番外1305表 女王と骸
「聞いておくが、妾に仕える気はないか? お主程の力。妾と組めば望むだけのあらゆる事が叶おう」
ゆっくりと空中に浮かび、少しの距離を取って向かい合うと、ジェーラ女王は尋ねてくる。
「悪いが、生き方が相容れない。友との大切な約束もあるんだ」
「――そうか。残念だ」
ウロボロスを構えて答えると、ジェーラ女王は目を閉じて、短く言った。僅かに沈黙したまま向かい合う。それから。
「では、どちらかが消えるしかないな……!」
三つの目を見開き、獰猛な笑みを見せるジェーラ女王。同時にその身から魔力が膨れ上がり、玄室の大気を震わせる。
俺も応じる様に魔力を練り上げていく。そうして……お互いの魔力が膨れ上がったところで、どちらからともなく動いた。
一瞬で互いまでの距離を詰めて、ウロボロスと王笏に魔力を込めてぶつけ合う。鍔迫り合いのような形になって魔力が干渉し合い、凄まじいスパークが周囲に散った。
と、思ったのも一瞬。身体を半歩引きながら王笏を押し込んで受け流すような動きで、こちらの体勢を崩そうとしてくる。こちらも合わせるように半歩踏み込んでシールドを足場に身体を支え、そのまま竜杖と王笏で打ち合う。
近接戦闘を不得手とする術者であるならば、こちらを迎撃するための射撃戦に徹しただろう。だがジェーラ女王は明らかに、近接用の杖術を修めている動きだ。
時代も場所も開きがあるから基本の型は違うものだが、同じ杖術だ。どういう目的の動きなのか。どんな技なのかというのはお互い分かる。数合打ち合ったところで互いの技量を探りあうように、動きが小さく細やかなものになっていく。隙を生じない技で様子を見て癖を読み取って、崩す、というあまりリスクを負わない動きだが――。
敢えて状況を変える。間合いの内側へと踏み込んで掌底を繰り出せばジェーラ女王もまた密着する程の間合いでは小さなモーションの掌底をぶつけてきた。
俺と女王では同じような掌底でも繰り出される技が違う。相手の魔力に干渉、浸透させて起こす衝撃波に対し、女王のそれは掌底から魔力を炸裂させて指向性を伴った爆発を起こすような技だ。打ち込んだ衝撃波と干渉し合い、拡散するように周囲に向かって炸裂し、どちらの攻撃も不発に終わった。
「ほう……!」
感心するようなジェーラ女王の言葉と共に、額の目に魔力が集中。次の刹那、周辺の空間に高い魔力反応が生じる。シールドを蹴って離脱した瞬間、槍や弓矢を持った骸のようなものの半身が現れ、攻撃を仕掛けてきた。俺のいた空間に複数方向から魔力の槍や矢が放たれて激突し、爆発を起こす。次の瞬間、精霊の力の気配だけ残して骸達は霧散していた。
「槍衾よ」
ジェーラ女王が人差し指と中指を揃えて上に曲げれば、空間に魔力反応が広がってそこから骸達による槍衾が生じた。身体を回転させながら、コンパクトリープによる転移。女王の背後に飛んで回転の勢いのままに後方から側頭部目掛けてウロボロスの打擲を見舞う。
縦に回転する様にして、オーラを纏った踵が跳ね上げられる。こちらも振り抜いた勢いに乗せて回避。マジックサークルを展開する。
即席の無名術式――肉体を持たない存在に対しても効果を持つ、純魔力版レゾナンスマイン。
女王のいる座標に向かって、魔力の爆発が巻き起こる。
「大盾よ!」
瞬時に大盾を構える骸達による防壁が生じた。ファランクスのような防壁に、魔力衝撃が阻まれ、俺の正面に出現した骸がシールドバッシュを仕掛けてくる。掌底による魔力衝撃波を叩き込むと大盾ごと四散した。
こちらの動きに合わせるように低い姿勢で女王が突っ込んでくる。足を刈るように叩き込まれる王笏をウロボロスで受けて、女王の身体の陰から斬り上げてくる骸の斬撃をシールドで逸らす。逸らして、そのまま女王と杖術にて打ち合う。
骸の兵達は――邪精霊の力ではあるが、個別の意志を持つ存在ではないようだ。玄室のあちこちで戦っている他の邪精霊とは、反応が違う。
あくまでも女王の意志によって瞬時に形成されて、武器に応じた型を繰り出す。但し、俺にだけシールドバッシュを繰り出した骸がいた事から、女王の制御で融通は利くようだ。
精霊の力。自然に近い力であるが故に、高位精霊の起こす現象は人間の術よりも展開速度で圧倒的に上回る。邪精霊は支配領域が狭いから世界への影響は限定的だが、それでも以前戦った邪精霊の類……悪魔オルジウスや夢魔のグラズヘイムであるとか、混沌に属するショウエンは自分の領域に限っては当たり前のように大規模な現象を引き起こしていたからな。
邪精霊やその加護、今の力。それに生前の評を見れば――女王の力は能力強化や軍勢を司る、元人間の武神や軍神にして祟り神といったところか。個にして軍勢を率いる女王、か。
それに、マジックサークルを偽装したコンパクトリープやレゾナンスマインにも対応して見せた。視覚外の魔力の動きも感知できなければ、先程のような対応は難しいだろう。
ウロボロスと王笏で打ち合う。回転させて受け流し、跳ね上げて叩きつける。前触れなく形成される骸の攻撃を魔力探知の網で察知してシールドを展開して逸らせば、女王自身が攻撃を受け止めるシールドそのものに刻印を刻んで、シールドの内側に雷撃を放ってきた。
それを、多重シールドで受け止め、展開した多重シールドの形状ごと変化させて巨大な破城槌のように撃ち込む。王笏がオーラを噴出して叩き込まれた多重シールドを弾き飛ばしていた。
王笏の両端からオーラの刃が伸びて、女王の動きが杖術から変化する。所謂ダブルセイバーだ。両剣、双極剣、双頭剣と呼ばれる類の珍しい武器の形状ではあるが――。柄を高速回転させながら舞うように斬撃を打ち込んでくる。
こうした特殊な武器にも習熟しているらしい。杖術同士では埒が空かないと考えたか。或いは同レベルの杖術を潰すための技を習得しているか。こちらもウロボロスの半ばぐらいから光の刃を噴出させて、動きを長巻や槍のそれへと変化させる。
魔力とオーラの斬撃が激突して火花を散らす。元の型は舞い踊る、というものだったのだろうが、女王の繰り出すそれは最早暴風のような剣舞だ。薙ぎ払い、受け止め、切り返して刺突を見舞う。鼻先や頬を切っ先が通り過ぎ紙一重の間合いに身を置きながら互いの隙を引き出すように切り込んでいく。
その中に――骸兵の立体的な攻撃を展開して織り交ぜてくる。では、反射呪法はどう機能する?
シールドで逸らしていた中で、横合いから突きこまれる槍の一撃に対して反射呪法を展開すれば、大きく上半身が揺れて女王が目を見開いた。
そうだ。独立した存在ではないのだから。骸兵の攻撃を反射呪法で受ければ、それは女王に返る……が、そもそもまともな肉体を持っていないのだから、それだけでは女王にとって致命打にはならない。それに、浅い。反応して即座に槍を引かせた。
槍の一撃を反射されて身体が揺れたのも一瞬の事だ。即座に追撃しようというこちらの動きに対応してくる。
「なるほどな。人間なら今のでも不利になる手傷を負うのだろうがな……!」
女王の操る双頭剣の動きに変化が起こる。そもそもが自身のオーラで形成された刃だ。自分自身の一部とも言えるそれを、身体の内部を通して振るってくる。邪精霊となった自身の身体に慣れてきたというわけか。
同時に自身の身体から骸兵を作り出し、攻撃の手数を増やす。呪法防壁は一度見せた。回避し切れない攻撃に対して反射を行うと、当たる寸前に骸兵が四散し、代わりに魔力の薄い方向から双頭剣の斬撃と、別の方向からの骸兵による同時攻撃を見舞ってくる。
立体的な攻撃ではなく正面きっての攻防に注視し、手数を増やす事で反射術式や体術に対応しようというわけだ。反射呪法の魔力反応は見切ったから対応できると。
構わない。こちらとて正面からの戦いに集中するだけの話。技術戦と魔法制御戦ならば望むところだ。幸い、特性によって術の発動速度で後れを取る事はない。
金色の魔力を身に纏い、ルセリアージュの舞剣を展開して踊りかかる。舞剣は物理に寄った術式だが、覚醒魔力で形成されたそれは邪精霊相手でもダメージを通せる。
ジェーラ女王もそれを見て取ると牙を剥いて笑い、手数には手数をというように相手の制御の限界ごと押し潰さんというような攻勢に出た。
双頭剣と骸兵。オーラを纏った拳足、シールドや反射呪法が反応しない刻印術式。古代魔法。
それらを総動員して波状攻撃を叩き込んでくるジェーラ女王に、竜杖と体術、キマイラコートと舞剣、攻撃術式を以って対応する。
四方八方に飛び交う黄金の刃を骸兵の剣で受け、盾によって逸らして、魔法と刻印術式、打撃と斬撃を叩きつけ合う。骸兵が放った矢が途中で霧散。それを予期していたというように展開すると見せかけた反射呪法分の魔力を体外に纏い、隠蔽魔法に変化させると同時に転移術で死角に回り込む。死角全体に弾けるような槍衾。穂先で触れられて破られる隠蔽術式。が、その時に正面から舞剣が迫り、ウロボロスの打擲で突き込まれる槍衾を砕く。踏み込めない。
空間に刻印術式を刻む術式を残しているからだ。光弾の形で撃ち込むだけでなく目立たない球体を機雷のように展開して、相手に飛び込ませるといった技も使う。
虚実織り交ぜた攻防。武芸。骸兵と魔法、呪法の応酬。火の出るような至近で無数の攻防をやり取りして衝撃と火花が散った。
女王の額の目に魔力が集中する。直感に従って反射的に身体を逸らすと寸前まで俺の頭があった空間に魔力の爆発が起こった。魔眼というよりは念動の類。爆風が収まる前に踏み込んで再び攻防の只中へと飛び込んでいく。
「何という研鑽! 何と心躍る戦いか!」
瞬き一つの間に幾重にも重なって飛び交う光芒と火花、衝撃と剣戟。その只中で女王が笑う。俺も――きっと笑っているのだろう。
天地を入れ替え攻守を入れ替え、目まぐるしい展開の中で、幾つもの読み合いとやり取りを重ねる。
戦いの只中で――精霊の力の高まりが起こった。イムロッド達が倒れたのだ。精霊の力の輝きがこちらの戦場まで届くが笑う女王は王笏を振るって光を弾き散らす。
精霊の支配領域故にまだまだ女王への魔力の供給は十分なものだ。女王程の高位精霊となると弱体化は期待できない。
それでも、構わない。互いに示し合わせたかのように踏み込んでいく。
針の穴のような隙を通すために皮一枚は斬らせて踏み込む。頬を。肩口を。脇腹を。女王と骸兵の技が掠めて過ぎていく。
女王の身体に魔力衝撃波が叩き込まれ、雷撃や光の弾丸、循環魔力の打擲が掠めるも、互いにこれだけの攻防を重ねて決定打に至るような直撃はない。耐久力で分が悪いのは承知しているが、女王は人間としての技術、研鑽に重きを置いているのか、それともこちらの手札に警戒しているのか、捨て身で肉を切らせて骨を断つというような事はしてこない。
結論として言うなら、それは正しい。耐久力に任せて防御をせずに強引に攻撃を仕掛けるならば、邪精霊であっても分解魔法で致命打を与える事ができるからだ。
こちらの動きや術を見ながら戦っているなら、端を分解された時点で引けばいいだけだ。それができるだけの反応の鋭さがあるし、浅ければ致命打にはならない。
女王は骸兵という手札を持っている点で、知ってさえいれば十分に分解術式に対応が可能なはずだ。
それならそれで、かまわない。意識から外した想定外の場面で捨て身に出られるような事態を避けるためにも、こちらから手札を見せて警戒させる。
魔力はこれ以上ない程練り上げている。互いに切り崩せば……一気に勝負に出られる。
下から掬い上げるような掌底と共に女王は魔力を炸裂させる。上半身を逸らして避けるのを予期していたというように女王が再び第三の目に魔力を集中させる。魔力の探知網に反応。念動と共に刻印術式を浮遊させて挟撃の形で術式を展開――。
こちらは上体を逸らしたままで背中から魔力光を噴出して前に出た。展開される念動の空間爆破を、分解術式を纏って相殺して突っ切る。
「な――!」
魔力光推進の勢いを乗せて、思い切り女王の第三の目――額に目掛けて覚醒魔力を乗せた頭突きを叩き込んだ。
「ぐっ!?」
想定外の攻撃に、女王の身体がくの字に折れた。魔力の乱れ。押し切る、というように踏み込むも、純粋な武芸と直感で受け止めて振り払えば、押し戻すような衝撃波を放たれていた。
「かあああっ!」
気合と共に後ろに押し戻された。
「謳えッ!」
女王が凄まじい魔力の高まりと共に手を天に突き出す。女王の背後に骸の――歌姫が現れる。
それが放ったのは、怨嗟のごとき絶叫だった。音がこちらに届いた瞬間に。飛行術式や展開したマジックサークルが干渉を受けて制御に乱れが生じる。
ここまでの戦いで、こちらの覚醒魔力の波長を解析しての干渉波――! 俺に影響を与えられるだけの魔力を注ぎ込んでの――。
歌姫の絶叫と共に女王がオーラを噴出させて突っ込んでくる。ウロボロスで叩きつけてくる攻撃を受け止める。重い衝撃。
「おおおおおおおおっ!」
干渉波を放出しながら、力技で押し込んでくる。背後の柱に叩きつけるように。
だが――それに俺は抵抗しない。代わりにウロボロスを介した術式の制御に集中する。
こちらの魔力波長を解析して干渉し続けるというのは――要するに魔術的な繋がりが生まれるという事だ。体外に纏っていた魔力を、ウロボロスで波長を変えて術式を展開する。
叩きつけられる衝撃は――ネメアとカペラが間に入って防いでいる。
纏う魔力波長の変化に、ジェーラ女王は驚きの表情を向けてくる。
右腕から火花を散らして掌握したそれに、術式を展開する。つまりは――ベリスティオの術を。
「ぐっ!?」
体験した事のない魂への重圧に、女王が苦悶の表情を浮かべる。女王の身体の内側から迸るように火花が散って歌姫が霧散する。
「はあああああああああああッ!」
「ぐ、ううう、おおおぉああああッ!」
こちらの技を押し戻そうとするかのように、女王が抵抗する。それは即席の呪法防御に似ている。反応からして呪法を知っているとは思えなかったから、術の特性をこの場で理解して抵抗を示してきたという事になる。
ベリスティオの術と女王の力がぶつかり合って、互いの身体に過負荷がかかる。ウロボロスを前腕で支えながら、握り潰そうとする右手から血がしぶいた。それでも――術は止めない。ウロボロスと王笏の間でも魔力がぶつかり合って火花が散る。
抵抗しながらも女王が骸の竜を生み出す。斜め後方に、大口を開けて――その中に白い輝きが宿るのが見えた。遠い位置。ここまでの攻防や解析から俺の魔法が射程距離に劣るというのを計算に入れて――。
次の瞬間――白光が放たれた。
「馬鹿、な――!」
四方八方から白光に貫かれたのは骸の竜の方だ。展開したのはアルヴェリンデの術。結晶反射で放たれるレーザー光は、遠距離が不得手な俺でも長距離を減衰せず、竜のいる位置も射程圏内。それに俺が使えば光魔法の特性を宿していて、それは邪精霊にも十分に通用する。
予想の内だ。俺自身の内側に溜めた魔力は、既に干渉波の影響から抜けている。ベリスティオの術を受けたまま干渉波を放つなどという、精密な魔力制御を要する術は邪精霊と言えども使えまい。この状況で展開可能な大技があるとしたら、大口径の魔力砲弾を撃ち込むような術式であり、そして骸兵自体は耐久力がない。
力の放出。ベリスティオとアルヴェリンデの術式の、同時展開。複数の反射結晶が巨大化して、そこに凄まじい輝きが宿る。
「受けろッ!」
視界を埋め尽くす程の白光が放たれる。女王を焦点としてその身を焼き焦がす輝き。ウィズが俺の目を覆うようにして、光から守ってくれる。至近で放たれる熱量は闇魔法、水魔法と風魔法のフィールドを纏って遮断。女王は――防壁を展開してそれに抗う。
「ぐッううううおおおおおおおあああああッ!」
外と内から術式を受けながらも――咆哮と共に女王は抵抗を続けていたが、砕けるような音と共に右手が握り潰されると途端に抵抗が失われて、女王の身体が未だに放出を続ける白光の海の中に飲み込まれていった。