番外1312 ティルメノンへの帰還
「道中お気をつけて。此度は本当にありがとうございました」
「我ら一同、道中の無事を祈っておりますぞ」
エフィレトや古老達を始めとしたギメル族が見送ってくれる。
「こちらこそありがとうございます。またすぐに会う事になるとは思いますが、皆さんもお元気で」
「はい。テオドール殿」
俺からも返答をして、シリウス号に乗り込む。
昨晩の宴の合間にではあるが、薬草、香草の種をお土産として貰ったり、衣服や装飾品、楽器を交換したりと、物々交換ではあるが交易のような事もしている。
「ヴェルドガル王国の細工物は装飾が綺麗ですね。職人達も良い刺激になると言っていましたよ」
交換した時、そんな風にエフィレトは言っていた。個々人の物にするというよりは装飾の技法等をギメル族の職人達にも取り入れて貰おうということらしい。
そんなわけでお互い得るものが多い滞在だった。そうして別れの挨拶をしてからみんなでシリウス号の甲板に乗り込み、点呼と確認を行う。全員揃っているし、忘れ物もない。問題はないようだ。
「それじゃあ、行こうか」
そう言うと、アルファがこくんと頷いて、ゆっくりとシリウス号が浮上し出す。
「ふっふ。子供達も精霊達も元気で良いのう」
アウリアが上機嫌そうに甲板から手を振る。俺達も視線を眼下に戻して甲板から手を振れば、ギメル族の子供達や沢山の小さな精霊達も一緒に手を振って応えてくれた。契約している精霊もそうでない精霊も色々のようだが……総じてギメル族とは仲が良さそうで何よりである。モニターの向こうでもみんながギメル族の様子やそんな言葉に表情を綻ばせていた。
そうしてシリウス号が浮上していき、段々とギメル族の集落から遠ざかって行った。
まあ中継は繋がっているのでまだ話はできるが……流石に中継モニターを通すと顕現していない精霊は見えなくなってしまうからな。雰囲気は大分変わってしまうところがある。
そうして緑の中にギメル族の集落が埋没して見えなくなったところで、甲板から艦橋へとみんなで移動する。そうしてシリウス号はまた隠蔽フィールドを纏い、速度を上げてネシュフェル王国の王都ティルメノンに向かう航路を取るのであった。
「いやはや、我が国は長らく平和が続いていたと思っていたのに、ここにきて大変な騒動もあったものです」
「ですが王都への帰路となるとやはり安心しますな」
「お前達……戻ってからも後始末や事後処理が大変なのだから、あまり気を抜くのもどうかと思うぞ」
お茶を飲みながら、ネシュフェルの武官達がそんな風に言葉を交わす。
「はっは。まあ皆、大きな怪我がなかったのは何よりだ。後始末とは言っても、荒事はもうほとんどなくて済みそうだからね」
オーラン王子はそんな風に快活に笑って言う。
『イムロッド達の一族も……話を聞く限りでは平穏を望んでいるようだものね』
「確かに、それに関してはかなり有意義な情報だね。一族としての意向が分かっているなら、接触もしやすい」
「そうですね。話の方向性として受け入れられやすい内容で進めていく事ができそうです」
羽扇で口元を隠して言うローズマリーの言葉にそう答えると、オーラン王子も表情を真剣なものにして頷いていた。事後処理に関してはラネブの行動の全容を明らかにしたり、他に協力者がいないか追跡調査したりといった内容になるが、それらもデレクが調べてくれるらしい。
デレクは夜長鳥の囀りを併用した魔法審問に慣れてきたと言っていたし、その言葉通りに効率よく進めてくれているからな。早期に事態解決に動けたというのもあって、そういった人物がいたとしてもこちらに対応するのは中々難しいのではないだろうか。
審問で必要な情報を引き出したら闘気や魔法を封印して国元に送り返す、ということになるか。
他にも墓守の壊れた身体を修復したり、魔法建築や警備システムを構築したりといくつかやる事は残っているが……きっちり進めていきたいところだ。
そうして今後の予定等について話をしつつ、シリウス号を飛ばしていくと、やがて王都が見えてくる。復路は寄り道の予定もなく、探し物をしているわけでもない。高度と速度を上げての移動だったのでそれほど時間はかからなかった。
まだ後始末も残っているだろうから騒ぎにならないようにと、隠蔽フィールドを纏ったままでティルメノンの近辺にシリウス号を停泊させた。程無くして宮殿から武官が迎えにやってきて……そうして俺達はセルケフト王から宮殿に迎えられたのであった。
「すっかり世話になってしまったな。ジェーラ女王とラネブが本格的に動き出していたら、きっと多くの血が流れただろう。我らだけでは対処が難しかったというのは不甲斐なくはあるが……テオドール公には王として、本当に感謝している」
宮殿でセルケフト王と顔を合わせると、丁寧に礼を言われてしまった。
「他国にも影響が及ぶ可能性がありましたし、僕自身の生き方として、退けない場面でもありましたから」
「そう……であったな。魔人達との約束、か」
俺の返答に、セルケフト王は静かに目を閉じて言う。ある程度の俺の事情は話をして把握してくれているからな。
「我が国はデュオベリス教団以外にあまり魔人との接点はないが……テオドール公の目指しているものは応援している。此度の事への恩もあるのは勿論だが、古王国からの成り立ちを考えてもな。我が国としてはテオドール公への協力を惜しまないと伝えておこう」
「ありがとうございます」
セルケフト王に俺からも一礼を返す。
古王国からの成り立ちか。融和を選んだ結果としてのネシュフェル王国の今の姿だからな。融和は過去の事で、当人達は殊更意識したりしてはいないのだろうが、歴史的な背景を追っていけばそういう見解にもなるか。ネシュフェルとギメルの祖を辿れば根が同じというのは文化や魔法技術体系から見ても分かるし。
ともあれ、セルケフト王は国元に戻る前にゆっくり休んでいって欲しいと、そんな風に言ってくれた。
まだ事後処理が残っているのであまり大っぴらに功績を明らかにして大々的な祝勝の宴とはいかないそうだが、それでも普通にネシュフェルを訪れた大事な国賓としての待遇をしたいとの事で。有難い話だな。
デレクからの続報も入ってくるだろうし、それで事後処理も捗ると良いのだが。
「そうであったか。では、手配しておこう」
セルケフト王がモニター越しに静養地の領主やタームウィルズのジョサイア王子とやり取りをして頷く。ティルメノンに到着してから宴会の準備が整うまでの間、知っていて協力している者がいなかったか、という点に絞って情報を引き出し、調査を進めたわけだ。
幾人かは名前が出たが、いずれもラネブに近しい者達で、既に身柄を押さえているそうで、ネシュフェル国内の状況は混乱に陥る、という事はなさそうだ。
「いや、状況を聞いて少し安心しました」
セルケフト王達のやり取りを聞いて笑顔を見せたのはオーラン王子だ。
「そうですね。これならば残党が徒党を組んで悪事を働く、という事もなさそうです」
エルハーム姫が同意する。バハルザードでは先王の腹心であったカハールが残党となって内乱で大変だったからな。エルハーム姫の反応も頷ける。
ラネブが少人数で動いて大きな力を得られるまで情報が洩れないよう徹底していた、という事もあって、ネシュフェルのケースには当てはまらない。
「うむうむ。これならばネシュフェルとしても安心して宴を開けるというものだな。あまり油断して良いものではないが、ささやかながらでも感謝の意を示したいものだ」
セルケフト王は機嫌よくそんな風に言って頷くのであった。
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