番外1295 南方の武官達
王弟の別荘の間取りを確認。静養地全体の、上空から見てわからない部分をカドケウスで補完といった作業を進めていく。
別荘からは明かりが漏れていたので人がいる、というのは間違いない。ラネブと胸像の人物が繋がっているのかは分からないが……別荘の者達も寝静まった頃に状況を見て夢の世界に引き込みたいところだ。
とは言え……夢の世界で胸像の者達を見つけたとしてもホルンは獏だから夢の世界の中で連中をどうこうする、ということはできないのだが。
悪夢やそれに類する夢を見せない、というのが獏の種族的な矜持というか。能力の根幹がそういうものなのかも知れない。だから連中の制圧や無力化は夢の世界で行う事はできない、というわけだ。
『難しいものですね。しかし、良い夢を見せる魔物とは随分と変わった能力を持っているものだ』
「東国では妖怪という位置付けではありますね。魔物よりも少し精霊に近い印象があります」
ホルンの能力や作戦等をオーラン王子達にも伝える。精霊に近いと聞いてオーラン王子はラプシェム達と共に納得したように頷いていた。
『東国のお話も気になりますね。ネシュフェル北方と同じように魔力溜まりで分断されているという事でしたが』
「そうですね。陸路と陸地に近い海路が魔力溜まりですから。文化的な交流があまり無かったので独自の発展をしているというのは、互いに興味深く感じるのではないかと思いますよ」
ネシュフェルから見たヴェルドガルもそうだろうしな。
さて。では調査を続けていこう。
胸像の連中が別荘に潜んでいるとは限らない。仮に魔法的な実験や儀式、それに反乱の準備等を行うならそれなりの設備がいる。人が出入りしても怪しまれない場所であるとか、沢山の物資や装置を収納して発覚しないような空間――それらを収容して隠せるだけの敷地と建物が必要になるはずだ。
そういった計画が進行しているとするならば領主の館や別荘、それに軍事関連、地上に見えない地下部分がそれらの候補ではあるかな。
領主の顔と名前はオーラン王子との話で分かっている。マルレーンから幻影のランタンも借りてきているからな。
領民の様子を見ている限りでは静養地は平和そうだし、対応が難しくなるから領主は無関係だと良いのだが。
いずれにしても胸像の者達がネシュフェル南方を拠点に選んだ理由だってしっかりとあるのだろう。そういった視点もホルンとの情報収集の際にあるのとないのとでは大分効率も変わってくる。
そうして一通りの調査を進めていくと、カドケウスが部屋に戻ってくる。結局今夜の巡回では胸像の者達を街中で見つける事はできなかったが……まあ、まだ初日の夜だ。出歩いていないだけという可能性もある。
「おかえり」
そう言って窓枠から液状化して入ってきたカドケウスを笑顔で迎えると、猫の姿になってこくんと頷く。というわけで、カドケウスも俺やホルンの近くで丸くなるように座って護衛についてくれる。
夜も更けてきて、ホルンとの調査を始めるには良い頃合いになってきた。そうして眠る前に諸々の準備を整え、シリウス号やフォレスタニアのみんなに情報収集に向かう旨を伝えて床に就いたのであった。
靄のかかったような夢の世界の中で、ホルンと共にネシュフェル南部の静養地を歩く。するべき事は王都でした事と大きく変わらないが、重点的に調べるべき対象は既に絞れている。
流れとしては地下部分等……変わったところに意識の反応がないか。領主の館や軍事関連施設、それに別荘にいる者達が胸像の者達との面識があるか。そう言った点に注視して人の繋がりや誰が黒幕なのか、秘宝を持ち出した目的は何なのかといった点を探っていく、というわけだな。
まずは外堀から埋めていこう。街中と軍関係の施設の様子をざっと見て意識の反応の位置を探り、領主の館と別荘の順で聞き込みをしながら回っていく。
対象を絞れていると言っても、何度か聞き込みをする事になると思うので、一晩フルに使うつもりで気合を入れて仕事を進めていきたいところだな。
「それじゃあ行こうか」
そう言うと傍らのホルンがこくんと頷く。住民達の夢の意識とホルンの能力によって構築された静養地を歩き、街中と兵士達の詰め所の意識の位置を見ながら巡回していく。
街中や兵士達の詰め所には……不自然な所に意識が集まっている、という事はないようだ。続いて兵士長の意識を夢の世界に呼び込んで聞き込みを行う。
胸像の連中の姿を夢の中で構築する事もできる。彼らの中の一員であるという顔をしてその中に加わり、面通しをして反応を見るというわけだな。
ラネブに関しては神経質で感情的な部分があるので、彼らの一員として仕事を手伝うので挨拶に来たとか、気を付けるべき点を教えて欲しいなどと伝えれば、兵士長は割と親切に答えてくれた。
「――この街でラネブ殿下のなさっているお仕事に関しては分からぬな。……王都から護衛の武官達や従僕を連れてきて静養なさっているので失礼のないようにと聞かされているが……。お前もその一員であるというのなら……殿下がお気に召したか、或いは信頼されているのだろう。新しい職場で不安になるのは分かるが……失礼のないよう、与えられた仕事に取り組んでいれば、きっと……悪いようにはならん、さ。真面目に仕事をするのが……信頼を勝ち取るには一番だ」
と……そういった返答があった。複数人の武官から聞き取りを行った結果としても、まあ、似たような内容だ。ラネブの性格については静養地でも知られているからか、寧ろ俺の方を心配してくれたり助言してくれたりといった事が多く、武官達が後進や年少の者に親切である事が窺える。
ともあれ、静養地務めの武官達の共通の認識としては、ラネブは静養にやってきていて、何か仕事をしているのだとしてもそれは知らないという事らしい。
ただ……胸像の人物と面識を持つ者もいた。南方の都市出身の者も混ざっていて、深くは知らないがラネブが護衛や従僕としており、別荘にて家人として働いているのではないか、というものだった。
胸像の人物達は王都では静養地から来た武官や民間人と認識されている。静養地では王弟に仕える武官や従僕、別荘に出入りする民間人としての立場を持っているという事だ。
胸像全員の立場について辻褄が合っているか確かめたわけではないが……そうなると王都でも南方出身でもない人物についてはラネブがどこか別の場所から集めてきた人材……或いは彼らが主体となってラネブに取り入った、という事も考えられるな。
静養地で聞き取りをする事で彼らの名前や身元も分かるかと思っていたが……中々に一筋縄ではいかない。発覚しないように動いているから、二つの地域で身元やしている事が繋がらないように立ち回っている、という事なのだろう。これはラネブが切れるのか、それとも他に参謀役や全体の方針を決めている黒幕がいるのか。
ともあれ、静養地の武官達複数人から聞き取りをしてみたが、ラネブの行動に関しては知らないというもので……領主が関与している可能性はかなり低くなった、と思う。
セルケフト王やオーラン王子が後ろ盾となっている事を考えるなら、領主と直接コンタクトをとる事も視野に入れられるな。ホルンと共に情報収集をする際の指針として、その辺の判断は俺に一任してくれると言ってくれた。コンタクトをとる許可は貰っているという事だ。
では、このままホルンと共に領主の館に向かって聞き取り調査を進めていくとしよう。