番外1311 密林と地下墓所
「では、案内致しますね」
笑顔のエフィレトに連れられて、ギメル族の墓所へと向かう。集落の外に出て進むと文字通りのジャングルといった雰囲気で、上を見れば背の高い樹木が樹冠を形成し、つた植物があちこちから垂れ下がっている。熱帯の密林という事で植生も特有だ。
集落周辺はある程度整備されているので歩きにくいという事はないが。別方向に進めば農地として切り拓いた場所もあるらしい。芋畑や果樹園等々もあるそうで。
「この近辺はゴブリンのような連中を除けば無害な魔物ばかりだな。精霊達が集まっているお陰だろうな」
エンメルがそう言うと、その肩に乗っているシルフが得意そうな表情で胸を張ったりしていた。実際環境魔力に影響を与えているのだろう。集落もその周辺も、穏やかな魔力で居心地が良い。集落周辺で育った魔物なら凶暴化しないだろうし、凶暴化した魔物としてもこうした清浄な環境魔力は忌避する傾向があるようで、あまり近付いてこない。
ゴブリンやオークあたりは……まあどこでも生態が一緒というか。そのあたりの種族の場合、上位種以外は魔物としての活動をあまり魔石に依存していないので、良くも悪くも環境魔力の影響を受けないし強力な個体も出にくい。
敵対的なのは種族特性というか、元からだからな。魔石が小さいという事は活動を他の所で補わなければならない。そうなると農作物を奪いに来たり、他の動物や魔物の狩りをする事になる、というわけだな。
知恵はあるがあまり器用ではないし文化も育たないので、人間の道具を奪って自分達で使ったりする。この辺が冒険者や行商を襲撃する大きな理由か。
上位種に関して言うなら、こちらは大きな魔石を宿しているが、生まれつきなのか後天的な変異なのか、それとも力をつけて昇格するとそうなるのかはよく分かっていない。
とは言え、上位種がかなり珍しいのは確かだし、ギメル族の力を考えれば通常のゴブリンやオークを撃退するのはそう難しい事でもあるまい。
翻ってジャングルはと言えば……何やら頭に赤い大きな花を咲かせたずんぐりとしたシルエットの植物系の魔物が移動しているところや、枝の上で様々な鳴き声を出している派手な色の鳥の魔物が見受けられた。鳥の方は――ギメル族の楽器のような声を出しているな。きちんとメロディに沿っているというか。
「あれらは無害というか、有益な魔物だな。時期によっては魔力を分けてやるとお返しとして果実をくれたりもするし、鳥の方は危険な魔物が近付くと鳴き方を変えて教えてくれたりする。シリウス号が姿を見せる前に安全だと伝えておいたから昨日は騒ぐような事もなかったが」
『ん。それは便利』
ラプシェムの言葉にモニターの向こうでシーラが頷く。
なるほどな。花の魔物にしても鳥の魔物にしても他の魔物に狩られたり襲われたりする可能性を考えると、ギメル族の集落周辺にいて共生関係を築いた方が安全という事かも知れない。
ともあれこの近辺は比較的安全そうだ。鳥の魔物はギメル族の話を聞いて理解したあたり、ギメル族の言語が通じるというか……かなり頭も良さそうだし、今も周辺の警戒をしてくれているようだしな。それを分かっているからこそ、危険を察知して逃げたりしないように鳥の魔物にも話を通したのだろうが。
そうやって密林の中を少し進んでいくと、程無くして墓所が見えてくる。地下に墓所があるとの事だが、地上部分は石の寺院というか神殿のような雰囲気だ。ギメル族特有の建築様式はここも変わらず。刻印術式で湿度や気温の操作もしているようだ。
施設周辺は石の外壁で囲われていて、結構立派なものだ。入口を墓守役の人物が警備をしていて、俺達の姿を見かけると「お待ちしていました」と、一礼してくる。
話は既に通っているというか、昨日の宴会にも参加していた人物だな。墓所の警備や墓守はある程度実力が認められた者達が持ち回りで行うらしい。
そんなわけで敷地の中に通してもらい……まずは地上部分の確認から進めていく。敷地の広さや建物の警備のしやすさ。外壁の門や神殿の扉等の強度といったところからだな。
それが終われば地下へ降りて、内部の構造を見て行く。
地下墓所は……ジェーラ女王の墓所の最深部と印象が似ている。中心部に地下神殿と祭壇兼秘宝が保管されていた場所が設けられており、周辺に枝分かれするように回廊と小部屋が造られ、そこが各家々の墓というわけだ。
「地下部分は中々不思議な環境魔力と言いますか、興味深いですね」
穏やかで清浄な環境魔力だな。人魂のような姿をした小さな精霊達があちこちに漂っているのが見える。別の精霊に変化している途上……でもあるのか。地水火風の四大精霊に近い波長になっている者もいて、この辺は事前に話を聞いていた通りのようだ。
俺達の来訪を歓迎してくれているようで、各々漂いつつも人魂がお辞儀をするような仕草を見せていた。エフィレトが秘宝を手に祈るような仕草を見せると、こちらに手を振ってきたり、結構フレンドリーだ。エフィレトの祈りを通して事情を知ったのかも知れないな。
俺からも少し笑って精霊達の動きに応じる。
「ギメル族は死後に精霊となって世界に回帰する、という考えを持っているのです。伝承では――力ある精霊と私達の祖先は懇意にしていたとか。一族に加護を与えた精霊と、その精霊が傷付いて正気を失った時に皆の祈りの力で元に戻した、と。その絆が秘宝――この宝珠を齎したのだと……そう言い伝えられております」
エフィレトが説明してくれる。
「それはまた……興味深いお話ですね」
だとするなら、もしかすると魔力嵐等も関係しているのかも知れないな。少なくともジェーラ女王以前の時代まで遡る話なのだろうし、エフィレトから聞いた部分だけではそこまでの事は分からないからこじつけと言ってしまえばそうなのかも知れないが。
秘宝に関して言うなら他の部族では見ないものだし、独自の能力、精霊観と付き合い方をしているギメル族だからこそ齎されたものなのかも知れない。
ともあれ、契約魔法や結界にしても墓所内部にいる善良な精霊には影響を及ぼさないように調整する必要がある、というのは分かった。
そうして保管庫の入口等、俺達に見せても大丈夫という範囲をあちこち見せてもらった上でエフィレトに話をする。
「構造や独自の事情を見た上での警備、防犯体制の構築というのは何とかなりそうです。必要な資材の量については、帰ってから工房のみんなと話し合って試算を出してみましょう」
「ありがとうございます。心強いですね」
と、エフィレトが明るい表情で応じてくれる。
では、集落や墓所の敷地にハイダーを配置したり転送魔法陣を置いたりしてから、動いていこう。
この後についてだが、当然ネシュフェルの王都に戻らなければならない。オーラン王子と同行している武官達を送っていく必要があるからだ。ただ、オーラン王子と共にラプシェム達はこのまま俺達に同行して、タームウィルズやフォレスタニアまで今後の交流に関する話をしに向かう予定だ。
転送魔法陣もあるからフォレスタニアとネシュフェル王都、静養地、ギメル族の集落の間を移動するのは簡単なものだしな。物資の移動を行う必要もあるし。
転移門を設置した後にはそれに付随して国々やギメル族を交えての取り決め等の必要も出てくる。その辺を考えるとエフィレトも一緒に同行したいそうだが、秘宝の守りもあるのでヴェルドガル王国の訪問はその辺の防犯体制を構築してから、という事になるだろう。
そうして俺達はギメル族の墓地から集落へと戻り、諸々の旅支度を整えてからシリウス号でネシュフェル王都に向けて出発する事となったのであった。