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番外1305裏 玄室の戦い2

 ネシュフェルの武官達は装備に組み込まれた刻印を発動させる。武器防具へのエンチャントや身体強化の刻印術だ。効率化と安全化がなされており、装備品と自身の魔力を消費する事で攻防ともに強化される。

 元より魔法によって魔力を用いることのない武官達だからこそ、使われていない部分を可能な形で有効活用するというのがネシュフェル王国の方針だ。

 とは言え、こういった装備を許されるのは信の厚い上級騎士といった精鋭に限られる。装備品に使われている刻印は複数のものを組み合わせた秘伝であるし、秘伝であるからこそしっかりとした管理がなされている。

 ジェーラ女王の復活とそれに伴う契約がラネブ達の最終目標だ。不審な動きから計画が漏れるのを危惧したが故に、そうした装備やそれらを下賜された者に対して、ラネブは近付く事をしなかった。


 つまりは非正規にラネブによって集められた胸像の者達は持っていない装備であり、それはネシュフェルの武官達の優位点と言えるだろう。胸像の者達――ジェーラ女王の信徒が得た邪精霊の加護による強化に対抗するための有効な武器だ。


 闘気を漲らせ、剣に魔法の輝きを纏わせてラネブの配下に斬り込んでいく。対する信徒達も、不穏なオーラを身体から立ち昇らせ、獰猛な笑みを顔に張り付かせながら武官達の斬撃を受け止めた。


 同時に掌が印を結び、刻印術式の光芒が閃く。武官達は左手に装備した盾で生じた小さな爆発を払い、爆風を意に介さず切り込んでくる信徒達に対抗する。たちまち剣戟の音が響き渡る。

 武術、武技、刻印術と精霊の力。剣戟の音と光芒飛び交う乱戦だ。


 高位魔人や魔法生物と邪精霊、武官と信徒達。それらが切り結ぶ中で、ラネブとオーラン王子、ラプシェム達が対峙する。

 ラネブの傍らには眼帯の男と、胸像の中にもいた男達が2名。ラネブの腹心、側近とも言うべき者達だ。


「オーランは私が直接やろう。イムロッド……お前達は手を出すな」

「良いだろう」


 ラネブが言うと眼帯の男は頷き、ラプシェム達に視線を向ける。


「こんな砂漠の果てにまで追いかけてくるとは。森の奥で静かに暮らしていれば良いものを」


 眼帯の男が腰に吊るした剣を抜きながらラプシェム達を見やり、吐き捨てるように言う。


「クク、まあいいじゃないか、イムロッド。あの森で暮らしていようが、結局は裏切り者として陛下が断罪に行くんだからな」

「確かに……ザカムの言うとおり、何も知らずに死ぬよりは納得ができるかもな」


 眼帯の男――イムロッドはラプシェムを見据えながら言った。


「お前達は――何者だ?」


 イムロッドの、ラネブに対する口振りに違和感を覚えたオーラン王子が問う。

 イムロッドとそれに付き添う2人は、服装にしても身体に刻まれている刻印にしても、ネシュフェルの者達と少し毛色が違う。武官の偽装をしていた時と違い、これが彼らの本来の衣服なのだとすれば別の一族という雰囲気があった。


「お前らと同じだ。古王国から分化した一族の末裔だよ。但し、俺達は歴史の過程で古王国から追放を受けたという違いはある。他の連中はラネブ殿下が集めたネシュフェルの者達だが、な」

「そうだ。俺やイムロッド、ゼティは追放された民として砂漠で生きてきた。聖眼は我らから失われてしまったが……真の女王陛下がお帰りになられた以上はあの方が我らを導いてくれるだろう」


 イムロッド、ゼティ、ザカムと互いの名を口にする男達。ザカムはラプシェム達に聖眼――第三の目があって、自分達にそれがない事が気に食わないのか、少し忌々しそうな表情で額に手をやった。


「女王に味方をしたか、女王のやり方を復古しようとして追放された、というところかしらね」

「ラネブがここを探し当てたのも、お前達が噛んでいるな?」


 水を纏うレシュタムと、腕に旋風を宿すエンメル。二人の言葉にイムロッド達は意味ありげに笑う。


「さて。では我らも始めるとしようか」


 ラネブが杖に魔力を宿して両手を広げる。その言葉を皮切りにするように。一瞬の静寂と睨み合いを挟んで、一斉に動いた。ラプシェム達の纏った精霊の力と、イムロッド達の宿した邪精霊の力がぶつかり合って軋んだような音を立てる。

 ラネブの手にしていた杖の先端に光が宿り、マジックサークルが展開。そのまま雷撃を放ってくる。

 オーラン王子は刻印魔道具の光壁を展開しながら雷撃を突破するとラネブに斬り込む。


 ラネブは牙を剥いて笑うとその一撃を、杖で受け止めていた。魔力を宿した杖と、闘気を宿した剣が交差点で火花を散らす。受け流して大きく後ろに跳躍するラネブ。同時に放たれる氷の散弾。闘気を纏った斬撃波を飛ばしながら突破口を作り、空中へと追いかけるオーラン王子。


 シールドを足場に空中での接近を許すも、それでもラネブは笑っていた。


「素晴らしい……! 天才と謳われた貴様の動きも見えるぞッ! 力が内から湧きあがるようだッ!」


 闘気を纏っているにも関わらず、ラネブは押し負けない。杖と共に腰に吊るしたショートソードを引き抜き、マジックサークルを展開して杖から光を噴出させると、反応速度と膂力の向上に任せてオーラン王子の斬撃を正面から打ち破るとばかりに打ち合ってくる。


「何故こんな事を! 王国をより良いものにしていくためによく学べと、幼い私にそんな言葉をかけてくれたのはあなただったというのに!」

「王や貴族達は過去の技術の上に安穏とし、魔力溜まりの間にあるような狭苦しい領域に押し込まれて停滞している事を良しとしている! 民は楽に流されて向上心もない! 貴様もその一人だ! そもそもが主君への裏切りの上に築かれた国! 何もかもが気に食わないのだよ! だから私がジェーラ陛下と共に理想とする国を造る!」

「先人の築いてきた平穏だ! だというのに必要もなく民の不満を力で押さえて血を流そうというのか? 本気で言っているのならば、あなたに王族たる資格はない!」

「貴様のような若輩に認められたから何だというのかッ」


 激突の衝撃に乗せる様に力任せに振り払うラネブ。離れ際、ラネブが掲げた掌の上に巨大な火球が膨れ上がる。

 放たれる火球。飛び退るオーラン王子。一瞬遅れて床に叩き込まれた火球がひしゃげて爆発を起こし一面を火の海にする。だが、そこにオーラン王子はいない。足に闘気を込めてシールドを蹴り、空中で機動を変えていた。


 テオドールの渡した魔道具だ。空中戦装備を提供しても時間が足らず練度は十分とは言えなかったが、ネシュフェルにおいてはオーラン王子の連れてきた武官達も精鋭。自在な動きとまではいかずとも、足場とする程度ならばある程度使いこなしてはいる。少なくとも、一方的に空中から攻撃を受け続けるような事はない。


 それで十分だと、オーラン王子は空中へと跳びながら闘気を研ぎ澄まさせる。ジェーラ女王との契約で力を増しているからと引くわけにはいかない。

 自分達ではジェーラ女王はおろか邪精霊に直接の力及ばないまでも、テオドールと彼に賛同する魔人達が共に戦ってくれている。自分達がラネブを倒せば、それはジェーラ女王だけでなく、邪精霊の回復力を削ぐ事にも繋がる。助太刀を買って出てくれた彼らに、当事者である自分達が力になれるという事だ。


 今だって。オーラン王子の背中を墓守の魔法生物が守ってくれている。突っかけてきた邪精霊と剣を交えて。それはテオドール達だけでなく、当時の古王国の者達が力になってくれているような気がして、頼もしいものだった。


 だから――オーラン王子の戦意は微塵も揺るがない。右に左に飛んで、爆発の煙に紛れるようにしてラネブに斬り込んでいく。




 戦況が変わった。遺跡に封じて逃亡させないための防衛戦から、オーラン王子達に邪精霊達が突っ込んで行かないように守りながらの乱戦へ。そこでの決着がつけば邪精霊相手の均衡も変わる。ディフェンスフィールドの維持と逃走の防止はそこまで重要なものではなくなった。だから、ルドヴィアやティアーズ、兵隊蜂に任せ、オズグリーヴもまた前に出る。


 煙の軍勢を形成。その中に敵味方問わず偽物を紛れ込ませ、敵の偽物には後背をつかせ、味方の偽物は本人と連携させる事で囮とする。

 オズグリーヴの役割はそれだ。積極的に攪乱する役回りを負う、その結果として煙のフィールドを広く展開しているのでオズグリーヴ自身も邪精霊を引き付ける結果となっているし、自身に瘴気を集中させての強化は疎かになるが……承知の上であり、当人の望むところだ。


 仲間が押されたらそれを助けて危機を凌ぎ、オーラン王子とラプシェム達の戦いに横槍が入るのを防げれば良い。煙を広げるという事は、エスナトゥーラの水たまりやアルハイムの泥濘を覆って隠す効果も期待できる。


 それに――策もある。


「む――」


 小さく声を漏らすオズグリーヴ。振り返った瞬間に、飛び掛かってきた邪精霊の攻撃をまともに受けて、オーラの爪による一撃がオズグリーヴの首に深い傷を刻んでいた。そう思った瞬間に、オズグリーヴの身体が霧散した。攻撃を振り切った邪精霊の足元から水晶で形成された大顎が現れて邪精霊の身体ごと挟み込む。水晶の牙で身体をまともに挟まれた邪精霊が咆哮を上げて身をよじるが、オズグリーヴの煙も水晶を強化するかのようにまとわりついて、破壊させずに自由を奪う。


「ふっふ。中々良いようですな」


 そう言って笑うオズグリーヴの姿は、コルリスと共に玄室の床石の下にあった。オズグリーヴの言葉にこくんと頷くコルリスである。


 玄室に施された刻印術式は邪精霊や霊体に対策を施したもので、魔人や魔物に対する効果はない。その事からコルリスは地の利を生かして壁や床、天井内部の空間を利用できる。

 オズグリーヴがコルリスと連携すれば、本体の攻防が落ちる事を承知の上で広く展開し、攪乱役に徹する事ができるというわけだ。実体のない煙と水晶とを組み合わせ、戦況を見ながら変幻自在の攻撃と支援を可能としている。


 とは言え、まだまだ戦況は予断を許さない状況だ。コルリスと言葉を交わしつつも、戦場全体を見ながら、オズグリーヴは瘴気を練って玄室のあちこちに煙を広げ、破壊された自身の偽者を出現させるのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 理想が高すぎたが故に周囲が低く見えてしまい歪んでしまったというところでしょうか。 結果として目的と手段をはき違えてしまっていますね。 王弟に対する神経質な完璧主義者という印象がより強くなりま…
[良い点] 獣は毛分身で学ラン鉢巻き下駄履き状態で三三七拍子の応援バフを掛け始めた
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