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197 契約と執行

 刺さったままになっていた大鎌から、動こうとしていた力が消失した。シールドの戒めを解くと掌から抜け落ちる。

 破壊するか否か。大鎌がオルジウスの生死判定に使えるかどうかは微妙なところだが、仮に生きていれば大鎌を操ることができるのは間違いない。


 独自の意志を持っているという可能性も考慮し、土魔法とライトバインドでぎちぎちに固めて梱包、そのうえで目の届く範囲、動いても対処可能な距離に安置する。


 大穴を飛び越えてローズマリーのところへ向かう。呆れて言葉もないといった様子だ。

 ローズマリーは無傷。魔法の範囲外になるよう、背を向ける形でメテオハンマーをぶっ放したし、ディフェンスフィールドとキマイラコートで二重に保険をかけていたからな。


「その手……肩も。傷を見せなさい」


 ローズマリーは強張った顔でドレスの裾を切り取って、簡易の包帯を作っている。錬金術師の店から短刀を拝借してきているのだ。


「……ん。助かる」


 ……厚意は素直に受け取っておこう。掌と肩に包帯を巻いてもらう。


「傷の割に、出血が少ないわね」

「シールドで止血してる」


 という俺の言葉に、得心がいったというようにローズマリーは頷く。


「この世界での傷ってどうなっているのかしら?」

「死ぬような傷じゃなければ、外に出れば大丈夫だって話だけど」


 とは言え出血多量などはこちらの世界での死に繋がるし、そうなれば本の外でも死ぬそうだ。だから、怪我をして良いというものでもないのだが。

 痛みの問題はまあ、戦いの最中はあまり気にならない。戦いが終わると、結構しんどいけれど。


「お前は、いつもあんな戦い方をしているの?」


 包帯を巻きながら、ローズマリーが問い掛けてくる。


「そのへんは相手次第かな。隙を作った振りをして釣れるなら、必要経費だと思ってる」


 拮抗した場合、運頼みになったり持久戦になったりするから、あまり歓迎したいところではない。だったら行動を読める方向に誘導して誘い出してやるのが良いのだが……釣り針を垂らして餌だけ取られるということもあるので、難しいところだ。


「本気で戦ったところは初めて見たけれど、わたくしの時は相当手加減していたわけね。――っと。これで良いわ」


 ローズマリーが包帯を巻き終えて離れる。痛みや動きやすさに関しては、幾分かマシになった気はするな。後はシールドで固めておけば問題あるまい。


「それで。どうすれば、ここから出られるのかしらね」

「番人を倒せば維持ができなくなって解放されるって言ってたけど」


 周囲を見渡してやると、空間に時折走るノイズがかなり酷いことになっている。崩壊しかかっているのは間違いないようだ。


「お、おおおぉぉおあっ」


 その時、玉座の間の床に空いた大穴から苦しげな声が聞こえてきた。梟の形をしたオーラのようなものが、下から這い上がってくる。


「あれで――死ななかったというの?」


 ローズマリーは眉をひそめる。さて――どうかな。

 オルジウスは俺達に飛び掛かってくるでもなく、距離を置いて対峙する。


「き、君の勝ち、だ。ここから……出してやる……」


 オルジウスは苦しげにそんなことを言う。そんな言葉を……俺は鼻で笑う。


「出してやる? お前が滅びれば外に出られるんだろう?」


 風景に走るノイズが一段と酷くなる。崩壊しかかっているのは誰の目にも明らかで、オルジウス自身も満身創痍といった様子であった。


「私が、敗北を認めれば解放されるのだ。この世界が、欲しくはないか。わ、私と、新たな契約をかわし――」

「……違うな。嘘は良くないぞ、オルジウス」


 俺は笑う。指摘すると、オルジウスはあからさまに狼狽した。


「な、何を」

「普通、メテオハンマーの直撃で助かるはずがないんだ。なのにお前はそうやって生き延びて、幽体で交渉を持ちかけてきている。だが幽体だっていうのに、随分と辛そうじゃないか」


 物理一辺倒のメテオハンマーを選んだのは、公正であるほど強固になるというこの世界のルールを念頭に置いたからだ。幽体にメテオハンマーは通じないが、だというのにオルジウスは息も絶え絶え。ルールに従って構築される身体故に、生身で受けたダメージが幽体にも反映されているのかも知れない。だが、それだけでもないだろう。


「や、やめ、ろ。それ以上は……」


 懇願するようなオルジウスの声。俺の言葉と共にノイズだけでなく、軋むような音を立てて空間に亀裂まで走っていく。そして。俺は決定的な言葉を口にする。


「要するに……お前は勝負の途中。しかも決着が付く寸前に、この世界でそう在るべき身体を捨てて逃げたんだ。実体がなければメテオハンマーの威力を殺せるだろうってな。だが、それは契約違反だろ? メテオハンマーは生身でしっかり受け切らなきゃな」


 一旦言葉を切って、言う。


「たとえ――契約と心中することになっても」

「ぎッ、ひ――」


 オルジウスの目や口、内側から炎が噴き出す。或いはこいつが精神生命体ではなければ、こんな指摘に意味は無いのだろう。

 だけれど、こいつは悪魔だ。契約の厳守が求められれば、遡ってでも清算が行われる。

 この場合は、つまり誤魔化したメテオハンマーのダメージをきっちり支払わされることになるわけだ。


「た、頼む……今ならまだ……。契約の、更新を。どちらでも、いい」


 炎を噴き出しながら、オルジウスはこちらに手を伸ばしてくる。

 負けた場合に契約更新をするなど、自分が助かるための契約の穴……保険が残してあるのだろう。だけれど、こいつを生かしておいてやる選択肢など俺の中には無い。

 あれだけの数の犠牲者を散々玩具にしてきて、自分だけ助かろうなんて虫の良い話、通るはずがない。


「必要ない」

「わたくしも要らないわ。黴臭いのよ、この本」


 俺とローズマリーからの、はっきりとした拒絶の言葉。次の瞬間、内側から爆ぜるようにオルジウスは散った。同時に、世界も砕け散って、足場も無くなる。

 落下の感覚があったので、ローズマリーの手を取ってレビテーションをかける。


「契約って怖いわねぇ」

「全くだ」


 苦笑するローズマリーに軽口を返す。浮上する感覚。遥か天空の光に向かって、俺達の身体は浮かんでいく。

 俺達の周囲には無数の光球があった。犠牲者の魂だ。オルジウスが死んで解き放たれたのだろう。彼らも燐光を残しながら上を目指して昇っていく。幻想的な光景だった。


「……帰ったら、1つだけ頼みたいことがあるのだけれど」

「何を?」

「一度だけ隷属魔法を外してほしいのよ。勿論その後、かけ直しで構わない」

「別に、良いけれど……俺の一存だけじゃな」


 ローズマリーは頷く。何をするつもりなのだろうか。


「二度も、命を救われたわ」

「二度?」

「今回と、前に戦った時と。前回は殺されても文句は言えなかったと思っているし、今回だって仮に救助がこなくてもそれはそれで厄介払いになったでしょう」

「前に戦った時は、自力で生き延びたんだろ」


 俺は色々理由があって殺す気はなかった。その後のメルヴィン王との交渉はローズマリーの手管だろうし、メルヴィン王の人徳による部分もあるだろう。


「それは交渉に入ってからの話。戦いの場では、お前の匙加減次第だったわ。……王族は、軽々(けいけい)に頭を下げるべきではない。そう信じているけれど、さすがにこれではね。命を救われたうえに、わたくしの失態でお前に怪我をさせたわけでしょう」


 ローズマリーは俺から手を離しても落ちていかないことを確認すると、深々と一礼する。


「初めて会った時からの無礼な振る舞い。わたくしの企てに大使様と伯爵家の方々を巻き込み、薬を盛ろうとしたこと、そして剣を向けたことを謹んでお詫び申し上げます。頭を下げて許されるものではないと承知していますが、何卒ご容赦を」


 初めて会った時か。ローズマリーとしてはグレッグのような派閥を抱える手前、俺からの印象が悪くなっても、人前で目下の者に(おもね)るような真似はできなかったのだろう。


 周囲に印象付けてきたキャラクターのままに振る舞い、後ろでは暗躍。それがローズマリーの戦略であったからだ。

 まあ……これで父さんあたりに被害が出ていたら話は違っていたのだろうけど、それも結果論。謝罪を受けるとは、俺のほうこそ軽々しく言えない部分があった。


「その言葉は今後の行動で示してください」

「はい」


 ローズマリーは頷く。そう言われるのも、予想していたのかも知れない。


「でもまあ、言葉遣いは今まで通りで良いかな。何というか、違和感がある」


 言うと、ローズマリーは一瞬目を丸くした後、笑う。


「そちらの方が……わたくしも楽ではあるけれどね」


 そんな言葉と共に――俺達は光の中に飲み込まれた。

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[良い点] ゔっ、かわいい…
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