番外1303 王弟の関わりは
少しの間みんな無言だった。話に聞き入りながらも、考え込んでいたというか。
「叔父上は、一体何を考えているのか……」
『このような場所と知りつつ、ギメル族の秘宝を持ち込んだのか……?』
最初に口を開いたのはオーラン王子だった。モニター越しにこちらの様子を見ていたセルケフト王も表情を険しいものにしながらかぶりを振る。
「そう、ですね。ギメル族の方々が今まで集落近辺で秘宝を用いた秘儀を行っていた事や、過去に違う場所で暮らしていた事を踏まえて考えれば、秘宝の力は場所に依存するものではありませんから」
『……ここに運んできた目的は、ジェーラ女王自身か、その力を借りて行う何か、という事になるのでしょうね』
ローズマリーが目を閉じて言う。そうだな。そしてそれが良い結果を齎すとは思えない。
と、そこで王城からの通信が入る。
『デレク殿より審問の途中経過について、伝言を預かっています』
「ありがとうございます」
武官は頷くと、デレクの言葉を伝えてくれる。
『審問を受けた者達に秘宝を持ってくるように指示を出したのは王弟殿下という事です。少なくとも、彼らはそれを真実だと思っているようだ、と仰っていました』
なるほど。審問であるが故に彼らの主観ではそれが真実である、という話し方になるわけだ。魔法審問官のデレクとしては、その辺を注意して欲しいと常々考えているのだろうが。
ともあれ、彼らはそう思っている、というところまでは間違いない。オーラン王子やセルケフト王は残念だというように眉根を寄せ、表情を曇らせていた。
『それと、気になる話をしていたとデレク殿は』
「なんでしょうか?」
『そうする事で大きな力を得られるのだと……そう王弟殿下が仰っていた、と。デレク殿のお話によりますと、魔法薬の効果で焦って、ついうっかり漏らしてしまったようで……その事も真実だと思っているようですね』
……なるほど。目的はそれか。
それにしても、そんな話も引き出せたか。夜長鳥の囀りに自白を促す効果はないが、黙れなくなるからな。何度か審問と併用しているデレクなら、それだけで上手く証言を引き出せるという事なのだろう。
「ありがとうございます。デレク卿にお礼をお伝えしていただけますか?」
『承知しました』
武官は笑って一礼すると、連絡役の女官にその場を任せて退出していった。
「これで、遺跡の謎と、叔父上――いえ、ラネブの目的も概ねはっきりしましたね」
オーラン王子は一旦言葉を止め……意を決したかのような表情に切り替えてから言った。
『ジェーラ女王の力を利用する目算があるのかしら。それとも……力を分けてもらう契約のような事をした、とか?』
と、ステファニアが思案しながら言う。
「まだジェーラ女王の状態が不明ではあるからこうとは言い切れないけれど、偶然墳墓を見つけて調査をしていたら、女王の霊体が取引や契約を持ちかけた……というのなら、その後の行動にも納得がいくかな。その魔力や念だけが残っていてそれを利用したいという可能性もあるけれど」
「それなら……壁画の内容を知らなくても秘宝の事は分かる、か」
ラプシェムが俺の言葉を受けて言うと、カストルムやアルハイムも同意するようにこくんと頷く。
「勿論、解析や解読をして承知の上でという可能性もあるけれどね」
現に……扉は無理に破られたものではない。古文書か研究の結果か、元々ラネブ達の中に応用可能な技術、知識を持つ者がいたか。ネシュフェル王家とギメル族の祖が同一なら、王家の血に反応して扉が開かれた可能性もあるが……いずれにしても状況は良くないな。
当然、ジェーラ女王との戦闘も視野に入れて進んでいくべきだ。
そう言うとみんなも意を決したような表情で頷く。休憩もできた。転送魔法で撤退する事も可能だ。退路は確保できているしラネブ達を放置しておくという選択肢はないから、このまま進んでいくとしよう。
そうしてまた同じように隊列を組んで、奥の扉を抜け……再び迷路部分へと足を踏み入れていく。
足跡は残っているので、進んでいく要領としてはさっきと同じだ。そうして新しい足跡をカドケウスとコルリスの嗅覚を頼りに追って奥へと進んでいくが……。
「……何でしょうか。新しい足跡が増えていますね」
「増えている……?」
カドケウスからの視覚情報で分かった事だが。今までの誰とも一致しない足跡が、奥の迷路に入ったところで混ざるようになっている。扉の付近から奥に向かったというのなら分かるが……そういう動きではないな。
足跡の形も、普通の人間のそれではないように見えるが……。
「魔物ではなく……場所柄的には封印維持のための魔法生物かも知れません」
そう言いながら周辺への警戒を強めつつ進んでいると、早速正面奥――脇の通路から何かがゆっくりとした足取りで姿を現した。
それは――独特の意匠をした石像型の魔法生物だ。足は四本。四足の獣のような下半身に、人間型の上半身ではあるが四本の腕があり、それぞれに武器を持っている。
魔法生物はこちらに向き直ると、手にした剣と棍棒。そして弓矢を構えてくる。
……が、みんなが身構えた瞬間、一歩前に出て、魔法生物の動きを押しとどめるように掌を向けたのはオーラン王子だ。
「王家の者の事が分かるのならば……止まってはくれないか」
オーラン王子がそう口にすると……魔法生物はゆっくりと武器を降ろす。その反応にオーラン王子は少し安堵したように息をついた。
「どうやら、ネシュフェル王家と関係があるという推測は当たっているようですね」
そう言って笑うオーラン王子である。
防壁を張る魔道具側を前に突き出しているから、攻撃を仕掛けて来ても止める算段があっての行動だったのだろうが……なるほどな。王家の血筋に反応しているわけだ。
それからオーラン王子は翻訳の魔道具はないか尋ねてきたので予備を渡すと、巡回を続ける、というように立ち去ろうとしている魔法生物に向かって口を開く。
「私達はジェーラ女王の解放を止めに来たのだ。敵ではない。力を貸してくれないか」
そう伝えると、魔法生物は向きを変えた。新しい足跡が続いている奥へと進んでいくようだ。管理者側と認識して任務に戻ろうとしていたあたり、あまり高度な自意識は付与されていないゴーレム系の魔法生物、かな。
とりあえずオーラン王子の指示を聞いてくれるようだから、問題はあるまい。ラネブとの間で指示が衝突して齟齬を起こした場合、恐らくはジェーラ女王の行動を阻止するという基本的なところに立ち返って動くから、味方という枠で考えて良いはずだ。
オーラン王子もそれは分かっているのか、魔法生物に先行しているラネブの事も含めて話をしていた。複雑な事情まで理解してくれるかどうかは分からないが、やっておいて損はないだろう。ここまで戦闘の痕跡がないのも、オーラン王子と同様ラネブも魔法生物を押し留める事ができるからなのだろうし。
しかし、オーラン王子は肝も据わっているし機転も利くな。デュオベリス教団への対策としてジャレフ山の指揮官として派遣されていただけのことはあるというか。個人としては身のこなしを見る限り武芸も磨いている様子が見られるし、武官達も練度が高そうなので同行する立場としては安心である。
そうやって魔法生物達の道案内で迷路を進んでいくと――やがてまた開け放たれた封印の扉と、更に下へと続く階段が姿を現した。
重苦しい気配は、溢れる様に下から漏れてきている。ジェーラ女王とラネブ達がいるのは、この下だな。