番外1301 壁画と古代文字の回廊
足跡やにおいといった痕跡が残されているという事もあって、迷路の進行方向そのものはそれほど迷わない。アピラシアの働き蜂達も迷路の内部に侵入して、現在横道に入ってマップの作成中である。そこまでは良いのだが……いくつか気になる点があるな。
「錯綜している中には古い足跡もありますが……新しい足跡には迷いが見えませんね」
カドケウスから得た情報をランタンで幻影として映し出すと、それを見たシーラが言った。
『ん。真ん中左と右端あたり。時間の違いはあるけれど同一人物の同じ靴に見える。他のものも、多分、古いのと新しいのの一致がちらほら』
『過去に訪れている、というのが裏付けられた形になりますか』
エルハーム姫が言うと、みんなも少し表情を曇らせた。
「そういう事になりますね。叔父上は持病に効くと言って静養地を過去にも訪れています。状況とも一致するでしょう」
遺跡内部を進みながらオーラン王子が答える。
湯治のために街の外にある秘湯を求め、護衛の者達や現地の案内人等と共に出かける。怪しまれる事なく纏まった行動の時間を得て、研究なり迷宮の調査なりが可能だった、という事になるな。
古文書や情報提供者。或いは全くの偶然による発見か。何にしてもこの遺跡を知るきっかけがあって、調査した結果としてギメル族の秘宝が必要となって今に至るわけだ。
「それと……暗視の術を使わなくとも見通しが良いというのも気になります」
天井に描かれた刻印術式がぼんやりとした光を放って、迷路の内部をある程度見通せるようになっている。誰のためのものかと言えば、夜目の利かない……人間のため、だろう。侵入者には配慮する必要がない。となると、住民か管理者のためのものだ。
先頭で生命反応や魔力の集まっている場所がないかを見て、足跡に光魔法を展開しながら、そうした考えをみんなにも伝える。
『住民、というのも確かに有り得ない話ではないけれど……』
『問題は管理者のために、という場合かしらね。見通しの良い方が良いというのなら、封印対象との戦闘も想定に入れていた可能性があるわ』
クラウディアとローズマリーが表情を険しいものにする。そうだな。通路の広さと言い、何者かを出さないように戦闘を想定しているとするなら構造や設備にも辻褄が合う。
奥に進むに従って、魔力も段々濃くなっているように思う。遺跡内部に入ってから精霊達は……見かけないな。人の立ち入る事がない人工物だからか。魔力の波長も、精霊達の好みそうなものでもないし。
ギメル族と契約している精霊達はラプシェム達の肩に乗ったり衣服に掴まるようにしてぶら下がったりしているな。視線が合うと微笑んだり、きりっとした表情になったりと反応はそれぞれ違うが友好的だしやる気もあるようで。
小さな精霊でもエルフやギメル族と力を合わせれば結構な力を発揮できるというのは間違いない。アウリアによれば「術者の魔力は使うが、術者本人と精霊の安全確保をした上で十分な規模の現象を起こせる」との事ではある。
契約精霊を連れているラプシェム達についてはこの場所でも心配はいらないというわけだ。
ともあれ……現時点では戦闘の痕跡もないし、罠もないな。この遺跡が何かを内部に封印するためのもので、かつては人の手で管理や防衛がなされていたと考えるなら魔物や魔法生物を配置していない理由も分かるが……。
そうやって新しい足跡を追って奥へ奥へと進んでいくと、また気になるものがあった。内側に向かって開け放たれた、分厚い石の扉だ。古い足跡はこの辺に沢山残っていて、ここで調査を行っていた事が窺える。扉には外側と内側にそれぞれ違う効果を持つ刻印が施されている。
「これは――」
重苦しさすら感じるような分厚い扉に、みんながそれを見上げる。
「外側は恐らく……施錠と構造の強化、でしょうか」
オーラン王子が表側に刻まれた刻印を見て刻印の種類を教えてくれる。
「そして内側は様々な力を想定した防御の刻印……ですね。これは、封印の扉かと。薄々分かっていた事ではありますが、この遺跡が何故造られたのかもはっきりしました」
迷路や扉……遺跡の目的もはっきりした。内側にあるものを封印し、外に出さないようにするためだ。そしてその、封印されている何かは、扉を破るための行動ができるような知性や能力を持つような何か、という事だ。
扉の奥には古い足跡、新しい足跡共に続いている。要するに……胸像の者達が既に過去に封印の扉を開け放っている、ということだ。
「扉の奥にも……何かあるな」
ラプシェムが言った。扉の奥には真っ直ぐに続く回廊。ここは迷路のような構造ではなく一本道だ。両脇に文字と絵で何か記されている。
足跡は……奥に続いている。罠はなさそうなので、そのまま扉の奥へと俺達も進む。
「壁に描かれているのは遺跡の来歴、か?」
エンメルが壁を見て言う。
「ここに書かれている文字は読めますか?」
「問題ないわ。一族の古い文字や表現もあるけれど……ええ。何とか解読できる、と思う」
レシュタムが俺を見て頷いた。
「解読していった方が良い……と思う。この奥にあるものを知らずに相対して、対応を誤る事は避けたい。我らの身や、秘宝を守る事にも繋がるはずだ」
「それは――同意見ですね」
ラプシェムの意見に同意する。何を封印しているのかは不明だが、相手の来歴を知ることが性質を類推して決め手や対抗策に繋がったりもする。
時間のロスとどちらを取るべきかと考えると判断の難しい所だが、もし封印が解かれてしまうような事態になれば尚の事、解読して対策を練る機会が失われてしまうなんてことにも成りかねない。
とりあえずは、見たままをウィズに記憶してもらおう。フォレスタニアでも中継映像を見ているマクスウェルやオウギといった魔法生物の面々が壁の映像を見て、そのまま記憶してくれるとの事で。後衛のサポートも万全だ。
追跡や罠、遭遇戦への警戒もしてきたから、多少みんなも気を張っているだろう。どうせ調べ物をするのなら休憩時間を挟みつつ、少し緊張の糸を緩める時間を作った方が良い。特に迷路探索はオーラン王子やラプシェム達は不慣れだと思うし。
そう言うと、みんなも同意してくれた。
壁画の回廊は見通しが良いので物陰を警戒しなくとも良いが……少し先も確認しておく必要があるな。真っ直ぐな回廊は両端に同じような刻印の扉があり、奥側の扉のその先はまた迷路になっているようだ。
ただ、回廊奥側の扉は造りや刻印の内容が少し異なっているな。
こちら側からは施錠と構造強化の刻印が施されているが……奥側から見た場合、迷路の壁に偽装してある。そもそもの出口に気付かせないような構造にしてあるわけだ。
内側から破られた場合に警告されるように魔法的な回路も組んであって……これはもし出口を発見しても二重扉にして足止めをするためだろう。その間に迷路や外部で迎え撃つ……といったところか。
「相当なものだな。これを造った者達は余程警戒していたと見える」
構造について説明すると、ルドヴィアが眉根を寄せた。
アピラシアの働き蜂やティアーズが見張りについてくれたので、罠がない事を確認してから腰を落ち着け、ラプシェム達が交代で壁画に目を通していく。
そうやって解読している間に、王城からも報告が入った。
『魔法審問に関してですが、デレク殿からは分かった事については状況が許す限り随時お伝えしていきたいとの事です』
「ありがとうございます」
女官の言葉に頷く。
黙る事ができなくなる魔法薬……夜長鳥の囀りも効果が出てきたので男達とラネブとの繋がり、秘宝についてを調べている最中、とのことだ。現時点で分かっている事、推測できる事の繋がりについて聞くことで、事実関係をはっきりさせるわけだな。
壁の文字の解読が進めば頃合い的にデレクからも情報が上がってくるのではないだろうか。