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199 人形の主

「行きます」


 アシュレイとマルレーンは、各々ロングメイスと細剣を構えてゴーレムと向き合うと地上戦を始める。ゴーレムは鎧に剣などで武装した姿を模している。

 近接、地上戦の訓練だ。地味ではあるが、地力を底上げするという意味では効果的である。相手の動きが読めるようになれば空中戦や距離を取っての射撃戦でも応用が利くからである。


 アシュレイは武器が武器だけに、戦法としては単純明快。ダメージの通りそうなところ、或いは殴ってダメージの大きそうなところを殴り抜けて相手を悶絶させてから一気に仕留めるというものだ。そこにアシュレイならではの特色が加わるわけだが。


 自らゴーレムの懐に踏み込んでいき、攻撃に合わせて身をかわしながら膝関節に攻撃を叩き込む。手に持つラウンドシールドに氷のスパイクを生やしてシールドバッシュを食らわせ、崩れた相手の利き腕側を殴打して沈める。一連の動きは流れるように流麗だった。

 アシュレイの近接戦の動きには、体捌きや攻撃手段にロゼッタの影響が見られる。人体急所やその構造をしっかりと勉強しているらしく、実に理に適った攻撃を繰り出すのだ。攻撃の寸前にアシュレイの足元から氷が走り、相手の軸足を凍らせていたのも見逃せない部分だろう。


 マルレーンのほうはと言えば、ミハエラという細剣使いの先達がいるのもあってか、最近目に見えて動きが良くなっている。ゴーレムから一定の距離を取りながら、踏み込んできた相手の鎧の隙間を見極めて斬撃や突きを放っていく感じだ。


 重装備の相手に通用しないのかと言われれば、そんなことはない。マルレーンの細剣が時折雷を纏っていて、これは魔法無しでの対処がかなり難しかったりする。体重移動と切っ先を細かく動かすなどのフェイントをかけながら、浅い突きを相手に触れさせさえすれば良い。一度感電させてしまえば続く本命の一撃は回避も防御もできないという寸法なわけである。

 ……いや、雷という性質上、触れる必要さえない。ゴーレムはしっかりと身をかわしたが刀身から電撃が広がり、きっちりと感電させている。踏み込んだマルレーンの一撃が鎧の隙間から急所を穿っていた。まだ弱いながらも闘気を纏っていたりする。


「どうでしょうか?」


 2人はゴーレムを倒すと、こちらに振り向いて感想を聞いてくる。


「いいね。さっきの動きはかなり良い」


 と答えると、アシュレイははにかんだように。マルレーンは屈託なく笑う。


「ゴーレムの武器を持ち換えて、もう少しやってみようか」

「はいっ」


 ということで訓練継続である。相手の武器は何がいいだろうか。リーチのある武器ということで槍を相手にしてもらうか。まあ2人は魔法も交えて戦えるのであまり苦にならないとは思うのだが。


 中庭の上空ではグレイス、シーラ、イルムヒルト、セラフィナで連携の訓練をしている。

 ゴーレムに向かっていくシーラの背後にグレイスがぴったり重なるように付いていき、背後から先端に布玉をつけた訓練用の矢をイルムヒルトが放つ。音で矢の軌道を予測したシーラが当たらない位置取りをしながら、グレイスの誘導役になる。


 シーラが切り込んだかと思うと上空に飛び上がりながら縦回転するような動きを見せて、背後からゴーレムの迎撃を妨害すべく粘着糸を放つ。同時に矢が着弾。本来ならセラフィナの力で呪曲の力が乗っているところであるが、今回は省略。最後にグレイスが斧を一閃するとゴーレムが縦に真っ二つになる。


 しばらくそんな調子で朝の訓練を続けていると、中庭にローズマリーがやってきていた。羽扇で口元を隠しているが、目は丸くなっている。訓練風景に驚いたらしい。


「おはよう」

「ええ、おはよう」

「おはようございます」


 口々に朝の挨拶を交わす。


「昨晩は夜食、ありがとう。美味しかったわ」

「いいえ。よく眠れましたか?」

「ええ。疲れていたのね。朝まで夢も見なかった」


 グレイスとローズマリーがそんなやり取りをしている。

 昨日はごたついていて、ローズマリーは夕食も食べられずにいたからな。

 部屋に案内していたところ、やや顔色が悪かったので体調について尋ねたのだが、本とは関係がないから大丈夫としか答えず……そこでローズマリーの腹が小さく鳴り、そういえば食事をしていないんじゃないかと思い至ったわけだ。


 それぐらい言えば良いのにとも思うが、いきなり食事がしたいとは言い出せなかったようで。そこで俺からグレイスに頼んで、急遽夜食を作ってもらったという次第である。

 とは言え、そんなこともあってか2人は多少打ち解けたようで。


「……料理はしたことがないのだけれど。それがこの家の決まりのようだし、今後努力するわ」


 羽扇で口元を覆いながら、目を閉じてローズマリーは言う。


「それにしても、誰も彼も色々衝撃ね。……これは追い付くのに、骨が折れそうだわ。鈍った身体を鍛え直さないと」

「ん? 追い付くって、迷宮にも潜ったりするってこと?」

「そのつもりだけれど……拙かったかしら?」

「いいや。拙くはない」


 ローズマリーの外出用ということで、アナスタジアとは違う容姿になる変装用の指輪を借りてきているのだ。

 というか、結局クラウディアやマルレーンがいる時でないと解読作業に危険が伴うわけで。迷宮に潜るなら潜るということで、そこに同行するのなら確かに無駄は省けるのだろう。それなりに多忙になると思うが、そこは確認を取るだけ野暮なのかも知れない。


「一応、戦い方を把握しておきたいんだけど。前みたいに人形を使ったり、竜牙兵を召喚したりかな?」

「残念ながら竜牙兵の触媒は取り上げられてしまったのよね。けれど、先日古文書解読中に面白そうな魔法を見つけたわ」

「へえ」


 ゴーレムを用意してやると、ローズマリーの手にマジックサークルが浮かぶ。その指先から紫色に光り輝く魔法の糸のようなものが伸びた。


「闇魔法第5階級ストリングスエッジ。及び、闇魔法第6階級マリオネットジャック」


 言葉と共にローズマリーが手を振るえば、紫色の糸が空間を引き裂いてゴーレムの首が切断された。そのままゴーレムの四肢に糸が絡みつき、再びマジックサークルが輝いたかと思うと、糸の色が虹色に変化する。だがそこまでだ。魔法の糸が輝きを増したところで弾け飛んだ。


「ああ、やはりお前のゴーレムには無理ね。魔力の統制が強すぎて弾かれてしまう」


 そんなことを、何やら嬉しそうに言う。


「操り糸か」

「ええ。対象によって術式を一部組み替える必要があるけれど、大体の相手に対応可能だわ。応用も考えているけれど、それのお披露目はまた今度かしらね」


 中距離からの感知しにくい斬撃と、相手の肉体操作ということになるか。ローズマリーらしいと言えばらしい魔法ではある。

 それにしてもローズマリーも迷宮に同行希望か。ブランクもあるだろうし、いきなり炎熱城砦はハードだろうと思う。封印の扉の解放順から言って……魔光水脈で肩慣らししつつ迷宮に慣れてもらうというのが良さそうに思えるが。


 まあ、昨日の今日で迷宮に行ったりするのもなんだし。今日はローズマリーの歓迎ということでゆっくり過ごすことにしよう。






 ローズマリーは家の中や娯楽室の色々な道具を見たりして時折感心したように頷いていた。ミリアムと同様、色々と彼女独自の視点で着目する部分があるのだろう。


「旦那様、アルフレッド様がお見えです」


 昼前頃になってセシリアに案内されてアルフレッドがやってきた。昨日の一件もあったし、ローズマリーが家に来ることになったと聞いて様子を見に来たのだろう。


「こんにちは。調子はどうかな?」

「お陰様で落ち着いてるよ」

「――みたいだね。通信機でも言ったけれど、怪我が無くて良かったよ。本の中ってどんなだったんだい?」


 アシュレイ、マルレーンと共にビリヤードをしているローズマリーを見やり、笑みを浮かべる。


「いや、あんまり良いところでもなかった。大きな紙魚とか、気持ちの良いものでもないし」


 俺の言葉にアルフレッドは想像を働かせてしまったらしく、表情を曇らせる。


「それはちょっと……。あれは動きが速くて苦手なんだ」

「だよな。もし俺が術式を組むなら、あんな陰気なところにはしないんだけど」

「それはそれで、とんでもないことになりそうだ」


 そう言ってアルフレッドは笑う。


「ところでさ。ローズマリーの装備一式を頼みたいんだけど、大丈夫かな?」

「迷宮に連れていくのかな? こっちは今のところ余裕があるけれど」

「そうなる。ローズマリーも後衛型だとは思うんだけど……まあ、本人の希望を聞きながらかな?」


 ローズマリーに視線をやると向こうもビリヤードが一区切りついたらしく、こちらにやってきた。


「アルバートよね?」

「うん。しばらくぶりって言うべきかな」

「そうかしらね。装備の話をしていたみたいだけれど、わたくしからの依頼も良ければ頼まれてくれないかしら」

「いいけど、何を?」

「魔法人形を作るのよ。迷宮で使っていけるような一品物が欲しい。代金のほかに、労働力になりそうな簡易人形なら提供できるけれど、どうかしら?」


 ローズマリーの提案に、アルフレッドは目を瞬かせた。アナスタジアの屋敷で使っていたあれだな。

 特別製の人形ということなら、面白そうだし俺も開発に一枚噛みたいな。魔石も使い道を決めきれずに余っているのがあるわけだし。

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