番外1300 地下に広がるものは
「ネシュフェル王国式の刻印術式を、お話だけでなく突入前に見る事ができたのは有難い話です」
「確かに。口頭でお伝えしましたし、手持ちの道具でお見せしましたが、彼らのような形式の場合は実際に行使している場面の方が分かりやすいですからね」
オーラン王子が笑って応じる。
発動形式にしても色々応用が考えられるし、魔力の動きより相手の細かな動作に注意が必要な技術というのは間違いない。暗殺、不意打ちでも力を発揮しそうだし……ボディチェックにしても刺青、染料を確認しなければならないから、服の上から武器を探すだけでは不十分だ。
だからこそ刻印術式が発達しているネシュフェルでは肉体美を誇る、という文化なのかも知れないな。暑さや寒さをそれで対策しているケースも多いし。
他国なら契約魔法等を用いて攻撃用の刻印を保有していない、或いは保有しているなら事前に残さず申告すると言った方法で要人の暗殺対策も可能ではあるかな。刻印術式を無効化する刻印装備を分かりやすい所に装備してもらうとか。
ともあれ、そうした対策については後でゆっくり考えるとして。
無力化した2人はと言えば……地面に横たわったままで苦々しげな表情を向けてくる。意識はしっかりと残っている。見動きが取れず、魔法が使えない状態でも言葉は話せるが……この様子では何か質問しても簡単には答えてはくれなそうだな。
魔法審問がなければ何か答えてくれたとしても真偽が分からないし、態度から見抜くにしても意表をついたというケースならともかく、相手が覚悟を決めてしまっている場合、演技を行ってくる事も考えられる。
時間稼ぎをすれば十分と考えていた場合、引き伸ばそうとあれこれと手を打ってくるだろうしな。
「この場での質問は無意味に終わる可能性が高いので、梱包してから転送してしまいましょうか。審問官殿にお任せした方が良いかと」
「それは確かに」
「こ、梱包? 転送? 待て、一体何をする気だ……!?」
俺達のやり取りが耳に届いたのか、男達が反応を示すが……説明しても仕方がない部分はあるので悪いが無視する形で淡々と進めさせてもらう。
というわけで特に質問を投げかけることも彼らの疑問に答える事もなく、封印術を施して土魔法によって梱包。身動きを取れなくして石の箱に封印維持の刻印を刻む。
その際、身体に施された刻印術式については木魔法と水魔法で構築した同色の染料で塗り潰してしまう。こうする事で一時的に無力化しておくというのが良いだろう。中々落ちないので当分先程の術は使えないはずだ。
「き、貴様、一体我らをどうする気なんだ……!?」
「おい! こ、答えろ……ッ!?」
「では、送ってしまいます」
淡々と転送魔法陣でフォレスタニアへと送ってしまう。オーラン王子達は男達の反応に気の毒そうに苦笑していた。
フォレスタニア側では騎士達が転送魔法陣で送られてきた男達を担いで早速王城へと運んでいく光景が中継映像で見えている。
彼らにしてみれば突然見知らぬ異国に送られて混乱の極みではあるだろう。運ばれていく時に涙目になっていたが……まあ魔法薬があるし審問もスムーズに進むだろう。
『後はお任せ下さい』
王城にも連絡が入り、魔法審問官のデレクが笑みを見せてそんな風に答えていた。
「さて……では、続いて動いていきましょうか」
そう言うとみんなもこくんと頷く。周囲を覆っていた煙の壁も霧散し、ぽっかりと口を開けた遺跡内部へと視線を向け、内部を覗き込んでみる。
下方に続く長い階段……地下に続いているようだな。階段の幅は広いから、潜入班の面々全員で問題なく入る事ができそうにも見える。
ここからでは地下の構造が分からないから、実際に降りてみないとな。
『お気をつけて、テオ』
『無事で帰ってきてね』
グレイスやイルムヒルトが遺跡内部に入る前にそう言ってくれる。
「ああ。行ってくる」
笑って頷くと、みんなも笑顔で頷き返してくれた。うん。力になるな。
同行する面々と連れ立って下方に続く階段を進んでいく。コルリスでも通れるぐらいに階段は大きいものだが……内部はどうだろうな。
構造物を無視できる造りであれば隧道の時と同じように、ある程度狭くても動けるとは思うのだが。
「……これは――」
階段を降り切ったところでラプシェムが言った。
遺跡の内部は――迷路のような構造になっているようだ。階段を降りた空間は少し広くなっているが、すぐに枝分かれしている。
ただ、通路自体はそれなりに広く、あちこちに刻印も施されて頑丈な構造に見える。何時の時代のものかは分からないが、割と綺麗に形を残して現存しているだけの事はあるな。この人数で行動したり、コルリスが降りていても問題ない。
だがこの場所は……。
「迷路とは……」
オーラン王子が表情を曇らせる。
「見た目から神殿や儀式場のような場所かと思いましたが意外ですな」
「確かに。何を目的としたものでしょうか」
ウィンベルグの言葉にオルディアも首を傾げる。
「迷路、迷宮は外からの侵入を拒むためか、或いは内部に封じたものが簡単に出てこられないようにするため……かな」
目的としてはそのどちらかだと思う。境界迷宮に関しては前者だな。戦闘訓練や月光神殿や精霊殿の盟主の封印に関連した施設等の別の目的も後付けで付与されてはいるが、クラウディアと迷宮核のある中枢部を守る、というのがそもそもの迷宮の造られた目的だからな。
俺自身も迷宮の区画に手を加えたり新設したりしているが……これらについては両方の目的を兼ねていると言えるな。魔界と冥府への往来を管理できるようにしている。
「となると……秘儀の祭祀場、宝物庫や危険物の隔離、封印等が目的として考えられますかな」
オズグリーヴが言う。
「そうなる、かな。通路が広いのは権威付けでないならば、奥に配置されたものに大人数で対応できるように考えられている……とか」
まだ断言はできない。どういう目的で造られた迷路かは、もう少し進んで行けば構造から推察できるとは思う。ただ、肌に感じる魔力の質は……良くないな。重苦しい、陰鬱な気配がする。そう伝えるとみんなが表情を険しくした。
ともあれ、正しい順路は――先行した者達が教えてくれる。シリウス号側にはバロールがいるので、潜入班側にカドケウスが同行している。俺の腕に身体の一部を絡ませて身体を浮かせ、薄く地面に広がって、ラネブ達が残したであろう足跡を調べていく。
「積もった埃に……新しい足跡が残っていますね。基本的にはこれらの足跡を追っていけば……彼らのところに辿り着けるかと」
光魔法を展開し、足跡に重ねるように乗せる。
『ん。既に彼らが歩いたところは踏んでも罠が作動しない場所。足跡が乱れていたら、そこで魔物や魔法生物と遭遇したか、先に罠があったという事になるから危険が近い。足跡が戻っている場合は――その先行き止まり』
シーラがティアーズの持つ水晶板越しに補足説明を入れてくれる。そういうことだな。魔物や罠があるかはまだ分からないが、光らせている部分に足を重ねる様に進んで行けば基本的には安全という事だ。物理的な仕掛けに関しては足跡で判別し、魔法の罠に関しては片眼鏡で注視する。刻印術式系の罠は、装飾に注意だな。
「もし罠が発動したり、魔物や魔法生物の不意打ちがあっても、護符で防御は可能ですが……慎重に進んでいきましょう」
そう言うとみんなも真剣な面持ちで頷いた。コルリスも鼻をひくひくとさせて大丈夫、というように通路の奥を示してくる。では――気合を入れて進んでいくとしよう。