番外1299 ネシュフェルの刻印術
「柱や神殿の造りは私達の集落の建物に似ている……と思う。それに……あの連中……」
岩場の間に掘り抜かれた広場を見て、ギメル族のレシュタムが不機嫌そうに眉根を寄せる。
そうだ。野営地の見張りについている2人の男の内1人は……胸像の中にいた者である。胸像の者達以外に人員がいるというのは静養地を出発した時の目撃情報から分かっていた事ではあるが……。
広場に2人しかいないのは他の者達は遺跡の内部に入っている、ということだな。広場には天幕が張られているし、ラクダの数も目撃情報の通りだ。天幕の中や入口付近には生命反応がないからな。
そしてレシュタムとしては、柱と神殿の建築様式やそこに施されている意匠がギメル族の文化に近いと感じるわけだ。ラプシェムやエンメルもレシュタムと思う事は同じようでその言葉を首肯している。その辺は間違いなさそうだな。
「どうやら、間違いないようですね」
『秘宝を盗み出したのは、ほぼ間違いなく儀式や実験を目的としたものね』
ローズマリーが思案しながら言った。遺跡がギメル族と関係のありそうなものだしな。
「まずは……転送術式でみんなと合流しましょうか。その後まず眼下にいる2人を制圧し、遺跡内部に入っている者達の身柄も押さえるという方向で動いていきましょう」
「叔父上に同行している者達と……胸像の者達――秘宝盗難の実行犯の関係はまだ分かりませんが、他民族の財産……特に祭具のような重要な品を盗み出して周辺の情勢を不安定にさせた時点で、既に彼らを拘束して尋問するには十分過ぎる行いですからね」
と、オーラン王子。ラネブとの関係がどういうものであれ、実行犯と行動を共にしているという時点で容疑者、というわけだ。下手をするとネシュフェル王国とギメル族の間で戦争になっていてもおかしくはない行動だしな。
仮にラネブが盗品だと知らないのだとしても……それはそれで王族を謀った容疑者という事になるし。潔白の証明は魔法審問の場で行って貰えばいい。
転送魔法と通信機や水晶板があるから、審問の結果も現場ですぐに分かる。
魔法薬……夜長鳥の囀りとの併用ができるので、答えをはぐらかして引き伸ばしもできないという事を伝え、一旦タームウィルズ側に転送する事をセルケフト王とオーラン王子に承知してもらっている。
船倉に拘束しておくのも監視の目が必要で大変だしな。
余裕ができた時点でネシュフェルに引き渡すという流れなら負担も少ないし、重要な情報が間に合うという事も有り得る。
というわけで、転送魔法を使って書斎を調べていたカドケウスを呼び戻し、タームウィルズやフォレスタニアからアウリア、エスナトゥーラ、ルドヴィア、ザンドリウスといった面々にこちらに来て貰う。
「おお。お初にお目にかかる。タームウィルズ冒険者ギルドのギルド長のアウリアという」
「エスナトゥーラと申します」
初対面の面々に挨拶を行うアウリアやエスナトゥーラ達である。
「カドケウスもありがとう」
猫の姿になってこくんと頷くカドケウスである。
さて。では人が揃ったところで早速動いていこう。出撃する班とシリウス号で待機する班に分かれて動いて行くのが良いだろうと既に話し合いはしてあるが、今の状況を見てもそれは変わらないだろう。遺跡潜入班と待機班だな。
待機班はエルハーム姫やオーラン王子の護衛役も兼ねているが、もし遺跡から連中が逃げ出した場合に追いかけて捕まえる役割にもなれる。
ラプシェム達は潜入組だ。自分達の事ならば心配はいらないとラプシェムは言っていた。ギメル族を代表して秘宝奪還役として派遣されてきたわけだしラプシェム達は一族の中でも腕が立つ者達という話だからな。
遺跡に関して何か分かるかも知れないし、自分達の姿を見れば心当たりがあれば反応を示してそれぞれの背景についても察しがつくだろうというわけだ。そんなわけでギメル族である事が伝わりやすいようにラプシェム達は仮面を外していくつもりらしい。
それからアウリアはシリウス号待機班となる。精霊に詳しい者が船に残っていた方が安心だからな。エルハーム姫の護衛は必要なので、それはエギール達に任せる事になる。
オーラン王子と共にネシュフェルの武官達は自分達の事であるから人任せにはできないと、共に潜入班に加わる形だ。
オーラン王子の参加については大丈夫なのかと話し合いはしたが、当人が望み、セルケフト王が許可を出した。俺達がいてギメル族も前に出ているのにネシュフェルの者達が安全な所にいては示しがつかないというわけだ。オーラン王子自身も実際のところはかなり腕が立つとの話で、戦闘用の刻印術式関連への知識もあるからきっと役に立ってみせるとそう言っていた。
船に護衛と人員は残るので、テスディロス達は出撃する。民衆の前で兵士達に力を振るうというような、危惧していたような状況とは大分違っているので、テスディロス達が前に出ても問題はあるまい。
と言ってもザンドリウスは待機班ではあるが。コルリスに関しては……遺跡の規模次第で変わってくるか。ともあれ、大きな変更はないのでこのまま作戦開始と行こう。
転送魔法で使った魔力を回復させるためにマジックポーションを飲み干す。念のため、降下した後のみんなの動きを簡単に決めてから動いていこう。
装備品を確認。テスディロス達の封印術を解いて、甲板に出る。眼下の状況、生命反応に変化はないな。天幕とラクダの面倒を見ている人員の他には、人はいない。
オーラン王子達にも空中戦装備の魔道具や護符を身に付けてもらい、迷彩フィールドを纏って一気に広場に降下していく。
地面に到達する前から各々動き出す。
「眠れ」
スリープクラウドを発動。煙に巻かれたラクダ達が地面にへたり込むようにして眠り出す。同時に風魔法で音を遮断して、物音や助けを呼ぶ声が連中の仲間に聞こえないように保険をかけておく。
オズグリーヴの煙も、着地より早く展開している。遺跡の入口、広場に続く細い道を塞ぐ事で進路も退路も断っている。
「何……だ?」
と、男達が顔をラクダの方に向けた時には包囲が完了していた。オーラン王子とラプシェム達が、相対するような位置に降り立ち、少し距離を取って向かい合う。
「お、オーラン……殿下……? な、何故ここに」
「三つ目の……ギメ、ル……!?」
片方……胸像の者ではない方が思わず反応してしまって、しまったといった表情を浮かべる。
なるほどな。ラネブに同行している者達にはギメル族の秘宝を盗み出したという自覚がある、と。
そう思った次の瞬間には男が手を開いてオーラン王子達に向けるような動作を見せる。対するオーラン王子も、手首の装飾品を前に翳して――。
その、次の瞬間には2人の男は地面に倒れ伏していた。俺がシールドを蹴って突っ込むのと、紫電を纏ったテスディロスも動くのがほぼ同時。
ウロボロスの打擲で叩き伏せ、テスディロスの電撃を受けて崩れ落ちる。倒れ込んだそこにオルディアが瘴気を浴びせれば、煌めく光の欠片が宝石になってその手元に引き寄せられる。能力封印だ。
五感は無事だが手足は満足に動かせないといった状態だな。男達は信じられないといった表情で地面に倒れ伏している。
「攻防用の刻印術式の発動も相当速いはずなのですが」
オーラン王子が苦笑する。オーラン王子の前には光の壁が生じていた。刻印術式はマジックサークルをもっと簡略化、高速化したような術式だな。応用やフェイントよりも発動速度に重きを置いた方式といった印象だ。
オーラン王子の場合は装飾品に仕込んであるようだが、対して男の手には刺青による紋様が直接施されている。
「攻撃用の刻印術式、ですか」
「ええ。指の背中側と掌に描かれた刻印を合わせ、手を特定の形にして突き出す事で攻撃術式が発動する、という仕組みです」
日常生活でしないような手や指の形に添って刺青を入れるというわけだ。発動速度が一段速い、というのは念頭に置いておくべきだな。