番外1306 過去からの想いを
眩い輝きの中でジェーラ女王の魔力反応が小さくなって、ゆっくりと落ちていくのが分かった。ギメル族の秘宝に関しては……ジェーラ女王の鳩尾あたりに埋め込まれている状態ではあったが……女王と秘宝の魔力反応から見て、光の術は邪精霊であるジェーラ女王に対しては効果が高く、秘宝には効かないだろうという判断だ。祝福や浄化の属性を持っているようだからな。
アルヴェリンデの結晶が光を弱めていき、俺も同時にジェーラ女王を追って下降していく。
オーラの欠片を散らしながら、ジェーラ女王が玄室の床に音もなく落ちる。腰から下あたりは人としての形を保っていられないのか、オーラと見分けがつかなくなって段々と末端から光の粒になって消えていっているように見える。それに……この魔力、は?
一瞬の静寂。ジェーラ女王が敗れたのを見て取った邪精霊――使徒達の動きが固まり、そうして怒りの咆哮を上げると、助けるためにか仇を撃つためにか、俺目掛けて殺到してくる。
俺も構えを取って、みんなもそれを追うような動きを見せる、が――。
「やめぬか! 妾に恥をかかせるつもりか、馬鹿者共が!」
ジェーラ女王の一喝が響くと、使徒達はその声に反応するようにぴくりと動きを止めた。女王が止めに入るのはみんなにとっても使徒達にとっても予想外だったようで、こちらを見て固まっている様子だ。
ジェーラ女王は使徒達が攻撃を止めたのを見て取ると、目を閉じて、使徒達に言い聞かせるように続ける。
「納得している、のだ。全霊を尽くして、尚届かぬ……。真正面から戦って敗れた、という事には、な」
そんなジェーラ女王の言葉に、使徒達は静かにうなだれていた。先程まで獣のように襲ってきた者も……女王の魔力の性質の変化に同調したからか、それとも女王の言葉や気持ちだけは分かるのか。他の使徒達と同様に動きを止めてうなだれているように見える。オルディアも、そんな女王の話を聞かせるためにか、宝石に封印されていた者達を解放していた。外の話が伝わっていたのか、術者の使徒達も固唾を飲んで見守っているように見える。
それから女王は目を開き、俺の方に視線を向ける。
「そういう、事だ。少し……昔話に付き合ってもらえるか?」
「ああ。聞こう」
頷くとジェーラ女王は少し笑う。
「妾はあの日毒を呷り……力を十全に振るう事もできずに、敗れた。それが妾にとっての心残りであり無念、であった、のだな」
ジェーラ女王は虚空に手を伸ばす。その指先からも、光の欠片が散るように少しずつ消えていっているようだった。
「妾、は……後悔していない。聖眼を失えば数で劣る我らの立場は、今は王国を率いる立場でも、未来がどう転んでいくか分からない。座して待つつもりはなく……であればどれほど手を汚そうとも構わ、ぬ。そう思っただけだ。だが、妾は未だこうしてここにいる。死して尚、身を焼く程の後悔と無念を抱いたが故に」
虚空に伸ばした手を握る。
「妾を信じてついてきた者達を、守る事ができなかった。裏切りも……毒という手段も……確かに腹立たしかったが、どちらも防ぐ事はできた、はずなのだ。妾が至らぬ故に力を十全に振るえず、妾の武威を信じた者達をこの力で守れなかった。それが……何よりも悔やまれる。だからこそ……こうして皆と共に正面を切って戦う場を与えられた事が嬉しい。その上で、全身全霊を賭して敗れたというのは……悪くない気分、でな」
だからそなたには感謝している、と。そうジェーラ女王は笑った。使徒達は……女王の言葉に泣いているのか感じ入っているのか。使徒である彼らもまた心残りが消えたのか、ジェーラ女王が消えていっているからか、一緒に光の粒になって消えていっているようにも見える。そう……感じる魔力は邪精霊のものではなく、清浄な精霊のものに近いのだ。
「……それは、少しは分かる気がする。生き方は違うけれど」
ジェーラ女王とは立場が違うけれど、大切に思う者を目の前で守れないというのは……な。力を持っているのにそれを十全に振るう事ができなかったというのなら、それは尚の事無念だろう。
「そう、か。面倒をかけたな。過去の亡霊の……心残りにつき合わせてしまった」
「冥府にも足を運んだことがあるからな。それぐらいは構わない」
そう答えると、ジェーラ女王は少し驚いたような表情を浮かべて……それから愉快そうに笑った。
「底知れぬな、そなたは。名前を、聞かせてくれぬか?」
「テオドールだ。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニア」
そう答えるとジェーラ女王は目を閉じて、穏やかに微笑む。そうして握っていた手の中に、精霊の力の高まりと共に輝きを宿し……それから俺に手を差し出してくる。その手を取れば、何かを手渡された。
「そなたの道行に、武運があらんことを。そなた自身や、そなたが大切に思う者達を守る事ができるように」
そうしてジェーラ女王の身体が。使徒達が。光の粒になって舞いあがるように消えていく。玄室の中を温かな光が照らし――そうしてゆっくりとその輝きも薄れていった。後にはギメル族の秘宝が転がっているだけだ。デュラハンが、静かに頷いた。そう、か。冥府に旅立った、か。
手を開けば、そこには紫色ではあるが……ギメル族の秘宝によく似た卵型の球体があった。邪精霊の力は感じない。穏やかで静かな……精霊の力だ、これは。ジェーラ女王が俺に残した、か。色合いも邪精霊の時に見たオーラよりも薄くなっていて、淡いスミレのようだ。
ギメル族の秘宝も拾って、傷などがない事を確認する。こちらからも、穏やかな魔力を感じられるな。ラプシェム達がやってきたので、ギメル族の秘宝は彼らに返す。
「感謝する。テオドール殿」
「ああ。約束を守れて良かったよ。こっちのジェーラ女王が渡してくれた方は……」
「それは、我らのものではない、と思う」
「そうね。ジェーラ女王がテオドールに託したものだもの」
そう、か。ラプシェム達の言葉に頷き、ジェーラ女王の渡してくれた宝珠を握るのであった。
状況が落ち着いたところで被害や損耗、怪我の度合いを確認する。細かな手傷を負った者もいるが、一番被害が大きかったのは俺と、それから墓守だろう。テスディロスも細かな傷を負っている。
レシュタムが水の精霊の力を借りて、傷の治療も請け負ってくれた。
『テオやみんながご無事で……良かったです』
『そちらに行って傷の治療をしたいところではありましたが、レシュタムさんも感謝していると思いますから』
グレイスやアシュレイがモニターの向こうで微笑む。傷の治療はギメル族からの感謝をという事で、レシュタムに今回は譲るという事になったわけだ。
「ん。そうだね。みんなの戦いも、途中で少し転送を考える場面があったけれど、こうして勝てたし、怪我も治った」
負荷を受けた手を開いたり閉じたりしながら、モニターの向こうにいるみんなに笑って答える。みんなも安心したようで微笑んで頷いたりしてくれた。
というか、女王の宝珠が水の精霊の治癒に反応してぼんやりと輝き、その効果を増幅しているようだった。ギメル族の秘宝とはどうも……効果が違うように見えるな。
使徒達は再生能力などもあったけれど……女王の宝珠は色々気になるところではある。
「墓守は――フォレスタニアに転送して修復をしましょう。古王国からの任務も完了したと思いますので、カストルムと同じように、自由を得るというのも、悪くないのではないでしょうか」
「それで構わないか?」
オーラン王子がコルリスの腕に抱えられている墓守に尋ねると、こくんと頷く。
「では、決まりですね」
『こっちで修復の準備をしておくよ。破損個所を見る限りでは、重要な部分に損害はないみたいだし』
と、アルバートが笑う。オーラン王子もほっとしたような表情になり、武官達も安堵の表情になっていた。
ラネブやイムロッド達については――命には別条はないようなので、封印術を施して梱包。転送で一時的にフォレスタニアに送り、後でネシュフェルに引き渡す、という事でセルケフト王も交えて話がまとまる。
他に協力者がいるのか等……確認する事もあるからな。墓守とラネブ達を分けて転送し、それぞれアルバート達と、騎士団の面々に引き取られていく。
後は……そうだな。ギメル族の見送りか。
「我らの集落まで見送りというのなら……こちらからお願いしたい。世話になってばかりで恐縮ではあるが、集落の皆にも会っていって欲しい」
「そうだな。皆にも話を通して、ギメル族として礼を伝えたい」
ラプシェムとエンメルが言うと、レシュタムも微笑んで同意する。
「私も……同行して良いでしょうか? ラネブ達は転送されていますし、王国の者が迷惑をかけた事を謝罪し、今後の再発防止策についても、しっかりと話をしたいというのもあります」
「謝罪など……オーラン王子は共に戦ってくれたし、ジェーラ女王の話を聞く限り……きっと皆で解決に当たるべき問題だったのだろうから」
「ありがとう……」
そう言ってオーラン王子とラプシェムは握手を交わす。では――決まりだな。このままシリウス号で、ギメル族の里を目指す事にしよう。少し帰るまでの時間は伸びてしまうが……それを伝えると、みんなもモニターの向こうで穏やかに微笑んでくれる。
『いってらっしゃい、テオドール』
『ん。気を付けて』
『ふふ、応援しているわ』
と、そんな風に言ってくれるのであった。