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198 ローズマリーの処遇

「――ん」


 声を漏らして目を瞬かせる。中途半端な時間に眠りから醒めた時のような気怠い感覚。

 そして視界に入ってきたのはみんなの嬉しそうな顔だった。


「――ただいま」

「テオ! 良かった!」

「おかえりなさい!」


 口々に言って、抱きつくように飛び込んでくる。もみくちゃにされながら苦笑し、彼女達の髪を撫でたり、肩を抱いたりする。


「怪我はなさいませんでしたか?」

「少し怪我はしたけど……今は大丈夫みたいだ。痛みもない」


 刺された左手を握りながら答える。肩も同様に無事。

 俺の身体に特に問題がないと分かって、アシュレイはようやく安心してくれたらしい。

 1人1人離れ、俺も立ち上がる。


「う……」


 居間のソファに座らされていたローズマリーが小さな声を上げる。そうして、彼女の目に光が宿った。


「ここは――」


 ローズマリーは額に手をやって、小さくかぶりを振る。本に捕らわれていた時間が俺より長かったためか、覚醒までの時間に差があるのかも知れない。


「俺の家」

「……なるほど」


 ローズマリーはややふらつきながらも立ち上がると、作法に則り頭を下げる。


「わたくしの失態でテオドールを危険に巻き込んで、面目ないと思っているわ。本の情報を下さったという方に、礼を言っておかなければと思うのだけれど、この場にいるのかしら」

「それは私ね」


 クラウディアが言うと、ローズマリーは向き直り、再度頭を下げる。そうして丁寧に礼と自己紹介をしていた。

 ちょっと前のローズマリーなら多分しなかった行動だろうとは思うのだが、そうやって礼儀正しく振る舞う様は板についているというか、元々その気になれば真っ当な立ち居振る舞いもできたのだろうというのを窺わせる。

 今となっては派閥の目もなく、王位継承権も失っている。さっき交わした約束のこともあるのだろう。


「その本……大丈夫?」


 シーラが机の上で開きっぱなしになっている本を見ながら言う。


「番人が組み込まれていなければ大丈夫なはずよ。問題は、こういう罠が仕掛けられている本がこれ一冊とは限らないことね」

「……そういえばそうだな」


 今回はオルジウスが城で待ち受けているというものだったから良かったが、最初から番人が襲ってくるというのも考えられる。

 魔法が使えないままのローズマリー1人に解読を任せるというのは、ややリスクが大きい。番人の強さ云々よりも、救助を送り込むのも中で合流するのも、色々後手に回ってしまう部分が問題だ。


 そして、古い文献を遡って情報を求めるほど、地雷を踏んでしまう可能性も増えていくのだろう。


「対策は?」

「私とマルレーンが近くにいれば……本の術式は強力だから、遠隔では無理だけれど」


 マルレーンはクラウディアの言葉に目を瞬かせる。

 そうか……。呪法であるなら祝福で対抗可能ということか。とりあえずローズマリーを王城に送っていき、メルヴィン王と相談する必要があるだろう。




 通信機で連絡を取り、ローズマリーと揃って北の塔に戻ると、メルヴィン王は安堵したように大きく息を吐いてから笑みを浮かべた。


「誠に大儀であった。怪我はしておらぬか?」

「この通り、2人とも無事です」

「ご迷惑をおかけしました」


 テーブルを挟んで座り、茶を飲みながら本の罠について判明したことを話して聞かせる。


「そうか……それでは今のままというのは難しかろうな」


 メルヴィン王は腕を組むと顎に手をやって思案する仕草を見せる。


「解決策はクラウディアが示してくれましたが」

「クラウディア殿に度々王城へ御足労願うというのもな……」


 そうだな。クラウディアはあまり頻繁に王城に顔を出すべきではないだろう。そのへんを解決する策はあるのだが。多分メルヴィン王が口にすることもないと思うのだ。


「……僕の家に留め置けば解決する話ではありますね」


 命を狙われているという問題にしてもだ。


「それは確かにそうであろうが――そなたはこの者をそこまで信用すると?」

「行動で示すとは言っていましたが……」


 元より本心を見せないローズマリーだけに、簡単に信用するとは言えないところもある。だが古文書解読については他に代われる者もいないだろうし、解読を続けてもらうには今回のような事態は防止する必要がある。

 ローズマリーは羽扇を取り出すこともせず、静かに目を閉じて成り行きに任せていたようだが、そこで口を開いた。


「わたくしの身の振り方はお任せしますが……父上にいくつかお願いしたき儀がございます」

「申してみよ」

「一刻で構いません。隷属魔法の解除をお願いしたく」

「何故に?」


 問われたローズマリーが答える。


「誓約の魔法を自らに課したく思います。言いつけられた隷属の魔法では謹慎に価値がなく、わたくし自身の信用には結びつかないものと」


 誓約魔法。これは契約魔法の一種で、隷属魔法を自分にかけるようなものであるが、より強固だ。後から解除するには、誓約の際に付与した条件を満たすしかない。


「そちは……いったい何を誓約しようというのだ?」


 問われたローズマリーは少し思案するような仕草を見せた。


「そうですね。わたくしは生涯、父上とテオドール=ガートナー様……命の恩人であるお二方を裏切らないことを誓おうかと。それを破った場合、命を落とすものであるとしたいのですが……なにぶん解釈と認識の問題がありますので誤発動というのが困ります。何か良い方法がないものかと考えておりますが」


 当然のように言う。思わずメルヴィン王と顔を見合わせてしまう。

 ……いや、契約は怖いなどと言っておいて、その日のうちにこれか。今まで色々騙したりを繰り返してきたローズマリーである。「信用させる」という意味では、確かにこれ以上ないだろうが……。言質を与えない言い回しを得意としてきただけに……やると口に出したらやるな、これは。極端というか何と言うか。


 ……それにしても、解釈と認識ね。誓約と契約と同じものと考えるなら、解釈と認識次第で意図しない場面で発動してしまう可能性があるということだろう。

 内心までは偽れないということか。この魔法の引き金になるのは本人の認識なのだ。


「……例えば……意図せずに裏切ってしまった場合、それを認識した時に死に繋がる恐れがあるということかな?」

「そうなります」


 メルヴィン王はしばらく腕組みをして目を閉じて思案していたようだが、やがて口を開く。


「詰めるべき問題点はあるが……余としては、誓約魔法を用いるというのならそれを認めるに吝かではない。信用とは愚直に積み重ねる以外には得られぬ。望んでそれを壊してきた者が、自ら退路を断つというのならばその覚悟のほども汲むべきなのだろう」

「……しかし代償に命というのは問題があるでしょう。覚悟のほどは分かりましたが……」


 俺としては別にそこまでしなくてもいいんじゃないかとは思うのだが、メルヴィン王が止めないのならば、ローズマリーはやると言ったらやるのだろう。

 俺が言って止めるぐらいなら、そもそもローズマリーはああいった企てをしなかっただろうし。敗北が死に繋がることも覚悟の上だっただろう。覚悟完了し過ぎである。


「裏切りが明白な形になり、且つ行動が阻害されれば良いということであろう? 裏切った場合、術式が組めなくなり、身動きも取れなくなるというのはどうか」

「告白すること、赦しを得ることで束縛の解除が可能とすることが必要でしょう。重大なものと軽微なものが同じ処置では問題ですので」

「相手に判断を委ねるということか。余とそなたが不在であれば誰に告白する」

「……近しい縁の者でしょうか。後は裏切りの定義も決めておかないと。『期待を裏切った』などと、ただ力が及ばなかった場合に発動されても困ります」


 色々と想定されることを詰めていく。非常時に身動きが取れなくなれば身が守れなくなるから困るだとか。


「例外的な状況下では束縛を受けないようにするというのは?」

「でしたら、非常時に当人への危害を加えられないように隷属魔法で補うべきでしょう」


 などと、ローズマリー自身から不備がないように補足を加えていく始末だ。

 諸々の問題点を突き詰め、穴を埋めて。それを紙に書き出して――粗方不備を潰したところで、ようやくローズマリーの隷属魔法を解除するという運びになった。


「それでは、隷属魔法を解除します」


 預かっていた鍵型魔道具を用いて、ローズマリーの隷属魔法を解除する。魔道具の魔石が光を放ったかと思うと、ローズマリーの身体が燐光を纏い、何かが割れるような音が響く。これで隷属魔法が解除されたのだろう。


「それでは――誓約魔法の儀式を行いたいと思います。その後、隷属魔法をよろしくお願いします」


 ――とまあ……そんなこんなで、ローズマリーは俺の家に来るということになった。禁書庫の書物も後日運び込まれるということになるわけだが……これは隠し書斎の1つも増築する必要があるだろうか。

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