陣も宮殿の一角に用意したから後で転移門を建造するための準備も整っている。
ネシュフェルからはオーラン王子とその護衛数名。ギメル族からはラプシェム達3人がタームウィルズに同行して今後の話をするという事になっているので、引き続き一緒に船に乗って移動していく。
ネシュフェルもお土産を色々持たせてくれた。民族衣装や楽器、装飾品等々だ。こちらもお返しの品を渡しているのでセルケフト王も機嫌が良さそうにしている。
「ふっふ。では道中気を付けてな。タームウィルズとフォレスタニアに訪問する日を楽しみにしている」
と、セルケフト王が見送りの言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます。転移門建造等で少ししたらまたお会いする事になるとは思いますが……僕としても今後の交流等々含めて楽しみにしています」
「うむ」
そう言ってセルケフト王と握手を交わした。
昨日の宴会で紹介されているが宰相や騎士団長、宮廷術師といった重鎮達も見送りにきてくれているな。オーラン王子とラプシェム達も笑顔で彼らと言葉を交わしていた。
事後処理の関係でシリウス号は姿を見せていないから、宮殿の入口のあたりまで見送ってもらってから、街中をラクダの引く車で移動していく。
国外からの大事な賓客と、当たり障りのないところでの情報が周知されているそうで、色んな人が沿道まで来て見送りに来てくれた。
文化面や身体的特徴でも色々違うので物珍しさもあるのだろうけれど、笑顔で大きく手を振ってくれる子供がいたりと中々に微笑ましい。
「事後処理が一段落すれば此度の話も、もう少し周知される事になるでしょう」
「その時はもっと皆で大々的に歓迎ができそうですな」
オーラン王子と護衛の武官がそう言って笑顔を見せる。それは何というか……俺としてはやや気恥ずかしいものもあるが、感謝の意をきちんと示すというのは悪い事ではないな。お互いの関係に円満に働くとは思うし。
王都を出て、郊外に隠蔽フィールドを纏ったまま停泊させていたシリウス号に乗り込む。そうして俺達はタームウィルズに向けて出発するのであった。
エルハーム姫やエギール達……バハルザードとシルヴァトリアの面々も同行しているが、転移港で移動できるのでやはり帰路の道中、どこかに立ち寄る必要はない。
シリウス号は速度を十全にあげて、高空を最短となる直線航路で移動していく。そんな中で、元々俺達がネシュフェルにやってきた理由――ガルディニスの遺した物品に関する話題も出た。
「――では、テオドール公は帰ったらまた忙しくなりそうですね」
「いえ、お気になさらず。確かにガルディニスの遺した品は封印しなければなりませんが、不測の事態に対処できるよう、元々日数の余裕があるように予定を組んでいますから、魔法建築等を含めても大丈夫ですよ」
転移門の建造などもあるからだろうか。やや申し訳なさそうに言うオーラン王子に、苦笑して答える。
ガルディニスの遺産については既にフォレスタニアの宝物庫等に一時的に保管しておいて、盗みに入れないような迷宮の奥に封印してしまうというのが良い、とメルヴィン王達にも話を通してあるからな。
新しく封印用の区画を造るか、それとも既存の区画を利用するかはまだ決まっていないが、すぐさま移動して封印しなければならないというものではないな。フォレスタニアでも十分防備は厚いし。
転移門や警備システムの構築も…喫緊の事態というわけではなく予定を前後させる事も可能だから融通が利く。まあ、墓守の修復については早めに進めてやりたいとは思うが。
そんなわけで出産予定日、魔人達の結集といった今後の予定と照らし合わせても、ガルディニスの遺品、ネシュフェル王国とギメル族に絡んだ一連の仕事については一先ず問題は無さそうだと見ている。
「それから……皆さんの暮らしている場所からはかなり北へ移動する事になります。今は季節が冬という事もあって寒いので、その辺で更なる対策が必要な場合は気軽に伝えて下さいね」
「私も、ヴェルドガルに来た時はかなり肌寒く感じましたね」
俺の言葉に苦笑するエルハーム姫である。オーラン王子やラプシェム達は神妙な表情で頷いていた。砂漠の夜は冷えるという事もあって防寒対策がないわけではないし、刻印術式もあるが一応な。
「ヴェルドガルというのはどのような国なのだろうか?」
と、エンメルが尋ねてくる。
「平和で良い国ですよ。迷宮があるから、色々と珍しいものも見られますね」
そんな話をしながら進んでいくと、やがて遠くにセオレムの尖塔が見えてくる。セオレムの規模等もその分かりやすい例と言えるだろう。遠景だからこそその巨大さが分かる。ラプシェム達は北方の国々に関しては疎いようで、それを見て驚きの表情を浮かべるのであった。