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番外1305裏 玄室の戦い4

 イムロッドが邪精霊の加護を剣に宿して振るえば――魔力の斬撃が地を奔る衝撃波となった。

 ラプシェムは衝撃波を横に飛んで避けると炎の渦を両手に纏わせて踏み込んでいく。足に纏った炎の渦が脚力を爆発的に向上させているようで、地を蹴って踏み込む速度はさながら火山弾のような勢いを見せている。そのまま、イムロッドの脇腹に叩き込むように炎を纏った拳を繰り出す。


 払うようにイムロッドが斬撃を合わせるも、素手であるはずのラプシェムの腕を切り裂く事はかなわない。邪精霊と精霊の力が干渉してスパーク光が散り、互いに弾かれる。


 イムロッドは舌打ちをし、次の瞬間に両者はほぼ同時に動く。叩きつけ合うように激突していく。

 ラプシェム、エンメル、レシュタムはそのいずれもが徒手空拳だ。正確には、武器を必要としない。リーチで言うならイムロッド達に分があるのだろうが、ラプシェム達の纏う精霊の力は攻防に応じて自在にその形を変化させる。


 イムロッドの斬撃に合わせるように炎が渦を巻いて盾となると、ラプシェムはコンパクトなモーションの裏拳を放つ。普通なら届かない距離を炎が払うように広がってイムロッドの頬を掠めていく。


「面白いッ! その力を打ち破ってこそ我らが過去を超えた証となるというものだ!」


 そう咆哮して邪精霊の加護の力を更に引き出し、真正面から激突していく。イムロッドのその様は相手の力ごとねじ伏せようとするかのようで。


 エンメルとゼティ、レシュタムとザカムも同様だ。邪精霊の力を以って、正面切っての激突。

 ジェーラ女王の復活を信じてきたからこそ、イムロッド達に退くという選択肢はない。ジェーラ女王の前。しかも相手がギメル族となれば。


 邪精霊の加護たる紫色のオーラを纏った斬撃と、体術と合わせるように放たれる精霊の力が交差して、閃光と衝撃が散る。そのすぐ近くで槍を手にエンメルと切り結んでいたゼティが、イムロッドと一瞬視線を合わせて交差。瞬時に互いの標的を変える。


 視界外から突きこまれた槍を、しかしラプシェムは視線を向けずに回避していた。ラプシェムの炎とエンメルの風が空中で混ざり合い、指向性を持った爆風となってイムロッドとゼティに向かう。それを散らしたのは、紫色に輝くオーラの矢だ。ザカムの放った矢が爆風を撃ち抜いていた。


 ザカムは凄まじい速度で次の矢を構えてラプシェムに向けるも、それを放つ事は、かなわない。レシュタムが手刀を振り払うように長く伸びた水の刃を放ったからだ。咄嗟に右手に展開したオーラの矢を直接叩きつけるようにして水刃を迎撃したかと思うと、ザカムの周囲にオーラの弓矢が生まれ、そこからレシュタムへの反撃というように引き絞られたオーラの矢が放たれる。レシュタムは側転しながら撃ち込まれる矢を避け、水の弾丸をばら撒く。


 単身にして複数の射手となるような戦闘技術を持つザカムに対し、長く伸びる水によって離れた距離での戦いを得意とするレシュタムである。


 エンメルは――身体に風を纏い、爆風を散らしながら凄まじい速度で滑走するようにゼティへと突っ込んでいく。風の圧力で槍の穂先を逸らし、内側に飛び込もうという動きを見せる。ゼティもまた加護の力を噴出させて、精霊の力を相殺する事で槍が持っていかれる事を防ぐ。


 エンメルの力を槍捌きで受け流し、石突側を跳ね上げるようにして近い間合いに対応する。身体を逸らすように回避したのを見て、ゼティは腕を交差。一瞬の溜めの仕草の後に振り払うような動きを見せ、全方位に弾き飛ばすような衝撃を発生させる。


 それによってエンメルを突き放し、間髪を容れずに間合いを詰めて槍を繰り出す。矢継ぎ早に突き込まれる槍を、エンメルは鍛え抜かれた体術と風の力で受ける。受け流して掌底を繰り出せば、突風のような衝撃波が放たれて。ゼティは首を傾けるようにして衝撃波を避けながら反撃とばかりに薙ぎ払いの斬撃波を放つ。


 エンメルは回避するが、背後にいたレシュタムに斬撃波が迫る。と、横合いからラプシェムの放った炎の弾丸が飛来してそれをかき消した。


 1対1の戦いというよりは3対3。付かず離れず交錯して補い合う。そんな戦いだ。目まぐるしく交差し、あらゆる方向から互いの攻撃が飛んでくる。

 ラプシェム達は同調している精霊の知覚を使う事ができるし、イムロッド達は邪精霊の加護を受けているから視界外から迫る危機を察知できる。


 だから。立体的に折り重なり合うように、攻撃を繰り出し、踏み込んできた相手の攻撃をすれ違うように避けて、別の仲間が突っ込んできた相手に切り結ぶ。呼吸を合わせるように違う相手の攻撃を回避し、迎撃する。

 四方八方に形成された無人の射手から矢が放たれればエンメルが風の盾を形成して防ぎ、エンメルが技を行使した瞬間の隙をゼティに衝かれないよう、レシュタムが水の弾丸を放つ事でカバーする。


 だが、どちらに分があるのかと言われれば、イムロッド達だろう。


「その力……何時まで保てるかな?」


 と、ゼティが笑う。精霊同調の性質を知っているのだ。特にラプシェム達が行っているのは憑依にまで至るものだ。その効果は絶大だが、力を引き出せば引き出す程、精霊に精神面を引っ張られるし、下手をすると自身が精霊に近しい存在になって肉体すらも変質し、精霊と分離しても戻って来られなくなる可能性がある。ギメル族が精霊に親和性が高い事の証明でもあるが……そういった諸刃の力なのである。


 ジェーラ女王――邪精霊の加護にそれはない。あくまでも自身を保ったままで増幅と増強を行うというもの。代わりに忠誠や信仰をジェーラ女王に捧げるという形ではあるが、元よりそれを望んでいたイムロッド達やラネブに問題はない。問題ないからこそ、ラネブが集めてきたネシュフェルの者達より大きな力を引き出す事ができている。


 そうして攻防の中に身を置きながら、少しずつ余った力を内側に蓄積して、大技を放つ準備を整える。どこかで均衡が崩れれば一気に押し切る事ができる。例えば、ラプシェム達の引き出す力が閾値を超えて、制御に影響を受けてしまった時。放出できる力そのものは増大しても変質によって細かな制御が利かない状態ならば押し合いで打ち勝つ事ができるし、変質を恐れて憑依を解除してしまったならば単純に力で押し切れる。


 そうでなくとも、イムロッドは隠し技を温存している。最も有効と思われるタイミングで切り札を切ってくれるはずだと、ゼティとザカムは戦いの中で一瞬視線を交差させて笑う。勿論、均衡が破れる前に押し切ってしまえれば、それはそれで構わない。


「精霊達に背を向けた者に、同調の使い方を揶揄されるいわれはない」


 ラプシェムは静かに言う。降り注ぐオーラの矢を弾き飛ばし、幾度目になるか分からない程の密度の中で、また戦う相手が入れ替わる。踏み込みながらゼティに叩き込んだ掌底を基点に、集束された爆風が生じた。


 小さなモーション。集まっていた精霊の力もそこまで大きなものではなかった。それは――体術と精霊の力を融合させた技術だ。


「ぐっ!?」


 槍の柄で受けるも、威力を見誤ったために爆風の衝撃を相殺し切れない。表情を歪めつつも後方に飛ばされるゼティに、両腕に炎を宿したラプシェムが追撃を仕掛けようと跳ぶ。そこに――イムロッドが割って入る。


 幾度もスパーク光が弾ける凄まじい速度での打ち合い。

 体勢を立て直したゼティがラプシェムに怒りを込めた視線を向けて槍に力を集中させるも――代わりにレシュタムがゼティに切り込んでいた。


 風の渦でオーラの矢を散らしながらエンメルがザカムを追う形。入れ替わり立ち替わりの戦。頭上で、背後で火花を散らし、炎と風、水が弾けて舞い散る。一瞬ラプシェム達をイムロッド達が囲むような位置関係になる。


 その刹那を好機と見たか。イムロッドが眼帯に手をかけながら内側に溜めた力を解放する。

 ゼティとザカムは力を噴出させながら距離を取る。そうして、イムロッドが眼帯を取って目を見開き、その視線を正面に相対するラプシェムへと向けた。


 その、瞳。虹彩の内部に複雑な紋様が刻まれている。刻印魔法の一種だ。人工、後天的な邪眼とも言うべき技術。相手と目を合わせ、刻印を相手の目に映す事によって効果を発揮する。見せてしまえば予備動作も魔力の溜めも、殆ど必要としない。相手自身の目に映った刻印術式が、相手を金縛りにするという仕組みだからだ。


 切り札を切ると同時にイムロッド達は溜め込んだ力を解放していた。振り上げた剣に。突き込もうとする槍に。引き絞った弓矢に、噴き上がる程の紫色のオーラを纏い――。

 性質の違いはあれど実力差は大きくない。囲んだ状態でラプシェムを金縛りにして大技を放てば、3対3の大技の撃ち合いを実質的な数で勝る形に持ち込める。当然、均衡が崩れれば、力技で押し切れる。


 勝利までの道筋。発動のための一瞬の状況判断。完璧と言える――はずだった。ラプシェムは瞳の刻印術式に気付いて驚愕の表情を浮かべたが、金縛りが効果を発揮する事は無かった。イムロッド達の動きに対応するように同調した精霊の力を全身から噴き上げ、エンメル、レシュタムと共にイムロッド達の放ってくる大技に合わせて、自らの持てる力を解放する。


「何ッ!?」


 計算違いに、イムロッドは叫ぶ。過去にどんな存在と相対した時も。瞳を持つ者なら例外なくこの技で相手を仕留めてきた。確実に、最高の瞬間を選んで術中に嵌めたはずだった。


 彼の与り知る事ではなく、またラプシェム自身も「それ」に守られたと意識はしていない。意識はしていなかったがテオドールの預けた対呪法の護符がその懐で効果を発揮したのだ。


 一瞬の攻防の中に含まれた機微は分からない。だが、守られたという感覚だけがラプシェムの中にある。今この瞬間だけではない。皆が自分達の勝利を信じて、戦いに横槍が入らないように守ってくれている。


 だから。その事に心強さを感じながら、相手に打ち勝つためにありったけの力を解き放つ。炎と、風と、水の精霊の力。それに激突する邪精霊の加護を込めた闘気。

 三方向から力がぶつかり合って、膨大な力の押し合いとなった。ラプシェム達とイムロッド達、それぞれの身体に、腕に。大技が激突する反動と負荷がかかる。


「お、おおおおおぉぉおッ!」

「ぐ、おおおおおぉッ!」


 裂帛の気合と共に、精霊と邪精霊の力がぶつかり合って巨大な火花を散らし、玄室を揺るがせる。


 軋むような重圧と術を支える腕にかかる痛み。互いにそれらに耐え、歯を食いしばる。


 金縛りの術を無効化されて、確かに計算は狂った。それでも尚、イムロッド達は自分達の勝利は揺るがないと感じていた。憑依には限界があるからだ。これだけの力のぶつかり合い。どこかで制御し切れなくなって自滅をすると。


 だが――。


「負けない。私達は、負けないッ!」

「ああ――! 我らは生まれた時から共に過ごした精霊と共にある!」

「我らの絆を侮るなッ!」


 分かるのだ。内に宿った精霊達もまた、契約ではなく、それぞれの意志で力を貸してくれている。勝利を祈っていると。墳墓内部は紛れもなくジェーラ女王の領域ではあるが、それでも精霊の力の高まりを、想いを感じる。


 イムロッド達に誤りがあるとすれば。ギメル族の精霊達との関わり方を、過去の伝承と同じだと判断したところにある。

 古王国から分かたれて以後のギメル族は、精霊との関わり方を少し変えている。同調の力を高める為ではなく、精霊達とより良い関係を築くために同調を学び、幼い頃から精霊と慣れ親しむのだ。


 それは結果として憑依の限界を古王国の頃よりも飛躍的に上昇させるものとなった。更に精霊達への信頼を言葉として紡ぎ、その為の戦いだと強く意識する事で、精霊達もまた彼らの力になりたいと、心を一つにする。


 そうして――ラプシェム達の宿す精霊の力が中心で混ざり合い、爆発的に力を高めた。


「な、に!? 押され――」


 均衡が破れれば一瞬だ。イムロッド達は眩く輝く膨大な閃光に押し込まれ、邪精霊の力ごと吹き飛ばされる。破壊の力ではなく、浄化に属する力。意識ごと邪精霊の加護を刈り取り、その身体を呑み込みながら浄化の力を体内へと浸透させる。ラプシェム達と精霊の意志の力が宿ったそれをまともに受けてしまえば――仮に意識が戻ったとしても当分の間は力の行使どころか満足に身動きすら叶わないだろう。

 白光に吹き飛ばされて大きく宙に舞い上げられた三人は、一瞬の間を置き、白目を剥きながら玄室の床上に落下したのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 策士策におぼれるといったところでしょうか。 データを重視して戦ったつもりが過去の情報にとらわれすぎましたね。 現在の情報があっても絆の深さや強さを読めたかどうかは怪しいと思いますが。
[良い点] 護符の中には獣と虎の毛を入れてあるので+αなんやと鼻息荒く獣は断言している
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