番外1305裏 玄室の戦い6
「ラ、ラネブ殿下が!」
「お、おのれッ!」
ラネブが倒れたのを見て、ネシュフェルの武官達と戦っている者達にも動揺が走る。
ラネブもイムロッド達も相反する精霊の力をまともに叩き込まれて倒れたが、未だにジェーラ女王を始めとする邪精霊達は健在だし、女王の信徒たる者達も戦闘中だ。
信徒達に視線を向けられてオーラン王子は剣を構えるが、ラネブとの戦いで消耗しているのは否めない。それでも……半身が砕けて身動きの取れない墓守が背後にいる。
逆上した信徒達に斬り込まれても良いようにと、オーラン王子は剣を構える。
だが、墓守を守って戦う形にはならなかった。破損部分が結晶で保護されると、そのまま床の中に沈み込んだからだ。コルリスが保護してくれたのだろう。
カドケウスもオーラン王子を守る様にその身体に巻き付き、ルドヴィアの放った魔力弾の狙撃が信徒達の動きを牽制するように叩き込まれる。
「オーラン殿下をお守りしろッ!」
「おおおおッ!」
ネシュフェルの武官達も気合の声を上げるとジェーラ女王の信徒達に果敢に斬り込んでいくのであった。
玄室の中空を、雷光の速度でテスディロスが飛ぶ。軌跡に雷の余波を残して、紫色の彗星のように尾を引く将軍とすれ違いざまに激突する。
古王国の将軍も邪精霊として相当な力を宿しているのは間違いない。速度と技量。打ち合う度に伝わってくる重い衝撃。
こいつを自由にさせるのは危険だ、と高速戦闘の只中でテスディロスは断じる。例えば、これがネシュフェルの武官達の中に斬り込めば、あっという間に被害者が出るだろうと、そう判断していた。
だから――不死性があるからと様子見や時間稼ぎに徹するような事はしない。凄まじい速度で飛翔し、瘴気槍とオーラを纏った斧剣――コピシュを叩きつけ合う。その度に火花と衝撃波が散った。
テスディロスの一撃は全て雷を宿したそれだ。まともに受けた場合は勿論、ぎりぎりで回避しても感電を免れる事はできない。
しかしそれも、通常の肉体を持っていれば、の話だ。オーラを纏う将軍には少しばかりの電撃が届いた程度ではダメージには至らない。邪精霊であるからこそ瘴気耐性が強く、肉体の侵食もない。負の感情は常時発散しているのでそこから狙いを先読みするのは難しい。
邪精霊は魔人にとって相性の良い相手とは言えない。この状況――邪精霊の再生による不死性を考えれば、優位性は将軍側にあると言えるだろう。テスディロスは覚醒魔人といっても肉体自体は真っ当なものだからだ。
それでも雷という瘴気特性はまともに叩き込む事ができれば実体を持たない存在にも大きな損害を与える事ができると、テスディロスはこれまでの実戦経験から知っている。
幾度もすれ違いざまに攻撃を叩き付け、真っ向からぶつかって弾かれる。離れ際に将軍が大きく斧剣を引いて、オーラを噴出させた。応じるようにテスディロスも穂先を後ろに引く。槍が雷を纏い膨大な力を溜め込むと、そのまま同時に互いへ向かって一撃を振り抜く。オーラの斬撃波と薙ぎ払いによって放たれた瘴気雷撃が激突して、凄まじい爆風と共に稲光が周囲を照らした。
爆風の中を突っ切るように咆哮する将軍が現れ、そのままテスディロスと空中で足を止めて切り結ぶ。
テスディロスの持つ槍の方がリーチは長いが、将軍の持つコピシュはオーラで形成されたものだ。刀身そのものが変化する。もっとも、テスディロスの持つ槍も同様に瘴気を固めて形成されたものだ。両者とも見かけ状の武器の長さ等、何の意味もなさない。
事実、両者とも攻防の中で斬撃も刺突も変化させている。避けたはずの一撃がそのまま伸び、届かないはずの一撃が届く。
テスディロスが雷を纏う刺突を放てば、将軍がコピシュで受け、柄に沿うように斬撃を見舞う。リーチで劣るはずのコピシュが長大な剣となって、その切っ先がテスディロスの指を斬り落とすように伸びてくる。
槍の柄を回転。斬撃の軌道を逸らしながら間合いを詰めて、石突を跳ね上げる。コピシュを切り替えて打擲を受け止めると、将軍の空いた左の掌にオーラが集中する。それを突き出した瞬間、指向性を持つ衝撃が空間に炸裂した。
テスディロスには――当たっていない。身体を回転させて放たれたオーラの衝撃砲を回避すると、身体の陰に隠すようにして槍の穂先をその勢いに乗せて突き込み、対する将軍はそれをコピシュで払う。そのまま刺突と打擲。斬撃の応酬となった。
大上段から叩き込まれるオーラを纏った重い斬撃を受け流し、テスディロスの刺突が放たれる。皮一枚を斬らせて将軍が切り返す。回避しながら動作そのものが反撃に直結している。生前に身に付けた武芸だろう。
頬を掠めて通り過ぎていく刃。遥か後方まで貫くような猛烈な刺突。焼き焦がすような雷撃が放たれ、オーラの砲弾と激突して爆発が起こる。瘴気の盾とオーラの防壁で突破して切り結ぶ。
技の応酬の中で巻き込むように将軍のコピシュを跳ね上げ、テスディロスが踏み込む。至近から顎を砕くような、天を衝く膝蹴りが放たれた。僅かに将軍の顎先を掠めるも、上体を逸らした勢いに乗せてそのまま回転して斬撃を見舞う。
下方から放たれる斬撃を回避。しかしテスディロスの反撃の機会は訪れない。将軍がもう一本、コピシュを形成して連撃を繰り出してきたからだ。
暴風のような斬撃が見舞われる。瞬き一つの間に幾重に重なる斬撃を、槍捌きを以って受け、捌き、逸らして切り返す。
剣戟の音と共に重い衝撃が互いの身体を突き抜けていく。纏う瘴気とオーラが僅かに揺らぐも――互いの精神に揺らぎはない。
笑っていた。骸の顔で将軍は、それでも楽しそうに笑っていると分かる表情を浮かべていた。人外と化してなお、武人として強敵と戦える事が喜びなのか。
テスディロスも洗練された将軍の武技に称賛を送っていた。ジェーラ女王の側近だったというからには、多かれ少なかれ彼女の方針に賛同なり黙認なりをしていたのだろう。それは相容れない。ましてや邪精霊となった以上は放置すれば多くの血が流れる。
だが、積み重ねた研鑽は理解できる。強者とまみえ、剣を交える事の喜びも。
だから――自身に持てる力の全てを以って相手になろうと。テスディロスもまた笑って、戦いの中に身を投じていく。
一瞬の間に無数に飛び交う槍と剣の交錯。弾ける雷と爆発。皮一枚紙一重ですれ違う攻防の応酬の中で、互いの一挙手一投足に没入していく。相対する将軍以外の何もかもが閉じていくような感覚。自分の戦い以外、周囲の音も聞こえなくなっていくような極度の集中。
僅かに切り裂き、切り裂かれ。雷撃と爆発を浴びて弾かれてはぶつかりあう。互いに捌き切れず、相殺し切れなかったダメージを受けるが――そうなれば分があるのは再生していく将軍の方だ。
ジェーラ女王が健在で信徒達が信仰で邪精霊に力を供給するが故に、再生を行っている。それは承知の上。味方を信じて、状況が変わるまで時間を稼ぐ? それもきっと悪くはない選択なのだろう。きっとそうなるだろうとテスディロスは仲間達を信じている。
だが、それを待とうとは思わない。そうしたくない、この相手には。邪精霊となっても尚、研鑽された技術をぶつけてくる武人を、真っ向から上回り、打ち破りたいと願う。脳裏を過ぎるのは、ヴァルロスやテオドールの顔。
「おおおっ!」
突撃の勢いを乗せるように打ち込んできた重い斬撃を受け止めて、瘴気槍を振り払うように弾き返し、裂帛の気合と共にこれまでにない程の雷を全身に纏う。
それを見て取った将軍もにやりと笑って、凄まじい程のオーラを噴出させた。将軍もまた、テスディロスと似たような感情を抱いていたのだ。
だから不死性に任せ、僅かずつ削って勝つというような方法を良しとはしない。
テスディロスと将軍は少しの距離を挟んで対峙し……そうして示し合わせたように同時に動く。互いに矢のような速度で突っ込み、激突して即座に反転。鋭角に折れ曲がる雷のような軌跡を描いて将軍と渾身の一撃を叩きつけ合う。
「ゴオオオオォオォアッ!」
将軍もまた咆哮する。爆発的なオーラをコピシュに宿し、突撃の勢いに乗せて斬撃を放つ。
持てる力を振り絞り、雷光の速度で飛び回って攻撃をぶつけ合って尚、それでも拮抗していると、テスディロスには感じられた。恐らく、飛行能力ではこちらが勝っても、純粋な技量では将軍が勝るのだろう。全力をぶつけ合いながらも力操作の巧みさで押し切れない。それは生来の種族とどんな生き方をしてきたかという差でもある。
テオドールと共に武術の研鑽は積んでいる。それでも生まれついての強者――魔人として生まれたが故に、武に対して積み重ねてきた時間が違うのだ。
技は僅かに届かない。力で打ち破るにはまだ足りない。ならば何が必要なのか。知恵か。工夫か。それとも想いか。
身体能力や宿した瘴気で足りないならば――それらも総動員して、奴を倒す。自身の能力の精密操作訓練を積んできたのは、こういう時の為のものだ。
テスディロスの纏う雷が周囲に散る。そうだ。雷だ。その瘴気特性故に操作次第で性質や挙動に変化を生じさせられるはずだと、テオドールに聞いた。仲間の技との共通点や親和性があると。
その仲間とはマクスウェルの事だ。自身の雷を上手く操作する事で磁界を造り出せるのだという。それを聞いたテスディロスは自身の技に応用できないかと考えた。そうしてそのための訓練を積んで己を高めてきたのだ。マクスウェルが磁界を利用してそうしたように。自身を加速させるのだ。もっと。もっと速く、鋭く、強く――。
激突。まだ足りない。反転。一撃を叩きつけ合ってすれ違い、一瞬にして玄室の遥か彼方に飛ぶ。一瞬、互いの顔を確認するように向かい合う。将軍もまた、大技の準備をしているのか、テスディロスは更なる力の膨張を感じる。退けば飲み込まれるだけだ。
大きく槍を引いた体勢。テスディロスの握る瘴気槍の穂先から全身に向かって。濃密な瘴気が螺旋状に渦を巻いて。一瞬後に、真っ向からテスディロスは槍を構えて突っ込んでいく。
「はああああああッ!」
「オオオォオアッ!」
咆哮。姿さえ留めない程の電磁加速。対する将軍は剣を一刀に戻すと大上段に構え、天を貫く柱のような巨大なオーラの刃を形成した。迫る雷の魔人に向かってただ一刀、斬り伏せるようにオーラの柱を打ち下ろす。巨大な力が激突して、一瞬にして弾ける。
拮抗していた戦いの決着は、一瞬だった。
飛翔した軌跡に雷の残光だけを残し、槍を突き出した格好のままで動きを止めるテスディロス。その背後に――叩きつけたオーラの巨刃を真っ向から撃ち抜かれ、胴体の大半を抉り取られて失った将軍の姿があった。再生は、始まらない。槍で抉り飛ばされた瞬間にありったけの雷撃をも叩き込んでいたから。
ぐらりと、将軍の身体が揺らぎ、玄室の床に向かって落下していく。振り返ったテスディロスが見たのは落ちていく将軍の、その骸の表情だ。
内側から炎が噴き出し、落ちながら崩れていく。その時だ。玄室にラプシェム達の精霊の力が広がったのは。眩い光の中に落ちていく将軍をも呑み込んで。
それでも。消え去る最期の瞬間まで、将軍は満足そうに笑っていたのであった。