番外1294 砂漠の鉄泉
オーラン王子に話を聞いて見取り図を作製。それをウィズが記憶する事で簡易ではあるがマップが出来上がる。主だった公的な施設やラネブの別邸等、重要なところしかデータにはないが、一先ずはこれで大丈夫だろう。後は現地に降りて調査していけば良い。
例によって変身呪法とウィズ、キマイラコートの変形を用い、姿や格好を別の物に変える。変身呪法ならば見た目を子供でなく大人にもできるし、異性どころか動物や魔物、竜にさえなれるが……その辺は変えなくていいだろう。年齢によって相手の警戒度が下がるというのもある。
というわけで、ネシュフェルの人達に姿を合わせつつ、ウィズはフードに。キマイラコートはマントに変形した。ウロボロスを木で覆って偽装してやれば完成だ。
「すごい術ですな……」
と、ネシュフェルの武官達は目を瞬かせ、オーラン王子は感心したように顎に手をやって頷いているが。
今回はセルケフト王やオーラン王子のお墨付きもあるので、侵入の仕方はどういう方法でも大丈夫だ。とはいえ方法としては、姿を隠して門番に見つからないように正門からというのが良いのではないだろうか。結界対策もしやすい。
行商で稼いだネシュフェルの通貨もあるし、少し遅い時間ではあるが宿の確保も問題はない、と。
「これで準備完了というところですね。バロール達も魔力補給は済んでいますし、潜入中の隠密は特に問題ないと思われます」
行商用の荷物ぐらいは持っていこう。シーカーを同行させやすくなるし、呼び止められた時に言い訳が通りやすくなる。ネシュフェル国内で行商を装う手は何度か使っているが、情報伝達の速度もあるのでまだ問題はない。姿も売り物も毎回変えているし、他の場所で怪しまれたりしているわけでもないからな。それに……オーラン王子も領主宛ての手紙を認めてくれた。領主が潔白であると判明したらこれを渡して協力を求める、というわけだ。
というわけで諸々準備もできたので甲板に出る。
『ん。気をつけて』
『いってらっしゃい、テオ』
「ああ、行ってくる」
見送りの言葉をかけてくれるみんなに笑みを返し、隠蔽フィールドを纏って甲板から飛び立つ。
重力に任せた自由落下を行い、途中でレビテーションを発動させて制動。正門前にゆっくりと降りる。姿を隠しているので足跡は残さないようにシールドを展開しながら歩くような形になるな。
門は……もう閉まっているが、兵士達が使う通用口が開いているようだ。隠蔽フィールドを維持したままで、ゆっくりと動いて通用口を抜けて街中へと入る。
通用口があるといっても、詰め所が置かれていたりいざという時に落として封鎖する重そうな格子があったりと、まあ通用口の防犯体制もきちんとしたものではあるな。
隠蔽フィールドはしっかりと作用しているので、警備している兵士達にも気付かれずに抜ける事ができる。
そうして外壁の内側へと入る。内部はと言えば夜間という事もあるからか、王都より落ち着いた街並みという印象があるかな。静養地、保養地という扱いになっている、というのもあるのだろう。大通りに面した場所に公衆浴場といった大型の施設もあるらしいし。
街中のあちこちに刻印術式が施されているというのは変わらず。
路地に入ったところで人目が無い事を確認し、隠蔽フィールドを解くと……温泉の匂いが漂ってくる。鉄錆のような香りが感じ取れるので、恐らく含鉄泉なのだろう。飲むと貧血に効くと言われるタイプの温泉だな。
街の中の様子はと言えば……まだ人が出歩いている時間ではあるな。緊迫した空気は通行人から感じられないから兵士達が厳戒態勢を敷いているとか、そういった事態にはなっていないようだ。表向きのものなのかどうかまでは判別できないが。
巡回の兵がやや多く見えるのは、襲撃事件が起こったので南方に兵が派遣されたからだ。俺達の連絡を受けて兵を移動するようにという、王都からの伝令もまだ到着していないし。
これだけでは何とも言えないところがあるな。日中と違って聞き込みをして回るのも悪目立ちするし、一先ずはカドケウスに街中を見てもらいつつ宿へ向かうか。
俺の指示を受けると、影から猫の顔を少しだけ出したカドケウスがこくんと応じて夜の闇に紛れるように路地裏へと滑っていった。
「さて。街中の情報収集はこのままカドケウスに進めてもらうとして……」
宿関係の情報もオーラン王子から受け取っている。王族が紹介してくれるだけあってやや格式の高い宿になってしまうが、宿泊中に勝手に部屋に入られるという事もないだろうし、調査に集中できるならそれに越した事はない。行商で稼いだ分もあるので予算も余裕があるしな。
というわけで紹介された宿屋へ向かう。上空から見て分かっていた事ではあるが、結構大きな宿だな。湯を引いているそうで内風呂も完備しているという話だ。
扉を潜ると少し広めのホールと受付があるというタイプの宿で、簡易ではあるがサロンも兼ねているらしく、商談等ができるらしい。
とりあえず前払いで宿泊できるか受付で尋ねてみる。こっちの年齢が年齢なので軽んじられる、というようなこともなく、割とフレンドリーに応対して貰えた。まあ、前払いで支払能力がある事を伝えているというのもあるのかも知れないが。
そうして支払いを済ませて部屋に通してもらったところでシーカーと水晶板を配置し、転送魔法陣でホルンと護衛のティアーズ達を呼ぶ等して、調査の準備を整える。
「これで一先ず大丈夫かな。カドケウスも今街中を回ってくれているし」
『夜だからカドケウスも動きやすそうね』
そう言って笑うイルムヒルトである。日中は建物や人の影から影に紛れるような動きが必要だったが、夜間ならその必要もないからな。
街角で世間話をしている人も時間帯の関係で少ないから、聞き取りのために足を止める必要もない。地面や壁を滑るようにして効率的に街中を巡っているカドケウスである。
「そうだね。夜が更けたら俺とホルンで動いていくよ。まずは武官達から情報収集して……それから別荘の調査かな」
まずはカドケウスから送られてくる情報の分析に集中させてもらおう。丁度王弟の別荘近辺を移動しているところだ。
「件の屋敷の周辺の警備は……それなりに厚いように見えますね。王族が滞在しているのですから、このぐらいは普通だと言われたらそうですが」
カドケウスからの視覚情報を幻影にして映し出し、オーラン王子達に不審な物がないか見てもらう。
『確かに……こんなものかも知れませんね。逆にこれ以上警備を厚くしすぎると、今度は過剰に感じられてしまって不自然かも知れません』
『だろうな。胸像の者達は……まあ、流石に警備として置いてはいないか』
オーラン王子とテスディロスが幻影を見て言う。
「繋がりがあると仮定しても、できるだけ発覚しないように動いているように思えるからね」
いるとしたら屋敷の中か、或いは別々の場所に潜伏しているか。胸像の者達は南方での目撃情報が多いから、街中に拠点や住居があっても不思議はないだろう。
そういう意味でもカドケウスの巡回から得られる情報は重要だな。胸像の者達を1人でも見つけられたらそこを糸口にしていく事ができるし、有事になった場合の逃走経路を塞ぐといった作戦も立てやすくなる。
街中全域の巡回は終わっていないからこの場所を一旦離れる必要はあるが、その前に別荘周辺を一周して窓の位置やそこから予想される間取りなどを確認しておくとしよう。
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