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番外1305裏 玄室の戦い5

「受けよ!」


 声と共にラネブが杖を掲げれば、マジックサークルが閃く。反射的にオーラン王子と墓守が大きく横に飛べば、直前まで彼らがいた場所を光弾が突き抜けていく。

 異変はその背後――墳墓の柱で起こった。光弾の当たった場所に紋様が刻まれ、数瞬の間を置いてからその場所から放電が起こったのだ。


「ちっ」

「通常魔法による刻印魔法の応用――。こんな術を……」


 ラネブは初撃が外れた事に舌打ちし、オーラン王子はその効果を目にして驚きに目を見開く。

 迂闊な防御も許されない術だ。当たれば受けた場所から感電するだろうし、効果は放電だけとは限らない。当然ながら盾や鎧で受ける事すら危険となる。効果時間は分からないが持続的に攻撃を与え続ける。肉体に命中すればその結末は言わずもがなだ。


「女王陛下から賜った術よ! その身で受けられる事を光栄に思うがいい!」


 ラネブは笑いながら風を巻き起こしてオズグリーヴの煙を散らし、同じ術を連続で放ってくる。光弾が飛び交い、オーラン王子が右に左に飛んでそれらを避け、共に戦う墓守にも「避けて攻撃の隙を見るんだ!」と指示を出す。恐らく魔法生物とて、魔力の雷を受ければただでは済むまいという判断だ。

 光壁の魔道具による防御も試みるが、その光の壁を透過するように雷撃だけが飛び散る。王子の装備では防御の意味を成さない。


 効果自体は魔力で刻印を与えるというものでしかないから、魔力の消費や発動速度といった面で優れているし、呪いの類でもない。まともに当たった場合の被害が大きいという事もあり、オーラン王子と墓守は防戦一方となった。


 が――。


「ここッ!」


 剣の腹を向けるようにして光弾を叩くように振り抜く。光弾そのものは威力を伴っていない。オーラン王子に伝わってきた手応えは軽いものだ。

 刀身に紋様の一部が刻まれるが、それだけだ。正しい紋様でなければ刻印術式は機能しない。光弾そのものを切り裂けば対応できると踏んだ、オーラン王子の見立ては正しい。


 それを見て取ったのか、瞬時に墓守の動きが変わる。四足の利点を前面に出すように姿勢を低く疾駆して、放たれた矢のような速度でラネブに迫る。

 回転の良さから既に次の刻印光弾を放とうとしていたラネブは――切り替えが間に合わない。墓守に向けて術を解放するが、オーラン王子がそうしたように剣の腹を使って光弾の一部が欠けるように叩いて突破する。


「忌々しい木偶がッ!」


 ラネブは発動させる術を変化――させない。撃ち込んだ場所が変わっただけだ。つまり、直接相手に放つのではなく、相手の踏み込んでくる空間を塞ぐように、床に刻印光弾を撃ち込む形。


 床から空間に刻印から放電される。魔力の雷に捕捉されて墓守の動きが鈍るが、追撃はかなわない。裂帛の気合と共にオーラン王子が闘気を纏って突っ込んできたからだ。


 大きく飛び退りながらオーラン王子自身とその手前の床に向けて光弾を3連続で撃ち込む。オーラン王子は魔道具で防壁を展開。自身に向かう光弾を回避。足元から広範囲に広がる雷撃を防ぎつつ、雷撃に囚われている墓守を横からかっさらうように飛ぶ。


「大丈夫か!?」


 尋ねれば墓守は淡々と頷く。そうして、自分の背中に乗れ、というように仕草でオーランに示してくる。


「ああっ。共に戦おう!」


 墓守の背に跨ったオーラン王子が闘気を噴出させる。身に纏った武器防具に闘気を纏わせるのと同じ感覚で、跨った墓守を強化した形だ。


「貴様も栄光ある王国に仕えるならば、王族たる我が命に従え! 背中に負った者を斬って捨てろ!」


 王族の血統であるラネブの古代言語に一瞬反応を示すも、墓守はその命令を無視して疾駆する。

 墓守は自意識が薄く感情のない魔法生物として造られたが、それでもラネブを認めないという事だ。ラネブを完全に敵として規定し、オーラン王子の闘気による強化を受け入れ、武器を構えて飛ぶ。


 速度は先程までの比ではない。刻印光弾を放つも右に左に跳躍して回避。オーラン王子自身はレビテーションの魔道具で急制動による身体への負担を軽減しつつ、墓守の機動力を確保している。墓守もまた、四本の腕の内二本をオーラン王子の身体の固定に使う。


 墓守の機動力が爆発的に増した事で、今度はラネブが後手に回る。邪精霊の加護を噴出させて飛翔するが、当たり前のように追随してくる墓守と、杖と剣の二刀流にオーラを纏わせて切り結ぶ。


 邪精霊の加護が齎す身体能力、魔力や反応速度の向上と危険感知によって、墓守とオーラン王子の繰り出す斬撃にも対応して見せるし、時折死角から撃ち込まれる地面からの結晶弾や煙の分身にも対応して見せる。


 ジェーラ女王を信仰に近い感情で心酔するラネブが受け取る加護は、ともすればイムロッド達よりも強力なものだ。


「くくっ! 女王陛下のお力は素晴らしいものだな!」


 剣に纏うオーラを巨大な斬撃波として飛ばせば、墓守が横っ跳びに跳躍しての回避行動をとる。その動きを予想しているとばかりにオーラを宿したマジックスレイブを無数に展開するラネブ。

 目を見開くオーラン王子に、四方八方から刻印光弾が降り注いだ。頭上から下へ。床に当たっても雷撃が放たれるそれは、オーラン王子をして瞬間的に死を覚悟する程のもので――。


「しまっ――」


 が、それらはただの一発としてどこにも紋様を刻む事はできなかった。オーラン王子達の戦いの場に、鳥の姿で追いついてきたカドケウスが割って入ったからだ。傘のように広がって、四方八方から叩き込まれた刻印光弾を受け止める。


 色も形状も変えられる影水銀のカドケウスには、刻印光弾は何の意味もなさない。うねりを見せる表面で刻印を受け止めた瞬間から歪められるし、そもそも色を刻印に同調させる事で紋様を自らの身体に紛れさせての無効化が可能だ。


「な、に!?」


 必殺の確信を以って放ったラネブの技は完全に無効化された。驚愕の表情で通常の魔法を叩き込むが、それはオーラン王子の展開する光壁に弾かれてしまう。


「お、のれ! おのれおのれッ!」


 咆哮するラネブ。爆風の中を突き進んでくるオーラン王子と墓守。激突。杖と剣で交差させて突撃を受け止めるが、火花を散らしながらそのまま押し込まれる。


「もっと! もっとお力を! 我が肉も、魂すらも貴女に捧げましょうぞ!」


 ラネブが声を上げた。その呼び掛けに応じるように、ラネブの身体から立ち昇るオーラが爆発的に噴出する。

 押し込まれていた動きが拮抗する。全身から火花を散らしながらも、ラネブが哄笑を上げた。手にしている杖と剣を力任せに振り抜くような仕草を見せれば、それは衝撃波となって、墓守ごとオーラン王子が後方に吹き飛ばされる。カドケウスがクッションとなって受け止めた。


「ははっ! ひ、ひひ、ひははははッ!」


 紫色の輝きの中から常軌を逸した笑い声。火花と共にめきめきと音を立てて変容していく身体。それはギメル族の秘技――精霊憑依の暴走に近い。邪精霊の力を、肉体の限度を超えて受け取り、取り込み過ぎた結果だ。爪と犬歯が強靭なものとなり、四肢が膨れ上がる。


「なん、という……」


 その身体から放たれる禍々しい気配と、幼い頃から見知った相手が人からかけ離れた姿に変貌していく事に、絶句するオーラン王子。

 ギメル族と共闘するにあたり、精霊憑依に関してはオーラン王子も聞いている。だから、その現象についても何が起こっているのかに関しては想像がついた。


 精霊憑依の暴走だとするなら、戻ってくる事は難しいという。精霊は享楽的なので深刻な暴走が起こっても記憶を失うだけであるとか、半妖精のような陽気な性格変化だけで済む場合もあって、ラプシェムは命を落とすよりはマシだろうと言っていたが――だとするなら邪精霊の場合どうなるのか。


「ゴ、お、おおぉぉオォアァッ!」


 獣じみた咆哮と共に。手首の部分に内側から盛り上がるように刃状の骨剣を形成させると、杖も剣も投げ出して突っ込んでくる。火花を散らしたまま、凄まじい速度で突撃してきたそれを、闘気を研ぎ澄ませたオーラン王子と墓守、カドケウスが迎え撃つ。


 人数で勝る。理性もあるようには見えない。にもかかわらず、加護による察知と化け物じみた反射速度、人外の膂力でオーラン王子達は圧される結果となった。闘気で強化した墓守と並走しながら切り結んでいるので押し切られる事はないが――。


 カドケウスは護衛を兼ねてオーラン王子の身体に巻き付くと、そこから凄まじい勢いで斬撃を放つ。対するラネブもまた本能的なものか。腕の刃骨だけでなく、オーラの刃を形成してカドケウスと同様に鞭のように振るってくる。先程のように魔法を使ってくるわけでもなく、力を制御し切れているわけでもないが、単純な戦闘能力が凄まじい。


 打ち鳴らすような剣戟の音が無数に響き渡る。ラネブの斬撃に応じるのは防御のためでもある。手数が多ければ多い程、一撃に体重を乗せる事が難しくなるからだ。それでも尚、こちらから斬り込む事ができない程にラネブの攻撃密度は高い。


 薙ぎ払いと刺突。光壁による防御。斬撃。闘気を込めた斬撃波。ラネブと墓守の間で幾度も火花が散って。それでも尚、ラネブの変異と力の膨張は止まらない。剣を交えた瞬間の手応えも、どんどん重く軋むようなものになっていく。


 このままではまずい、とオーラン王子の背筋に冷たいものが走った。これ以上の支援で全体の負担を上げるのは拙い。コルリスやオズグリーヴとて全体の戦線を支えるために奔走しているのだ。いざとなればシリウス号側のバロールが転送魔法で引き戻してくれる手筈は整っているが、それで怪物と化したラネブが自由になれば、誰かが引き受けなければならない。


 僅かな時間。しかし無限にも思えるような濃密な攻防の応酬。砕けるような音が響いて、オーラン王子の剣や墓守の腕に罅が入る。カドケウスが更に攻撃的な動きを見せて穴埋めに回る。


 オーラン王子も戦線を支えるために更に闘気を振り絞る。その、瞬間だ。眩い白光が玄室に広がった。ラプシェムとイムロッド達の戦いの中で、凄まじい程の精霊の力が解き放たれたのだ。

 その光はオーラン王子達の戦いの場にも届いて――。


「ギッ! ギイイィアアア!」


 光を浴びたラネブが、顔を押さえて苦悶の悲鳴を上げた。

 その、瞬間に。最も早く動いたのは墓守だった。オーラン王子を後方に投げ出して飛び出すと、自身の腹部外装を引き剥がし、内部から光を放つ球体を取り出す。それを――迷う事なくラネブに向かって叩きつける。球体が砕けて、そこから先程の精霊の力に匹敵するような眩い輝きが生まれた。


 それは――古王国の術者達が遺した、邪精霊や悪霊の力を浄化するためのもの。墓守にとっての切り札だ。


 ラネブが悶絶しながら力任せに腕を振るう。邪精霊の加護は散り散りになりながらもまだ十分な破壊力を有している。

 装甲を失って脆くなっていた墓守の身体は腰のあたりから半分に砕ける。だがその顔は――信頼するというように。後は任せたというように、オーラン王子に向けられていた。飛び出す前に墓守の投げ出した金属の棍棒が目に飛び込んでくる。


「――ああっ!」


 オーラン王子は弾かれたように動いていた。砕けた剣を投げ出して棍棒を手に取る。闘気を纏わせると同時に、何か大きな力が渦巻くように流れ込んでくるのが分かった。それは、精霊の力だ。


 精霊と浄化の力に身を晒しながら、本能的に迎撃に動くラネブ。鋭く伸びた爪を顔面に向かって突き込み、対するオーラン王子は棍棒を振り抜くようにラネブの脇腹目掛けて叩き込んでいた。

 輝く魔力の衝撃が、ラネブの背中側から後方に広がった。打撃に乗せて内部へと精霊の力を浸透させたのだ。


 動きが、止まる。ラネブも、オーラン王子も、カドケウスも。ラネブの一撃は――オーラン王子を捉えていない。カドケウスに逸らされて、頬の近くを掠めていっただけだ。きっと守ってくれると信じたからこそ、攻撃だけに集中できた。


「がはっ!」


 僅かな間の後でオーラン王子が身を引くと、ラネブがゆっくりと崩れ落ちた。


「墓守は――」


 オーラン王子は傍らの墓守に目をやる。墓守は――完全破壊されてはいなかった。破断した部分から内部を指差し、魔石は無事であると示してくる。


「……そう、そうか! 良かった……大丈夫、きっと大丈夫だ。テオドール公が治してくれる……!」


 カストルムやアルハイムも友としたように。この戦友も、彼ならばきっと放ってはおかない。オーラン王子にはそんな確信めいた想いがあった。

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[良い点] 獣も壁や柱にマーキングしながら行動してるため、汗だくである
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